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危機に陥る異世界の勇士達の話

 レフィリアが意識を失い、がくんと力なく項垂れてしまった矢先、オデュロは赤い闘気と黒い靄を立ち昇らせながら、倒れた彼女の姿をじっと見つめる。


「コロス……トドメをサス……。オレがナクナルマエに……ハヤク、バラバラにスル……。キリキザンデヤル……ッ!!」


 これより死刑を執行する処刑人の如く、オデュロはおもむろに長剣を振り上げてレフィリアへ狙いを定める。


「や、ヤバいよサフィア!」


「絶対にやらせないッ!」


 差し違えてでもオデュロを止めようと、サフィアが双剣を構えてオデュロに飛び掛かろうとする。


 しかし距離があまりにも離れすぎている。一目で間に合わないと判る絶望的な間合い。それでも黙って見過ごす訳にはいかない。


 たとえこの命に代えてでも、彼女だけは生かさなければ。


 二人がどっと冷や汗を浮かべて、戦慄していたその時――




「あー、ストップストップ! オデュロさん、ストップですよー!」




 闘技場内に、可愛らしい少女のよく通る声が響き渡った。


「ッ――?!!」


 サフィアとジェド、そしてオデュロすらも聞こえてきた声にピタリと動きを止める。


 するといつの間にか、意識を失ったレフィリアのすぐ隣に、黒いメイド服を着た金髪に赤いメガネの少女が姿を現していた。


「あれは――六魔将、無影のシャンマリー……ッ?!」


「ええっ、また六魔将?! あの女の子が?!」


 サフィアの漏らした言葉にジェドが驚きを見せる中、円形闘技場コロシアムの上空から突然、何か耳障りな無数の羽音のようなものが迫って来るのが聞こえてきた。


 それはぶんぶんと大量の虫が飛び回る羽根の音で、黒く蠢く煙のように宙を舞う小さな虫の影は、即座に制止したオデュロへと集るかのように群がっていく。


 その正体はカナブンやコガネムシを思わせる、2センチ程の黒光りした甲虫の群れで、それらはオデュロの首や肩の断面を塞ぐように集合すると、虫同士が結合するかのように高質化して、黒い靄が漏れていた彼の切断箇所を閉じてしまった。


「オデュロさん、今すぐその“鏖殺魔剣シャルフリヒター”を仕舞って下さい。早くしないと本当に貴方の理性が消えてしまいますよ」


 急に出現したシャンマリーの忠告に明らかな戸惑いを見せつつも、オデュロは剣を放そうとはせずに鎧をカタカタと細かく震わせる。


「マダだ、シャンマリー……。アトイチゲキ、アトイチゲキでオレはソイツをコロセル……ッ!」


「その一撃で確実に貴方の自我が飛びますよ。そしたらオデュロさん、聖騎士レフィリアの遺体を原型留めないくらいぐちゃぐちゃにしちゃうじゃないですか」


 ため息をつくシャンマリーの姿に、オデュロはどうしても前に踏み出せないでいる。


「オデュロさん、私に約束しましたよね。聖騎士レフィリアはなるべく綺麗な状態で仕留めるって。死体はあげるから殺すのは俺に譲ってほしいって。だから色々と手伝ってあげたりもしたのですが――」


 途端、ほんの一瞬であったがシャンマリーが見せた冷たい視線がオデュロに刺さる。


「――私、約束破る人は“嫌い”なんですけど」


 シャンマリーの落胆したかのような表情にオデュロは動揺を見せ、数秒ほど沈黙した後、その右手から長剣を消失させる。


「スマナイ……。ココマデハヤク、ジブンがタモテナクナルコトはハジメテダッタのだ……」


「おそらく先ほど受けた光の剣はただ鎧を斬っただけでなく、オデュロさんの中身を“溶かして”います。ですので斬られた肩口から勢いよく中身が吹き出ていたのですよ」


 そう言ってシャンマリーは、今は断面が塞がれて黒い靄の出なくなったオデュロの肩に視線を向ける。


「そしてオデュロさんの中身の総量が著しく減ったことで、鏖殺魔剣シャルフリヒターの精神浸食に対する抵抗力も落ちてしまったのが、今回の暴走を速めてしまった原因でしょう」


(精神浸食……? オデュロの剣にはまだ何か秘密が……)


 シャンマリーの話を聞いたサフィアが眉を顰めている中、メイド服の少女は更に会話を続ける。


「一応、応急処置は施しましたがそれも長くは持ちません。早く拠点に戻って斬られた肩を繋がないといけませんね」


「ヌウ……タスカッタ。アリガトウ、シャンマリー。ダガ……ソコのセイキシはドウスル?」


 倒れたレフィリアを指差すオデュロを見て、サフィアたちをより焦りを募らせた。


 悠長に二人の会話を聞いているつもりはないのだが、シャンマリーの位置がレフィリアに近すぎる。


 一刻も早くレフィリアを救出しなければならないが、下手に刺激すると状況を一気に悪化させかねない。


「あ、彼女はもうここで殺したりはしないでください。この方にはものすごく利用価値がありますから。――ねえ、オデュロさん。私からの提案というかお願いなのですが」


 シャンマリーは一旦、間を置いて儚げな笑みを浮かべると、オデュロを真っ直ぐに見て意見を言う。


「聖騎士レフィリア、彼女を私に譲ってはくれませんか?」


 シャンマリーからの発言に、オデュロはまるで素直には納得できないとばかりに口ごもる。


「ウウム……。ダガ、シャンマリー、ソレハ……」


「もちろん、ただでとは言いません。そうですね――私の支配地ところ人間ざいさんから二万人分出しましょう。それで如何です?」


「ニマンニン……。マア、ソレナラ……セイキシのクビ、ナゴリオシクはアルガ……」


 オデュロはしばらく名残惜しそうな様子で考えはしていたが、結局はシャンマリーへ同意を返した。


「……ワカッタ、ショウフクシヨウ」


「ありがとうございます。ひとまず彼女は私の支配地である“ウッドガルド”へ連れていきますね。――さて」


 オデュロとの交渉を済ませると、シャンマリーは自分たちの様子を伺っているサフィアとジェドの方へにこりとした顔を向けてくる。


「ッ……!」


「それではあちらの素敵なお姉さま方二人もお持ち帰りしましょうか。――あ、オデュロさんはそちらで休んでてください。私で勝手にやりますので」


 シャンマリーの笑顔にぞわりとした悪寒を覚え、サフィアとジェドはそれぞれ武器を手に身構える。


今の彼女は武装すらしていない状態だが、オデュロの判りやすい殺気とはまた違った、底知れない悍ましさのような何かが背筋に伝わって来る。


 メイドの姿などという戦いに全く向いてないような恰好に見えて、彼女もれっきとした六魔将の一人。簡単に凌げる筈など、絶対にない。


 レフィリアを救出するどころか、自分たちの命を守ることすら絶望的な状況である。


 新たに登場した六魔将と対峙して、サフィアたちが慄然としていると――


「おおっと、ちょっと待った!!」


 突然、サフィアとジェドのすぐ傍に二人の人影が現れた。


 まるで空間転移でもしたかの如く急に現れた人影は、白いフードの男と黒いフードの女――サンブルクの闇の神殿でレフィリアたちに手助けしてくれた二人であった。


「あ、貴方たちは……ッ!」


 全く予想だにしていなかった者たちとの再開にサフィアは目を見開く。


「おや、増援ですか?」


「ああ、その通りだ。――ま、君と戦ったりはしないがね」


 そう言うと白いフードを深く被った金髪の男は、懐から手のひら大の水晶のようなものを取り出すと、それを即座に放り投げた。


 数メートル先の空中で水晶がぱりんと割れると、闘技場全体が一気に深い濃霧に包まれる。


「ッ――?!」


 突然、視界が真っ白に塗り潰されたことに会場内の観客たちが慌てふためく中、シャンマリーは冷静に呪文を唱えて魔法を行使した。


「――逆巻く風よ、タービュランス」


 闘技場内に嵐のような突風が巻き起こり、立ち込めた霧を吹き飛ばそうと試みる。


 しかし濃霧は一向に晴れることはなく、そこでシャンマリーはこの霧の正体を把握するに至った。


「なるほど、これは幻術による霧ですか。ただ視界を奪うだけでなく、気配遮断や認識阻害、探知妨害の効果も帯びている。――ですが、これほど高度で大規模な魔法を一瞬で発動させるなんて……」


 シャンマリー自身は、この地形そのものにかかった幻術を解く魔法は修得していない。


 しかし彼女はスカートから羊皮紙で出来た魔法の巻物スクロールを速やかに取り出すと、それを使用して魔法を発動した。


「――エフェクトイレイズ」


 巻物スクロールの魔法により地形にかかった魔法効果が解除され、闘技場内の霧が一気に消えて無くなる。


 しかしその時には既に、サフィアとジェド、そしてフードを被った二人の姿は完全にいなくなっていた。


「……逃げられましたか。まあ、いいです。お目当てのレフィリアさんは無事、確保できましたからね」


 何度も立て続けに起こる事態に会場内が混乱を見せている中、シャンマリーは気を失っているレフィリアのすぐ傍まで顔を近づけると、とても可愛らしい表情でにこりと微笑みかける。


「さあ、私の支配地ホームに帰ったらたっぷりと可愛がってあげますからね。――あ、まずは怪我をきれいに治してあげないといけませんねー」


 まるで発売を心待ちにしていたゲームを手に入れて喜ぶ子供のように、上機嫌な様子でシャンマリーはレフィリアの頬に触れるのであった。

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