俺様勇者と異世界で食事会の話②
「僕らが事前に手に入れた古文書には、その遺跡には旧文明人が造ったっていう、“伝説の武具”が七つ眠っているって書かれていたんだ。だから遺跡に入って、手に入れにいったんだけど――」
「結果として三つまでしか入手出来なかった。残り四つは俺たちが遺跡の仕掛けを解けなかったからか、そもそも既に持ち去られていたかは判らんが……見つけることすら叶わなかった」
「伝説の武具……てことは、もしかしてあの銀ピカの鎧とか武器のことですか?」
レフィリアの質問にアンバムは自慢げに頷く。
「そうだ。俺たちが手に入れた武具は七つのうち、弓、槍、鎧の三つ。因みに残りの四つは兜、盾、騎馬、そして剣だ」
「アンバムは特に剣が欲しかったんだよねえ。結局どれだけ探しても見つからなかったんだけどさぁ」
二人の話を聞いていて、明らかに内容がおかしいことに気づき、レフィリアとサフィアは眉を顰める。
「私の見間違いでなければ、アンバムさんの武器は確か双剣ではなかったですか? あとジェドさんの武器も槍ではなく杖のように見えましたが」
「サフィアさん、もっと気安くジェドって呼び捨てで呼んでくれていいんだよ!」
「あー、その指摘はご尤もだな。だがアレは双剣として使えるだけで、本来は“弓”なんだ。コイツの“槍”も、魔法の杖としての機能を備えてるだけで実は白兵戦用の武器だったりする」
「そうそう、合体分離したり変形機能ついてたりすんの!」
(それだと、まるで日曜日の朝にやってるヒーローの武器みたいだなぁ……)
そんなことを考えながらも、レフィリアは話を聞いた状況から結論を導き出して、それを口にする。
「つまりアンバムさんは私が、アーガイアの古代遺跡にある筈の剣を持っていると思っていた訳ですね?」
「まあな。しかし話を聞く限りじゃどうも違うみたいだ。すまん、俺様の勘違いだったわ」
片手をひらひらと振るアンバムに、サフィアはいまだに厳しい目つきをしたまま会話を続ける。
「ところで仮にレフィリアさんがそちらの探している剣を所持していた場合、どうするつもりだったのですか? ……まさか強引に奪い取ろうとでも画策していたのでは?」
「おいおい、いつまでも怖い顔するもんじゃないぜ。そりゃ交渉くらいは試みるつもりだったが、別に無理やり盗ろうなんて思ってねえよ。相手がいけすかねえ野郎ならふんだくってるけどな」
アンバムはもう勘弁してくれというような困り顔だが、サフィアの彼を見る目は変わらずいまだにキツイままだ。
「それに、魔王軍への有効打になり得る武具が自国の遺跡に眠っているのならば、国の調査機関を派遣してでもきちんと隅々まで調べ上げた方がいいでしょう。 残りが有るのか無いのかも判らないまま、放置するのはいくら何でも良くないのでは?」
「あー、そりゃ確かにそうなんだが、もう無理なんだよなぁー」
残念そうに首を横に振るアンバムの言葉を隣のジェドが引き継ぐ。
「その遺跡、実はもう入れなくなってるんだよね。地下にあった遺跡なんだけど、入り口がもう完全に塞がっちゃってさ」
「そーそー、俺様がコイツに命令して“アースクエイク”の魔法で遺跡のあった場所ごと地盤沈下させたんだわ。だからどうやっても、物理的に取りに行くことは出来ねえ」
「ちょっ、自分たちで取りに行けなくしてしまったんですか?! まだ伝説の武具が残ってるかもしれないのに?!」
驚いて目を丸くするレフィリアにジェドが弁明する。
「うん、ホントにその通りだけど仕方なかったんだ。地下遺跡に伝説の武具があるって分かった途端、その近辺に盗賊がやたら増えた上に、魔王軍まで何度も襲撃してくるようになったんだから」
「そのまま遺跡を残しとくと、それ目当てで国内に余計な被害が出続けるからな。それならいっそのこと、厄寄せでしかない遺跡なんか潰しちまおうって考えたんだわ」
「……なるほど。勿体ない気もしますが、そういった事情があるなら、それも一つの選択ですよね」
この軽薄そうな男も一応、そのように周囲の被害を考慮した判断ができるのだとレフィリアが内心少しだけ見直していると、にまっと笑みを浮かべたアンバムが身を乗り出してくる。
「だろう、レフィリアちゃん。人命を優先して守らなきゃならない勇者としての葛藤を解ってくれて良かったぜ」
「嘘つけ。君の場合それは建前で、本当は他の冒険者に見つけてない武具取られたくなかっただけじゃないのー?」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ、印象悪くなんだろうが! その雑草みたいな髪の毛毟るぞ!」
「あー、言ったなあ! じゃあそっちの枯草みたいな髪の毛毟るぞ! あと印象は既に悪いだろうから安心しな!」
アンバムとジェドが互いの髪を掴み合ってまた喧嘩を始めようとしていると、レフィリアはわざとらしい咳ばらいをして二人の注意を引いた。
「ところで私もお二人に聞きたいことがあるのですが」
「お、いいぜ! 好きなタイプから好みのサイズまで何でも自由に聞いてくれ!」
「まーた、そういうこと言う。……それで何かな?」
「お二人はアーガイア出身の冒険者ということでしたが、生まれ育ちも同じアーガイアということで合っていますよね?」
レフィリアの質問にアンバムとジェドはきょとんとして互いの顔を見合わせる。
「ああ、まあな。アーガイアの首都、アクアポリスの出身だぜ」
「僕もだよー。横のコイツとは昔っからの腐れ縁なんだ。……でも何でそんなこと聞くの?」
「すみません。私も勝手に二人が、私と同じ異世界から来た者なんじゃないかと考えていたのです。ですから、どうしてもその確認が取りたくてですね……」
「あー、確かにレフィリアちゃんの立場から俺たちを見たらそう思うのも無理はねえわなあ。チラッと見ても判るくらい、装備の雰囲気も似てたし。――それにたった一人で何も知らねえ世界に放り出されたら、そりゃあ寂しくて仲間も欲しくなる訳だ」
いや、それに関しては幸運にもルヴィスとサフィアがいてくれていたから全然大丈夫、とレフィリアが考えていると、急にアンバムがレフィリアの顔を覗き込んでじっと目を見つめてきた。
「レフィリアちゃん。確かに俺様は異世界の使徒ではないが、選ばれし勇者ではある。分からないことがあったら、遠慮せずこの勇者アンバムに何でも聞いてくれ!」
「は、はあ……」
男性からここまで情熱的な視線で見られたことは今まで生きてきてなかったため、レフィリアは不覚にも少しだけドキッとしてしまう。
「何だったら今夜、温かいベッドの中でしっぽりと大人の話でもするかい?」
まあ、あまりに下心が透けて見えるいやらしい目つきに一瞬で気が滅入ってしまったのであるが。
「貴方の場合は冷たい棺桶に一人で寝るのがお似合いだと思いますけど」
怒るのを通り越して、もはや酷薄な笑みを浮かべているサフィアにアンバムはヘラヘラとした口調で返す。
「まあまあ、サフィアちゃんも嫉妬しなさんなって。俺様は二人一緒でも大歓迎だ。いや、むしろそっちの方が良い。俺様の逞しい腕枕を体験してみないか?」
「なるほど、今夜は宿屋じゃなくて墓地か教会で眠るつもりなんですね」
「さ、サフィアさん落ち着いて! ここお店ですので剣握らないで!」
(うわーん、怖いよー。この空気に僕耐えられないよー!)
冷や汗をダラダラ流して慌てるジェドは、必死に話題を逸らそうとレフィリアに話しかける。
「そ、そういえばレフィリアさん! レフィリアさんは何でこのベルヴェディアに来たのかな! もしかして今度はナーロ帝国を救いに行くの!?」
「え? ええと、そうですね……まあ、救いに行くというか……」
そう言いながら、レフィリアは懐から例の招待状を取り出した。
「こんなものを貰ってしまいまして……」
「ん? 何これ」
ジェドが招待状の中身を開き、アンバムと共に書かれている内容へ目を通す。
「ちょっ、この招待状の差出人って絶刀のオデュロ?! あの六魔将の?!」
「しかもナーロ帝国で武闘大会だって?! こいつぁ、すげえな!」
アンバムとジェドが驚愕していると、真面目な表情でレフィリアが話を続ける。
「実は人質も取られていまして……何としてでも、この武闘大会に参加して敵将であるオデュロを討ち取らねばならないのです」
「……ようし、俺様は決めたぜ」
何かを決意したようにアンバムは両手をぱんと鳴らすと、再度レフィリアの目を正面から見つめた。
「レフィリアちゃん、俺様もその武闘大会に出る旅についていってやるよ。元々、俺らもナーロ帝国へぶっこみに行くつもりだったからな!」
「えっ……?」
レフィリアが唖然として固まっていると、ジェドが急いでツッコミを入れる。
「いやいや、ついていってやるよ、じゃなくてせめて、ついていっていいか、だろ?! 何でこう、言葉のチョイスがいちいち偉そうっていうか、上から目線なのかなあー」
「うるせえ。それにこれはレフィリアちゃんたちにとっても悪い話じゃない筈だぜ。招待状にも一組のチームに四人までオーケーと書いてある。一考の価値はあると思うが、どうだ?」
自信満々で聞いてくるアンバムに、レフィリアは一度深呼吸し、目を閉じて数秒ほど考え込む。
そして――
「――分かりました。協力してくださるというのであれば、是非お願いします」
「ちょっ……」
「おっし、流石はレフィリアちゃんだ。新時代の勇者と聖騎士の救世主コラボなら、絶対にそのオデュロとかいうヤツもぶっ倒せると思うぜ!」
アンバムが嬉しそうにガッツポーズをしている中、サフィアは困惑した顔をしながら小声でレフィリアに問いかける。
「レフィリアさん、本当にいいんですか……?」
「サフィアさん、人質を取られてる以上、私たちに状況は選べません。そんな中で戦力増強を望めるならば、またとないチャンス。打てる手は全て打っておくべきだと思ったのです」
「なるほど……それがたとえ、追加人員の人間性に多少問題があってもですか」
「はい、なりふり構ってはいられません。使えるものは何でも使わないと」
アンバムはにまにまとしながら、上機嫌な様子で姿勢を崩す。
「なんか失礼な話が聞こえたような気もするが、ここは気にしないことにするぜ。それなら明日の午前中、一緒にナーロ帝国へ出発しようや!」
「な、なんかすごい話になってきたなあ。……でもレフィリアさんやサフィアさんと旅が出来るってのはとっても嬉しいや。二人とも、宜しくお願いします!」
礼儀正しく頭を下げるジェドに、レフィリアとサフィアも応じて礼を返す。
「こちらこそ宜しくお願いしますね」
「僕、このバカが二人に変なことしないようにずっと見張っとくから安心してね! でももしそれでも無礼を働いたら遠慮なくぶん殴っていいからね!」
「はい、そうさせてもらいます。レフィリアさんに手を出そうものなら許しませんので」
目だけ笑っていない微笑みを浮かべながら、サフィアはちらりとアンバムの方を見る。
「心配しなくっても大丈夫だって。俺様の方からいかなくても、二人ともそのうち俺様の魅力に気づいて自分から来てくれるようになる筈さ。ハハハハハ!」
「大した自信ですね……」
ここまで自信過剰だと、逆に清々しいくらいである。
しかし成り行きとはいえ、ひとまずは現地で新戦力を確保することが出来た。
明日からはきっと壮絶な戦いの日々が幕を上げるのだろう――。




