無職青年が異世界で無双する話③
――小一時間ほど経って。
カリストロスは城のバルコニーから、真下に見える正門広場を眺めていた。
正門には黒い兵士たちによって、国王を含めた王族たちの死体が高々と見せつけるように釣り上げられている。
そのおぞましい光景はカリストロスの思惑通り、市民たちに猛烈な恐怖と不安を植え付けていた。
城の周囲は全て、巡回している黒い兵士たちによって警備されており、塔などの高所には狙撃兵なども配置されている。
先ほどまで、おそらくは戦える者たちであろう、城に近づいてきた人間や偵察にきた使い魔などを即座に発見しては、速やかに射殺して処理を行った。
現状では、城に侵入しようと試みる者は現れていない。
「……さて、これからどう動くとするかな」
カリストロスは、眼下に広がる城下町とその先の風景を眺めながら、今後について思いを馳せる。
今でこそ動きは無いが、時間が経てばいずれ市街にもいるであろう、戦える人間たちが国を守らんとする為、王城を占拠した魔物を討ち取らんと攻めて来るだろう。
それだけではない。
市街の外や果ては国外からも、一瞬にして国の中枢に攻め込み人間を皆殺しにするような悪魔など放ってはおけないと、勇者の類がやって来るかもしれない。
それでも自分が負ける気など全くしないのだが。
カリストロスの自信に一片の揺らぎも生じてはいないが、この世界の先にはどんな勢力、どんな人物がいるのだろうと、空の向こうを遠く眺める。
――すると、カリストロスの超人的な視力は、青空の彼方から何かがこちらに飛んでくるのを即座に発見した。
「何だ……あれは?」
まるで望遠鏡のような精度の目を細めて、カリストロスは飛んでくるものをよく観察する。
それは一対の翼を持った、一体の生物――ドラゴンに見えた。
「まさか、竜……?!」
そのドラゴンは、カリストロスが召喚したヘリコプターよりも遥かに早い速度で、自分が今いる城まで真っ直ぐ接近してくる。
大きさはかなりのもので数十メートル、変身した魔王よりも巨大だ。
全身を黒曜石のような質感の真っ黒とした鱗に覆われており、太い角や鋭い牙と爪はギラギラと黄金に輝いている。
もちろん、カリストロスは今まで本物の竜など見たことがある筈もないので、視界に映る個体が初めて見るドラゴンになるのだが――あのドラゴンは、どうにも別格の存在に思える。
直感でしかないが、あのドラゴンは魔王など足元にも及ばないほど強い化け物だと、一目でそう感じ取れた。
そんなものが今、この城まで向かってきている。
「――迎え撃つか?」
あれ程の怪物となると、距離を保っている今のうちに徹底的な飽和攻撃で撃ち落とさねばなるまい。
カリストロスは内心身構えながらそのようなことを考えていたが、しばらくしてあるものを視認したことで、攻撃することは止めにした。
「……はあ、アイツらかよ」
ドラゴンの背には、自分の他に召喚された異世界転移者たちと、そして魔王が乗っていた。
ついでに、ドラゴンの巨体の陰になって今まで視えなかったが、翼を生やしたエリジェーヌが傍を飛行していた。
得体の知れない巨大なドラゴンが王城に向かって城下町の上空を横断したことで、市街には一瞬で異様な雰囲気が立ち込める。
そしてすぐに、魔王たちを乗せたドラゴンは王城までやって来ると、カリストロスのいるバルコニーまで接近してきた。
どうやらドラゴンを操っているのは黒いドレスに紫の鎧の銀髪少女、メルティカだった。
先にエリジェーヌがバルコニーに降り立って、翼を仕舞う。
「やっほぅ、カリストロス君。見てみて、メルティカちゃんのオメガドラゴン。すっごいでしょー!」
エリジェーヌはニコニコしながらドラゴンを指差す。
どうやら、この巨大な竜はオメガドラゴンという名の種類らしい。
ドラゴンはバルコニーのギリギリまで近づくと、皆が降りやすいようにゆっくりと滞空した。
「ありがとねぇー、メルティカさん。いやあ、ドラゴンに乗れるなんて良い体験をしたよ」
髑髏の男、ゲドウィンがとても嬉しそうにしながらバルコニーに降りる。
「いえ、私も一度は呼び出して制御をしておきたかったので……」
次にオデュロとシャンマリーがドラゴンから降りる。
「しかしかっこいいなぁ。なんだか、モンスターを狩る有名なゲームにでも出てきそうだ」
「ふふ、貴方の格好(鎧姿)で言うと洒落になりませんよ。あとは大気圏外からすっごいフレアでも吐いてきそうですねえ」
「確かに」
楽しそうな二人を尻目に、メルティカは魔王へと手を差し伸べる。
「では魔王さま。足元にお気をつけて」
「うむ、すまんな。見事な操竜技術であった」
メルティカは魔王とともにドラゴンからバルコニーへと移る。
そして全員が降りたことを確認してから、空中に大きな光の魔法陣を展開した。
ドラゴンは光の魔法陣に自ら突っ込むと、吸い込まれるようにして一瞬でその姿を消してしまった。
「やあ、カリストロス君。本当に一人で城を攻め落としてしまうなんでスゴイねぇ!」
ゲドウィンは大げさとも思えるくらい、にこやかにカリストロスを褒め称えた。
「エリジェーヌ君の視界から僕たちも見ていたけど、いやあビックリだったよ。君、武器だけじゃなくて軍隊とかも出せるんだね!」
「……ええ、まあ」
褒められて悪い気はしないのか、満更でもないカリストロスはいかにも褒められ慣れていないといった感じに頬をかく。
その会話は聞きながら、オデュロはぼそっと、隣にいたシャンマリーに話しかけた。
「しかし、どこかで見たことあるような能力でしたね」
「そうですねぇ……私は、冒険が奇妙なマンガに出てきた兄弟を連想しましたけど」
「ああ……兄貴の方?」
「ええ、それです」
「何の話?」
シャンマリーとオデュロの会話に、よくわからんとエリジェーヌは首を傾げる。
「カリストロス君。あの兵隊はもしかして、吸血鬼や人狼の部隊だったりしないのかい?」
「さあ? だとしても、本当のことを全て教えるつもりはありませんけど」
ゲドウィンの質問に、カリストロスはこれ以上聞くな、と拒絶の態度を示す。
「まあ、いいや。それはそうと、僕たちもこの城に住んでいいんだよね? エリジェーヌ君から聞いたんだけどさ」
「もう好きにしていいですよ。……そこの魔王も特別に、住むことくらいなら許可します。私の寛大な心遣いに、盛大な感謝をすることですね」
「う、うむ……礼を言うぞ」
まるで薄汚い野良犬でも見るようなカリストロスの冷たい視線に、魔王をたじろいだ。
「よぉーし、それじゃあ今のうちにやるべき事をやっちゃおうかな!」
ゲドウィンは、とてもアンデッドとは思えない程の明るい元気さで腕を上げる。
「やるべき事? 何するつもりなの?」
エリジェーヌは不思議そうに問いかける。
「ちょっと、今後に向けての準備ネ。――あ、メルティカさん。ここまで運んでもらってすぐに悪いんだけど、少し手伝ってもらってもいいかな?」
「構いませんけど……何をすれば?」
「またさっきのドラゴンを出してもらっていいかな? それで、僕をある場所まで乗せて行ってもらいたいんだ」
「分かりました。――少しお待ちを」
メルティカは片腕を掲げ、空中にまたもや大きな光の魔法陣を発生させた。
「――いでよ、我が竜」
すると、先ほどの巨大な黒いドラゴンが、魔法陣の中から姿を現した。
「それでは、乗ってください」
「また呼びつけちゃってゴメンね、ドラゴン君。それじゃあ、まずは街の外まで頼むよ」
メルティカはゲドウィンを乗せると、ドラゴンに命令を下し、遥か上空まで一気に飛び去って行った。
巨大だった竜の影が一気に小さく、遠くなっていく。
(あの骸骨男、何をするつもりだ……?)
もうほとんど見えなくなった竜の姿を目で追いながら、カリストロスは怪訝そうに顔を顰めた。
◇
――城塞都市カジクルベリー。
その市街をぐるりと囲む外壁の上空まで、鎧の少女と髑髏の男を乗せた竜はやってきた。
地上では、巨大な竜の影を見た人間達が慌てふためいているが、二人は気にしていない。
「とりあえず言われた場所まで来ましたが――何をするつもりですか?」
「うん、メルティカさんには街を覆ってる外壁の少し外側に沿って、一定の速度でぐるりと一周してほしいんだ」
すると、ゲドウィンは空間を歪ませると、豪奢な宝石の装飾が施された長杖を取り出した。
「その間、僕はここから地面に向かって紋を刻んでいくからね」
「紋……ですか?」
「まあ、何をするかは街を一周してからのお楽しみさ」
「――分かりました。では、行きますよ」
メルティカは言われた通り、外壁の外側に沿って少し遅めに竜を飛行させる。
「よーし、それじゃほいほいっと」
それを確認した後、ゲドウィンは杖の先端から光線のようなものを出し、目下の地面へと当てていった。
ドラゴンが通ったあとの地面には、光のラインが刻まれていく。
しばらくして――
特に妨害を受けることもなく、速やかに都市を一周し終えると、光のラインの端がちょうど重なって街をきれいに囲んでしまっていた。
「一周しましたよ」
「ありがとう。――じゃあ仕上げだ」
ゲドウィンは都市の外に刻まれた光のラインに対して、杖の先端を向けた。
「――クラフトウォール!!」
すると、光の線が刻まれていた場所から一斉に地面がせりあがり、地響きを立ててそこから巨大な壁面が、まるで植物でも生えるかのように出来上がっていった。
その高さは、実に100メートル近くはある。
都市の外壁の外を、更に倍以上の大きさの壁が完全に包囲してしまっていた。しかも、その壁には出入口というものがない。
城塞都市カジクルベリーは、地上からでは完全に外界と遮断されてしまったのである。
「ふう、こんなところかな。これならとんでもなくでっかい巨人でも来ない限り突破されることはないでしょう」
「……驚きました、こんな大規模な魔法が使えるなんて……しかし、何故このようなことを?」
「単純に時間稼ぎをする為、外との隔絶をしたまでですよ。外の人間は寄せ付けず、中の人間は逃がさず……これでしばらくはゆっくりと、この都市を好きにいじれるというものです」
ゲドウィンは杖を肩に預けると、都市の外に目を向けた。
「カリストロス君は幸い、簡単にこの国の城を落としましたが、この世界にどんな勢力、どんな存在がいるのかは未知数のままです。ですので、彼らがこちらの存在に気づいて近づいてくる前に、この街のリソースを最大限に活かして、準備をする必要があります。――攻めるにしても、迎え撃つにしてもね」
「なるほど……」
ゲドウィンは自らが造り出した、都市を覆う外壁を指差す。
「因みにあの壁は、近づきすぎると内外問わず鋭い針が飛びでて、生きている者を串刺しにします。出口はわざと作っていませんので、街を行き来するには、空を飛んでいくくらいしか、現実的な手段はありません」
もう一つ、坑道を掘るという手口もあるが、地上から出ている部分だけでなく、地下にもある程度は壁が存在する為、重機でもない限り、この世界での人力による突破は難しい。
「なかなかに凶悪ですね……では、用が済んだのなら城へ戻りますか?」
「はい、お願いします。次はあの城を我々の住みやすい快適空間へと改造しちゃいましょうかね」
二人を乗せたドラゴンは城の方角へ向き直ると、一気に加速してその場から飛び去って行った。