勇者一行と異世界道中紀行の話②
「な、何だコイツは……ッ?!」
それはシュモクザメを思わせるような頭部と鰭がついた、数十メートルにも及ぶ怪獣のような大型の魔物であった。
しかし胴体はまるで竜や蛇のように長く、どうやらこの身体をくねらせて地面の下を掘り進んできたように思える。
(サメ?! 地面の下からサメ?! いや、確かにサメは映画だと宇宙でも霊界でも、それこそ竜巻の中からだって現れるけど……?!!!)
「この魔物、もしや伝説の巨大怪物……?!」
レフィリアが驚きながら元の世界の記憶を思い出している横で、サフィアは何かを知っているかのようなことを口にする。
「巨大怪物だと?! まさか噂じゃなくて、本当に実在しやがったとは……!」
「いやいや、みんな呑気に喋ってる場合じゃないよ?!」
ジェドの指摘通り、地上に飛び出てきたその巨大怪物は、びっしりと鋭い牙の並んだ大口を開けて、レフィリア達をまとめて捕食しようと鎌首を擡げていた。
おそらくあと一、二秒で突っ込んでくる。
「アンバム! この距離じゃ魔法無理! 間に合わない!」
「おう! ちょっと待――」
「ディバインソード――」
途端、レフィリアが一瞬で巨大怪物の懐へ潜り込むとともに、光剣を激しく輝かせて振り抜きの構えをとる。
「スラッシャアアアアアアアッーーーーーー!!!!!!」
そして100メートル近く伸びた光剣の刀身で巨大怪物のサメのような頭部を横からすぱっと切断した。
斬首されたことで本当にサメのようになった頭と、別たれた胴体が同時にドスンと大きな音を立てて地面に落ちる。
「――ふう」
レフィリアが呼吸を整えて光剣の刀身を仕舞い、くるりと後ろを向くと、始めてレフィリアの大技を目にしたアンバムとジェドがぽかんと口を開けていた。
「み、見たアンバム?! なんかめっちゃ剣伸びてたよ! あのでっかいサメの化け物を一撃で倒しちゃったよ!?」
「おう、見たぜ……あんだけの威力と射程なら城壁すらまるごと一刀両断じゃねえか……!」
ジェドは素直に驚いた感想を述べているが、アンバムはどうにも驚き半分、複雑な感情が半分といったような反応の表情をしている。
彼の視線は明らかにレフィリアの手に握っている剣に向いていた。
「……なあ、レフィリアちゃん。物は相談なんだが――」
「すみませんけど、あげませんよ。あげたくても、あげられるものでもないですし」
「……だよなあ。悪い、忘れてくれ。昔からどうも人の物が欲しくてたまらなくなる質なんだ」
アンバムは手で目元を覆い、自分を納得させるかのように頭を振る。
「そーそー、それで昔っから何人の可愛そうな男連中がアンバムに物だの女だの奪われてきたか」
「はあ、相手が野郎なら心置きなく力づくで奪ってるんだがなぁ。レフィリアちゃんが良い女過ぎるからそんな気も起きねえよ」
(歌が音痴なガキ大将か何かですか……)
「つーかジェド、いちいち余計な事言うんじゃねえ」
「自分でも暴露してんじゃん。……大丈夫だよ、アンバムは確かにろくでもないヤツだけど、相手が女性なら非人道的なことまではしないし。それにもしコイツが粗相を働こうとしたら僕が全力で止めるから」
それを聞いてため息交じりにサフィアが言葉を返す。
「その時は私が先に喧嘩を買います。まあ、仮にも勇者を自称する方が強盗の真似事なんてする筈ないでしょうけど」
「そりゃあそうだ。何たって俺様は世界を救う勇者だからな」
「ところでサフィアさん。先ほど言っていた、巨大怪物というのは?」
レフィリアに質問され、サフィアはアンバムに向けたものとは打って変わって穏やかな表情で返答する。
「あ、巨大怪物というのは、ほんの少しの目撃例やごく一部の文献でのみ存在が示されている、文字通り巨大な伝説級の魔物のことですよ。魔王軍が攻めて来る前の時代から……それこそ旧文明人がいたころの超古代から生きていたのか、それとも別の世界からやって来たのか所説はありますが――」
「何にせよ、超デカいだけじゃなくて極めて強力な魔物だ。アダマンランク冒険者でも正面からまともにぶつかれば、勝率は半分以下ってくらいにはな」
サフィアの説明をアンバムが引き継ぎ、ジェドもうんうんと頷く。
どうやらこの世界の冒険者たちはみんなが知っている項目の情報らしい。
「でも、このサメみたいな魔物の名前って何ていうんだろう? 組合の施設で照合してみないと、本当にギガントの魔物なのかも判んないよねぇ」
ジェドに話を振られて、サフィアは数秒ほど考えてみる。
「うーん、巨大怪物の情報資料も前に目を通したことはある筈なんですが……地底鮫とか……?」
「長いな。略してアングラ鮫でいいわ」
「えー、可愛くないよー。ガブリちゃんとかでよくない?」
「やっぱセンスねえわ、お前」
アンバムとジェドがまた言い合いを始める中、そういえばそんな名前のサメみたいな超強いドラゴンが何かのゲームにいなかったかな、なんてレフィリアはふと思い出していた。
そんなことを考えながらレフィリアが斬り落としたサメの頭に視線を向けると、そこで彼女は偶然“あること”に気がついた。
「あのー……このサメの魔物の口のところ、何か光ってません?」
「ん?」
「え、どこどこー?」
レフィリアが指差した場所、サメの魔物が大きく開けている口にびっしりと並んだ歯の一部には、確かに何か銀色に輝いている物体が挟まっていた。




