殺戮騎士と異世界で激突する話①
「絶刀のオデュロ……ッ!」
忘れもしない、咽かえるような血生臭さを漂わせた殺戮の狂戦士。自己主張の激しすぎる、あまりに目立つ真紅の甲冑騎士。
彼の姿を視認した途端、レフィリアは目を見開き、精神が速やかに暗い炎のような臨戦態勢へと切り替わる。
「お、オデュロ様……もうこちらにいらっしゃるとは――はっ?!」
大会運営委員長は声を震わせて冷や汗をかいた顔をしながら、レフィリアたちに向けて慌てて拍手をした。
「優勝おめでとう、聖騎士レフィリア殿とその御一行の皆さま! ――おい、何をしている! 拍手だ、拍手!」
小声で怒鳴られた司会の魔族は動揺しつつマイクを握り直し、無理にテンションを上げてレフィリアたちを褒め称えた。
「ゆ、優勝おめでとうございます! 会場の皆さんも是非、聖騎士及び勇者御一行チームに盛大な拍手を!」
司会の魔族に促され、観客席に集まっていた魔族達は全員が全力で万雷と呼べるほどの拍手喝采を行う。
それだけこの街の魔族達にとってオデュロの影響力は絶対的に強いのであろう。
「いや、今更拍手とかされてもよ」
アンバムはげんなりしながらも、自分たちの前に現れたオデュロの姿を改めて見据える。
「アイツがレフィリアちゃんに招待状を渡した相手……六魔将、絶刀のオデュロか」
「改めて武闘大会、優勝おめでとう。流石は我々と同じ異世界転移者。予想通り、造魔人の戦士など相手にもならなかったな」
「賛辞など不要です。私たちは貴方との約束通り、この地に赴いて武闘大会に出場し、そして優勝しました。――早く、人質を返してください」
なるべく冷静な表情で声を荒げないようにしつつも、レフィリアはよく通る声で真っ直ぐにオデュロへ要件を告げる。
「まあ、待て。確かにお前たちは優勝したが、大会はまだ終わっていない。――司会も開会式で言っていたであろう? 大会優勝者チームは最後に、この俺と特別試合を行うと」
「……ッ! それだと話が違うじゃないですか! 貴方から提示された条件では、あくまで“大会に優勝したら”という話でした。つべこべ言わず彼女を解放してください!」
「この場で開放したところでどうなる? どの道、お前たちが俺に倒されてしまえばそれで終わりだろう。何にせよお前たちも人質を奪還したら俺と戦うつもりなのだろうから、多少順番が前後しても変わりはしまい?」
あくまでまだ人質を返すつもりはない、とオデュロはきっぱりと落ち着いた口調で述べる。
「それは詭弁じゃないですか……!」
「心配せずとも彼女は無事だ。それに俺は他の六魔将のように人質をチラつかせて、お前を追い詰めるつもりはない。万が一、負けそうになった時の保険にする気もない」
オデュロの顔面を覆った兜のスリットの奥に、金色に光る二つの眼孔が灯って射貫くようにレフィリアを見つめる。
「俺はあくまで純粋にお前と決闘がしたいのだ。だから余計なことは気にせず、全力でかかってきてもらいたい」
「……ならば戦う前にせめて一つ、質問をしてもいいですか?」
「ん? 何だ」
「貴方がたは各地から拉致してきた人間たちを魔物に変えて、国全体で戦わせ、競い合っています。そして今日の武闘大会はその集大成です」
「……それで?」
「つまり武闘大会に優勝した者は紛れもなくこの国で最強ということになりますが……最後に貴方と戦うということは、結果として貴方が優勝者を“殺す”ことになります。せっかくわざわざ有能な戦士を育て上げたのに、それをすぐに自分の手で潰してしまう意味が解りません」
「ああ、なるほど。そういう事か」
オデュロは意味が解ったと納得したように頷くと、レフィリアへ問いへの答えを返した。
「まず話の前提として、お前たちは勘違いしている。そもそもこの帝国でのデーモン育成計画の本懐は、別に魔王軍の労働力や戦力増強のためではないのだ。――始まりはゲドウィンさんの人体実験計画に協力するのが目的だったのだけどな」
「……何ですって?」
「だいたい考えてみろ。組織の戦力増強を望むなら別に自軍同士で潰し合う必要はない。そんなものはコスパも効率も悪い、最低な人材育成法だ。まず絶対的に頭数が減る」
「じゃあ、一体どんな意図があるというのです」
「聖騎士レフィリア、お前は古代中国の呪術にある“蠱毒”というものを知っているかな?」
レフィリアは聞きなれない単語に眉を顰める。
「蠱毒とは、小さな容器の中に大量の毒虫を入れて共食いをさせ、最後に残った一匹を呪詛に用いるという術のことだ。デーモン育成計画もこの武闘大会も、いわばこれをなぞった儀式であり、この帝国そのものがその為の儀式場でもある」
そう言うとオデュロは片手に、自身の身長程もある大太刀のような剣を出現させた。
それは超有名な剣豪の獲物を彷彿とさせる、まさしく物干し竿のような長さの武器であった。
「俺の愛刀である、この“シャルフリヒター”は知性体の魂を食らい、その質と量に応じて強さを増していく。――そしてこの国の都市にはゲドウィンさんが敷いた大規模な魔法の仕掛けがある」
オデュロは天を仰ぎながら、剣を持っていない方の手を大仰に振り上げる。
「帝国ではデーモン同士が戦うと勝った方の魂の質が上がるのだ。そして魂の質が高いものに勝つことで更に純度を増していく。それこそ上位捕食者であるほど濃縮される水銀のように」
「つまり貴方は……!」
「そう、この武闘大会の目的は魂の栄養価を極限まで上げた造魔人の優勝者をこの魔剣に食らわせること。この闘技場は俺への供物を捧げる祭壇に他ならない」
関係ない他人を徹底的に自分の為だけに利用して消費する計画の真相に、レフィリアは思わず顔を顰める。
「信じられません。この国は本当に、貴方の為だけにあるのですね」
「この剣を成長させていくのが、この異世界における俺の最大の楽しみなのだ。数値が増えていくのを見るのは、それだけで楽しいものだろう?」
ああ、彼もまたおそらくこの異世界を仮想現実として捉えているのだろう。
オデュロにとってこちらの人類など、育成に必要な経験値程度の認識でしかない。
ゲームの住民からしてみれば、プレーヤー側の視点と認識からくる行動のなんと無慈悲で残酷なことか。
まあ、ゲームをプレイする人間がゲームの中の人間の生命や人権がどうとか考えること自体が有り得ないし、有り得るとしたらそれは逆に異常なのだが。
「さて、質問に対する回答は以上で良かったか?」
「ええ、結構です。他に語ることもありません」
「そうか、ならば――」
レフィリアとオデュロは互いに剣を握り締め、ついに待ち侘びたとばかりに殺気を向け合う。
すると――
「ちょっと待ったレフィリアちゃん! 一番槍はこの勇者アンバム様に譲ってくれよ」
そう言って、無理やりアンバムがレフィリアの前に躍り出てきた。