終末の竜と異世界の大怪鳥の話①
――時も場所も変わって、ここは《エイエイオー島》という南海の孤島。
元々は名も無き無人島だったこの島は、白亜の大国アーガイアからしばらく海を渡ったところにあり、広大な熱帯雨林が生い茂っている。
現在ここにはアーガイア国軍が魔王軍に見つからないよう秘密裏に滞在して、約一か月ほど前からとある作業を行っていた。
というのもこの島には、魔王やクリストル兄妹が願いの宝珠を手に入れた場所と同じような旧文明の古代遺跡があり、それがアーガイア出身の冒険者によって発見されたからである。
しかもこの遺跡には、規格外の遺物が眠っていることが既に判明しており、アーガイア国軍は全力を上げてその発掘作業を行っていたのであった。
――その超古代の遺物の名は《裁きの弩弓》。
冒険者が手に入れた古文書にはそう記されており、その形状は全長30メートルを超える巨大な弩弓そのものである。
もちろんこれはただの弩弓ではなく専用の大型矢弾もセットで、なんと惑星の裏側まで届いて対象を正確に射貫き、しかも街そのものを一撃で消滅させる威力があるという。
つまるところ、事実上の戦略兵器である。
アーガイア国軍としてはこれを運用できるようにして、魔王軍の最大拠点である魔王城カリオストロを狙撃し、魔族に支配されたカジクルベリーごと吹き飛ばそうと考えている。
遺跡と遺物を発見、調査した冒険者たちによって既にルートは開拓されており、その甲斐あって発掘作業自体はスムーズに終了。
今は外へ運び出した裁きの弩弓の設置及び解析作業と、それに伴う砦の建設を行っている最中である。
そしてその作業もほとんど最終段階へ入ったという頃、今になってこの島は逃げ場のない戦場と化してしまっていた。
「――おいおい、何だってこうもまた一番大事な時期に魔王軍なんかが攻めて来るかねえ。誰だよ、ヘマやらかして情報もらした莫迦は」
建てられた砦の屋上に登って頭上を見上げながら、ぼさぼさの髪に無精髭をした壮年の男がそう呟く。
彼は、古文書を頼りにエイエイオー島に辿り着いて遺跡を見つけた冒険者チームのリーダーであり、国軍からの依頼でずっとこの島に仲間と滞在しては、仕事を手伝っていたのである。
「わ、ワイバーンの群れだ!」
「こんな数……一体、どうやって対処したらいい?!」
砦の兵士たちが慌てふためいて右往左往しているが、それも無理はない。
エルシア島の上空には、何百体ものワイバーンがうようよと飛び回って、眼下の人間達を威圧しているのである。
「ほんっとにどうやって対処したらいいのかねえ。ぶっちゃけ逃げてえけど、国軍さまが傍にいるんじゃそういう訳にもいかねえしなあ」
髭の男はボリボリと顎を掻きながら、参ったなあと天を仰ぐ。
「まあ、このぐらい乗り切ってみせないと、おじさん達これからアダマンランク冒険者としてやっていけないよねえ」
やれやれと首を振りつつも不敵な笑みを浮かべる髭のリーダーの後ろには、七人もの仲間の男たちが勢揃いしている。
――彼らは“エグザイルス”という名前の冒険者チーム。
元はアーガイアを中心に活動しているプラチナランク冒険者たちで、此度の古代遺跡の発見及び調査、そして遺物の存在証明を成し得たことでつい最近、アダマンランクに昇格したばかりである。
総勢八名と人数が多いが、始まりは自分をおじさんと呼ぶ髭のリーダーが、各所のチームから爪弾きにされた者達を勧誘し、その才能を見抜いては伸ばしていき、そして今の実力派パーティに至っている。
その面子は重装騎士、黒魔導士、白魔導士などのオーソドックスなものから魔物使い、魔導鑑定士といった珍しいものまで、多種多様で個性豊かな職業の者たちが揃っていた。
「さて、とりあえず裁きの弩弓だけは何としても死守だ。飛び道具が使える奴らは近くにいるワイバーンから撃ち落とせ。前衛は撃ち手に敵を寄せ付けるな」
そう指示しつつ、髭のリーダーも身の丈ほどもある立派な魔杖を構えて魔法詠唱を行う。
彼は世界的にも数のあまりいない戦闘特化型の辣腕召喚士であり、自身の左右に大きな魔法陣を出現させると、杖を掲げて高らかに召喚の呪文を口にした。
「地獄の業火を纏いし、炎の魔神に奉る。契約者たる我が呼び声に応え給え。その灼熱の吐息を以て、愚かなりし我が敵を焼き尽くせ――サモン・ツインイフリート!!」
彼の叫びと共に魔法陣からは黒煙を伴って、3メートル近い大きさをした二体の魔人が姿を現す。
召喚された両者はともに炎の精霊であり、片方は厳つい男性の姿をしたイフリート、もう片方は麗しい女性の姿をしたイフリータであった。
二体の魔人は空中高くまで浮かび上がると、猛烈な火炎を広範囲に放射してワイバーンを片っ端から焼き払っていく。
「流石は団長。今日の夕飯はワイバーンのステーキ食い放題ですかね」
「バッカ、お前。イフリートの火で焼いてんだぞ。ウェルダン過ぎて食えたもんじゃねえよ」
そう軽口を述べつつ、髭のリーダーは魔力を魔人に総動員して、何十体とワイバーンを焼却していく。
「つーか戦いに集中しろ。お前らだってワイバーンのおやつにはなりたくねえだろう」
「そりゃあ勿論で――って、何だありゃあ?!」
冒険者チームの一人が空の向こうを差して、驚きから大声をあげる。
彼の指差した方向には、ワイバーンを眷属として従える、とてつもなく巨大な黒いドラゴンの影があった。
「ちょっ、ドラゴンだって……?!」
「しかもただのドラゴンじゃないぞ……!」
冒険者たちが狼狽える中、視界に移る巨大な竜の影に髭のリーダーも顔を顰める。
「おいおい、よりによって超ヤバいのが来ちまったじゃねえか。――まさか六魔将がお出ましとか、おじさん泣きそうだよ」
何百ものワイバーンを侍らせて、エイエイオー島を遥か上空から見下ろしている巨竜は、六魔将である“竜煌メルティカ”の相棒でもあるオメガドラゴンであった。
その姿は、星座になるほど有名な怪獣王と黄金の三つ首竜を足して割ったかのような見た目をしており、強烈な威圧感と迫力で眼下の矮小な人間達を須らく縮み上がらせる。
オメガドラゴンとは世界を滅ぼす終末竜とも呼ばれる、幻想生物の頂点たる竜種の更に最上位にあたる魔物であり、この異世界の人類はおろか魔王ですら全く相手にならない破格の存在だ。
そしてその背からひょっこりと、黒いドレスに紫の甲冑を着た銀髪紅眼の少女――メルティカが姿を覗かせる。
「――アレがシャンマリーさんの言っていた裁きの弩弓ですか。あの弓矢以外は要らないので全部焼いてしまいましょう」
メルティカがそう静かに述べると、オメガドラゴンは翼を大きく伸ばしきって空中に制止し、息を大きく吸い込む。
「……ッ! 拙い、あの動作は――」
髭のリーダーがオメガドラゴンの様子から察して、退避を命じようとするも間に合うはずなどなく――
「エンドラちゃん、アトミックブレス」
オメガドラゴンは首を大きく擡げた後に口を大きく開くと、目を焼くほどの閃光を伴って、凄まじい放射熱線をエイエイオー島の砦に向かって吐き出した。
「ぎゃああああああ――」
「――――ッ!!!!!」
「――――――――――」
高熱火炎どころか荷電粒子による破壊光線と化したドラゴンブレスによって、砦にいた冒険者チームやアーガイア国軍の兵士たちは、一瞬で砦もろとも蒸発してしまった。
内閣が総辞職しそうなトンデモ火力の極太ビームが数十秒も放たれ続けたことで、島にいた人間達は纏めて全滅してしまい、その余波だけで島に生い茂る密林へと炎が一気に燃え広がっていく。
「……鹵獲対象へあてないようにしても、影響を出さないようにするのは難しいですね。――あ、エンドラちゃんを攻めている訳じゃあないですよ?」
何だか申し訳なさそうに低く喉を鳴らす、“エンドラちゃん”と名付けられたオメガドラゴンに対して、メルティカは優しくフォローの言葉を入れる。
「さて、火が燃え移ってこないうちに兵器を回収してしまいましょうか。ええっと……」
するとメルティカは自身の携帯品から、長方形をした平たい水晶板のような小物を取り出す。
「ありました、亜空の水晶」
メルティカが手に持った“亜空の水晶”とは、ゲドウィンが開発した魔道具であり、水晶に映して投影した他の物体を二次元化して“水晶内に収納する”ことが出来る。
一度入れてから取り出すと使用できなくなる“使い捨て品”だったり、生命体は持ち運べないなどの制約はあるが、魔力が扱えるなら誰でもすぐに重くて大きな荷物を持ち運べる便利グッズである。
もちろん許容サイズや重量制限は存在するが、メルティカが手渡されたのは建物の移築すらまるごと可能なほど大容量の特注品であり、裁きの弩弓も十分回収することが出来る。
「では、もう少し近づいて――」
亜空の水晶が使用できる距離まで接近しようと、メルティカはオメガドラゴンに指示を出そうとする。
だがその時、メルティカたちの背後から突然何かが音速を超えるスピードで通り過ぎていき、地上にある裁きの弩弓へと真っ直ぐに突っ込んで行った。
「えっ――?!」
メルティカの目で視認できたその物体の形状はどう見ても“ミサイル”であった。
マッハ2を超える速さで通過していったミサイルは、裁きの弩弓とセットで置いてあった専用大型矢弾に着弾すると爆発し、それに伴って矢弾もまた連鎖的に凄まじい大爆発を引き起こす。
「え、ちょっ……えええっ?!!」
街を一発で消し飛ばせる威力の大型矢弾が爆発したことによって、裁きの弩弓どころか島全体が激しい閃光に飲み込まれて吹き飛んでしまった。
島だったところには轟音とともに大きな茸雲が立ち昇り、エイエイオー島の表面は焼け爛れて木々は完全に炭化してしまう。
当然、裁きの弩弓も使いようのない無残な残骸に成り果ててしまった。
流石のメルティカもこの事態には唖然としてしまったが、すぐに思考を再開して周囲を見回した。
(訳が解らない……! 何でミサイルなんか――いや、ミサイル撃つような莫迦なんて一人しかいないけれど……ッ!)
メルティカが咄嗟に気配を感じ取って頭上を見上げると、なんと自分たちの更に遥か上空を鳥のようなシルエットの何かが雲を突っ切って飛行しているのが見えた。
――いや、それは鳥なんかではない。紛れもなく実物の“戦闘機”であった。
彼女たちが滞空している上空から、耳に響くような独特の飛行音を鳴らしつつ、まるで見せつけるかのように目障りな動きで大空を飛び回っている。
「一体、何を考えているんだか……ッ!」
現在、戦闘機が飛んでいるのは対流圏ギリギリの高度10000メートルほど上空だが、メルティカの駆るオメガドラゴンも余裕でそこまでは飛翔できる。
メルティカが指示を下すと、オメガドラゴンは応えるように咆哮をあげて、戦闘機が飛び回っている位置へと一気に急上昇した。
同じ高度へと辿り着いてからマッハ2で飛行する戦闘機を捉えると、オメガドラゴンもまた高速飛行して接近を試みる。
そして戦闘機のすぐ傍まで近寄ると、メルティカは念話によりコクピットに踏ん反り返った不届き者へと交信を行った。




