終末の竜と異世界の大怪鳥の話②
「カリストロス! 何のつもりで裁きの弩弓を破壊したんですか!」
メルティカに念話で怒鳴られ、眼前を飛ぶ戦闘機からは同じように念話によって、操縦者であるカリストロスからの応答が返って来た。
「やあ、ご機嫌ようメルティカ。つもりも何も、不要と思ったゴミを処分しただけですが?」
「ッ……?!!」
カリストロスの軽い口調で放られた突拍子もない発言に、メルティカはつい言葉を失ってしまう。
「ゴミって……アレは魔王さまが直々に回収を命じた重要な古代兵器ですよ?! それを破壊してしまうなんて――」
「頭の悪い魔王の阿呆な指示など知ったことではありません。第一、あんなICBMの親戚みたいな骨董品なんか必要ありませんよ。あのような物がなくたって、“最強の兵器”は今、私が乗っているではないですか」
カリストロスが自慢げに搭乗している戦闘機。
それは彼が自分の能力“イマジナリ・ガンスミス”によって出現させた、F-22というステルス戦闘機であった。
猛禽類の愛称で呼ばれ、次世代機のF-35 ライトニングⅡが生まれた後も世界最強の戦闘機として根強い人気を誇る、一機あたり350億円もする超コストの機体だ。
対地攻撃能力や汎用性に関しては年代の新しいF-35の方が優れているのだが、カリストロスはあえて個人の好みで近代化改修されたF-22の方を採用している。とにかく彼が盲目的なほどに最強と信仰している鋼鉄の怪鳥なのだ。
因みにこの戦闘機を操縦している間はカリストロスのG.S.A.の容量を最大使用しているため、他の武器や兵士は一切出現させることが出来なくなっている。
「……貴方が魔王さまの事を嫌っているのはみんな知っていますが、これは私の仕事だったんですよ。邪魔されて凄く困ってるんですが!」
「ああ、すみませんねえ。貴方にはいつかの御礼参りをしなければと思っていたもので」
カリストロスからの嫌味がたっぷり込められた言葉に、メルティカは眉を顰める。
「御礼参り? 私、貴方に感謝はされても非難されるようなことはしていないと思いますが」
「よく言いますね、ブレスベルクで私に生き恥を晒させたのはどこの誰ですか……! さっきのは私からその時の返礼というものです」
勝手な逆恨み発言にメルティカは深い溜息をつくと、心底呆れた表情で彼の乗る戦闘機を見据える。
「恩を仇で返す、とはまさにこのことですね。あの場で救出していなければ、多分貴方はやられていましたよ」
「私は最強ですので、負けたりなどしません。あと、貴方のは余計なお世話というか、恩着せがましいただのありがた迷惑です」
「……なるほど。喧嘩を売られているのはよく解りました」
「理解が遅いですねえー。喧嘩なんて最初から売りつけまくってるじゃないですか」
いくら何でもカチンときたメルティカは、ゴミを見るような冷たい目で眼前の戦闘機を捉えると、無言でオメガドラゴンに撃墜の指示を出す。
「いいでしょう。お気に入りの玩具で燥いでいるところ悪いですが、私も粗大ゴミは処分させていただきます」
メルティカの意思を受けたオメガドラゴンは首を擡げながら息を大きく吸い込むと、カリストロスのF-22に向かって先ほど島に放ったのと同じ光線――アトミックブレスを放射する。
だがカリストロスはそれを垂直上昇して華麗に躱すと、そこから横転軌道するというアクロバティックな動きで、即座にオメガドラゴンの後方へと回り込んだ。
「ッ……?!!」
「何とかザウラーの荷電粒子砲みたいゲロビですねぇ。ですがそんなもので、私のラプターを撃ち落とすことなど出来はしない!」
オメガドラゴンの背後に張り付いたカリストロスは賺さずF-22の胴体下部にあるウェポンベイを開くと、そこに格納されたAIM-120という中距離空対空ミサイルを5発、発射した。
放たれたミサイルはマッハ2の速度でオメガドラゴンの翼や胴体などに直撃すると、派手に爆発して竜種の頑強な鱗を悉く粉砕し、大量の血肉を撒き散らせる。
「嘘ッ?! エンドラちゃん……ッ!!」
「ハハッ、いい気味です。人に向けて破壊光線など、どこかのドラゴン使いの真似をしてはいけませんよ!」
悲痛な鳴き声をあげながら、翼を大破されたことでバランスを崩し、そのまま真っ直ぐ自由落下を始めるオメガドラゴンにメルティカは何とかしがみつく。
空中へ放り出されないよう体勢を整えつつも、本来ならば有り得ない事態にメルティカは動揺を隠せなかった。
というのもオメガドラゴンは飛行時に翼から強力な反重力波を周囲へバリアのように放出しているので、そもそもミサイルなど遮断されて当たらない筈なのである。
しかも最強の生物である竜種の更に最上位であるオメガドラゴンは、ただの物理ダメージで考えるならばミサイルどころか、核兵器ですら殺せるか判らない程の極めて強靭な生命力を持っている。
それがせいぜい戦車やビルなんかを吹っ飛ばせるくらいの火力で、悶絶して行動不能になるだけの深手を負う訳が無いのだが――
(カリストロスの武器は魔法や神秘の護りを貫通するとは聞いていたけど、まさか竜種の装甲まで……ッ!)
そんなことを考えている間にもメルティカを乗せたオメガドラゴンはどこかの陸地へと墜落してしまうが、オメガドラゴンは主人であるメルティカを潰したりしてしまわないよう、彼女を庇う形で地面に激突した。
「ご、ゴメンね。エンドラちゃん……!」
(エンドラちゃんの損傷が思った以上に激しい。これ以上は戦わせられない……ッ!)
メルティカはすぐに巨大な魔法陣を出現させると、傷ついたオメガドラゴンをその中へと退避させた。
「よくもやってくれましたね。カリストロ――」
オメガドラゴンが姿を消してから頭上を見上げたメルティカは驚愕から目を見開いた。
頭を上げた視線の先には、自分の真上に垂直降下してくるF-22と、そこから既に発射された短距離空対空ミサイル、AIM-9 サイドワインダーの影があったのだ。
本来なら空中の目標に攻撃する筈の武装であるサイドワインダーを、機体を無理やり地上に向けることでかなりの低空からメルティカに向けて射出している。
わざわざギリギリまで近づいて発射されたことでメルティカは回避動作に移れず、ミサイルの直撃を受けて爆風に飲み込まれることとなった。
「アッハハハハハ! ざまあ見やがれ、ハハハハハハハッ!!!!!!」
カリストロスは素に戻って上機嫌に高笑いを上げながら、機体を垂直降下から更に垂直上昇という、またもやハチャメチャな動きで上空へと飛び上がる。
しかし高度1000メートルへ至る前に、F-22のエンジン部から突然爆発が生じて、その衝撃からカリストロスは思わず驚きの声を上げた。
「なっ、何だ――ッ?!」
黒煙をあげながらバランスを崩すF-22の窓から外を覗くと、なんと地上から黒い影のようになった鎖状の剣が真っ直ぐに伸びており、それがまた巻尺の如く地上へと戻っていくのが確認できた。
アレは紛れもなくメルティカの専用武器である蛇腹剣である。
「はあっ?! ふざけるな。ここまで一体、何メートルあると思っているんだ! いや、そんなことより……!」
メルティカの攻撃がこんな高所まで届き、しかも機体へ正確に致命傷を与えてきたこと。
そもそも反撃が返って来たということは、先のミサイルを受けてもメルティカがやられていなかったということ。
そのどちらも非常に気にはなるが、今はそれどころではない。
「このままでは狙撃されてしまう……!」
ピンポイントでエンジンをやられたことでF-22は飛行不能になり、既に墜落を始めてしまっている。
もたもたしていては、今度こそ影の刃と化した蛇腹剣でコクピットを狙い撃ちされるであろう。
それだけは何としても避けなければならない。
「仕方ないが……ッ!」
カリストロスは射出座席を作動させて、ロケットモーターの噴射によってF-22から緊急脱出する。
彼の予想通り、地上から再度伸びてきた蛇腹剣の黒い刃は、彼が先ほどまで乗っていたコクピットを容易く刺し貫いた。
だが、これで回避行動が終わった訳ではない。ここから悠長にパラシュートで降下などしていては、撃ち抜いてくれと言っているようなものだ。
「ちい……ッ!」
カリストロスは無理やり座席のベルト等を引き千切ると、F-22の維持に回していた魔力を今度は別の航空機の召喚に使おうとする。
(V-22でもV-280でもいい。すぐに呼び出して、飛び移ってからその後――)
とり急ぎ能力を使用し、座席以外のF-22を消し去って次は最高時速550キロ以上で飛行できるティルトローター機、鶚の愛称で有名なV-22を出現させた。
本来、輸送機でしかない機体だがカリストロスはこれに連装機関砲を搭載したガンシップとして召喚している。
何はともあれ、すぐさま機体に飛び移ろうとカリストロスは射出座席からV-22に向かって跳躍する。
しかし、カリストロスはV-22に手をかける直前で急に真下へ身体を引っ張られた。
なんと彼の足には、黒い刃と化した蛇腹剣がぐるぐると器用に巻き付いていたのだ。
「おわああああああああッ!!!!!!!!」
そしてそのまま、彼は高度数百メートル近い高さから地上に向かって、一気に引き寄せられていった。




