殺戮騎士と異世界で激突する話⑤
「嘘でしょ! 全然、効いてる感じしないんだけど! 甲冑なんだから熱かったり痺れたりしないの?!」
嘆くように叫ぶジェドの声を耳にして、オデュロはちっちと人差し指を振る。
「勘違いするな。確かに魔法は通じるが、別に弱点という訳ではない。俺の単純な物理強度を上回る威力でもない限り、決定打になる筈がないだろう」
ジェドが言った通り、たとえ鎧が破損できなくても高熱や電流の伝導による内部へのダメージを狙ったが、それすら期待できないようである。
現状、有効的な攻撃の糸口が全くもって掴めない。
(いけない、今の攻撃でオデュロが後衛の方に意識を向けた……!)
レフィリアはサフィアとジェドをオデュロから守るように、急いで間へと回り込み移動する。
「ああ、安心しろ。お前を倒すまでは俺から他の連中に攻め込むつもりはない。味方の防衛は考えず、気兼ねなく全力でかかってこい」
オデュロはレフィリアに向き直りながら、落ち着いた低い声で彼女しか攻撃対象にはしないと告げる。
つまりレフィリア以外の外野からどんな攻撃が飛んで来ようと、初めから気にはしていないのだ。
あまりに傲岸な振る舞いだが、それが可能なだけ攻守ともに恐ろしい強敵なのである。
「では、そろそろ俺の方からも攻めさせてもらおうか。俺の愛刀がいい加減、お前の魂に食らいつきたいと唸っているのでな」
そう言うと、オデュロの握っている長剣の刀身から、血のように赤い闘気の焔が揺らめくように沸き立つ。
「……ッ!」
オデュロから放たれる明確に研ぎ澄まされた殺気に、レフィリアは咄嗟に身構える。
思えば、今までのオデュロはあくまで迎撃やカウンターのみに徹しており、自ら攻め込んではきていなかった。
向こうからこちらに飛び掛かってきた場合、一体どれだけ苛烈な攻撃が襲いかかってくるのか想像するだけでも恐ろしくなる。
オデュロがこれより死合う侍のようにゆっくりと長剣を両手で持ち上げ、ついに剣士の構えらしい体勢を取った。
そして数秒ほどの、永遠にも刹那にも感じる無言の睨み合いの後――
「参るッ!」
そう叫ぶと同時に、一瞬でレフィリアの眼前まで一気に飛び込んできた。
「くっ……!!」
互いに打ち付けた剣同士がぶつかり合い、閃光のような火花と烈風のような衝撃波が発生する。
来ると判っていて身構えていたにも関わらず、オデュロの剣閃に対するレフィリアの迎撃はかなりギリギリの際どいものとなってしまった。
それだけオデュロの速度は、超人化したレフィリアの身体能力を以てしても凄まじく疾い。
加えて全力で振り回した光剣は敵からの剣戟を完全には相殺できず、力負けして後方へ押し返されてしまった。
「ぜあああッ!!」
そこから逃がさんとばかりに、オデュロは更に踏み込みレフィリアへ猛烈な追撃をかける。
一振りごとにソニックブームを巻き起こしながら嵐の如く連続の斬撃を畳みかけ、そのままレフィリアを押し潰さんと襲い来る。
(何これッ……?! ヤバい……!)
レフィリアも必死に応戦し、オデュロからの剣戟を光剣で打ち払うが、正直長続きはしそうにない。
一撃受け止める度に筋肉が断裂し、骨が砕けて神経や血管が引き千切れそうな程の衝撃。
音速を遥かに超えるエリジェーヌの連撃すら対応して見せたレフィリアだが、今度のは流石に拮抗させられない。
速度はエリジェーヌと同じかそれ以上、しかし威力と重さは完全に彼の方が上回っている。
「ふんッ!」
「ッ――!」
レフィリアは敵からの斬撃を受け止めるようにして、その勢いを利用し一度、後方へ飛び退いた。
ずっと剣の打ち合いを続けても埒が明かないどころか、徒に疲弊し消耗してしまう。
剣を持つ腕がイカレてしまえば、その時が彼女の敗北を意味するのだ。
「レフィリアさんを援護します! 溢れ出でよ、猛き力の奔流――ブーステッド!」
「疾風の如き俊足で走り抜けろ――クイックネス!」
サフィアとジェドからの支援魔法により、レフィリアの筋力と敏捷性、反応速度に強化がかかる。
自身の身体能力の向上を認識したのも束の間、離れた距離をオデュロが一足で詰めてきた。
「ふッ――!」
「この……ッ!」
迫りくるオデュロからの袈裟斬りを、レフィリアは何とか正面から反応して弾き返してみせた。
反動で押し返されたオデュロは難なく地面に着地すると、愉快そうにレフィリアへ声をかける。
「やるな、流石は他の六魔将を手こずらせただけはある。ここまで育て上げた俺の愛刀とこれだけ打ち合っても五体満足でいられるとはな。――これだけの強者と戦えるとは、俺は過去最高に興奮しているぞ」
オデュロは随分と褒め称えてくれるが、レフィリアにとっては嫌味にしか聞こえない。
今の迎撃だって仲間から強化を受けてようやく打ち返せた上に、それでも腕へのダメージは蓄積されている。そう何度も繰り返せるようなものではない。
……それにしても恐ろしい剣だ。
あれだけ細長いと何かの拍子に折れ曲がったりしそうなものだが、打ち合ってみればとにかく頑丈で、まるで全速力で突っ込んでくる大型ダンプカーを殴りつけているかのような感覚。
剣の刀身越しに伝わって来る憎悪や妄念のような殺気もものすごく、接触する度に背筋が寒くなるような錯覚すら覚える。
「……貴方ご自慢の剣、魂を食らうほど強くなると言っていましたね。これまで一体、どれだけの命を奪ってきたのですか?」
「お、そこを聞いてくれるとは嬉しいな。ならば教えよう。平均的な人間が持つ魂の質量を1と換算して――実に94872人分だ」




