俺様勇者と異世界で食事会の話①
勇者を名乗る男、アンバムに連れられたレフィリアとサフィアは、ホルンの街で一番の高級料理店にやってきた。
途中でアンバムは、もう一人いた緑髪の魔導士とも合流してテーブルにつく。
「二人とも急にゴメンね! コイツ、何か失礼なこととか言わなかった? 不快に思ったらすぐに言ってね! 僕がその場でぶん殴るからさ!」
「おい、余計なこと言うんじゃねえぞ。つーか、俺が失礼なことなんて言う訳ねえだろ」
アンバムの隣の席で元気にベラベラ喋る緑髪の人物は、ちょっとうるさくはあったがひとまずマトモそうに思えた。
ただ、美少年にも美少女にも見える中性的な容姿であり、性別がどっちなのか恰好で判別があまりにつきにくい。
かといって聞いたら気を悪くするかもしれないので、レフィリアとしてはちょっとこの場で聞くことは出来なかった。
「えっと、僕の名前はジェド・ネフリティスです! 気軽に呼び捨てでジェドって呼んでください!」
緑髪の少年? ジェドの名前を聞いて、サフィアは何かに気づいたように曲げた人差し指を顎に当てる。
「アンバムにジェド……なるほど、その名を聞いて思い出しました。お二人はアダマンランク冒険者チーム“黄昏の爪”ですね」
「えっと……知っているんですか? サフィアさん」
顔を覗き込んでくるレフィリアにサフィアは頷きを返す。
「ええ、確か《アーガイア》出身の冒険者です。とても有名ですよ――“ハーレム冒険者チーム”として」
サフィアのどこか棘を感じる紹介にアンバムは自慢げに腕を組むが、ジェドは対照的にげんなりした表情になる。
「おう、よく知ってんじゃねえか! まあ、正式にアダマンランクの階級章持ってんのは俺様とコイツの二人だけだがな!」
「げえ、もうそれただの悪評じゃん。ハーレムって言ってもこの男の女癖が悪いだけで、僕は全然関係ないからね!」
(は、ハーレムって……うっわあ……)
確かによく見ればすごいイケメンではあるが、いかにもチャラい目の前の軟派男には何ともしっくりくるイメージだと、レフィリアは内心ドン引きしながらそう思った。
「そっちこそ、青髪の姉さんの方は高名な先代勇者様の姪じゃねえか。まさか同格の同業者だとは思わなかったぜ」
「えっと、勇者兄妹ことクリストル兄妹のサフィアさんですよね! あえて光栄です!」
ジェドは感激したといった様子で両手を合わせる。
「ところで、お兄さんの方は一緒じゃないんですか? 僕、実はお兄さんのファンでして!」
「えっと……兄は今、行動を別にしているんです。この街には一緒に来ていません」
「そうなんですか……でも妹さんに会えただけでも僕最高です! あとでサイン下さい!」
無邪気な子供のように目を輝かせているジェドの隣で、アンバムはレフィリアの方へ顔を向ける。
「そんでもって、そちらの金髪姉さんは今どこでも話題の、国を二つも救った聖騎士様だってな。女だとは聞いてたが、まさかこんな……」
そこまで言って、アンバムはふと黙り込むとレフィリアをじっと見つめ続ける。
「な、何でしょうか……?」
「うん、いいな……すごくいい……」
神妙な顔つきでレフィリアの顔を正面から眺めていたかと思うと、今度は獣のような眼光でレフィリアの形の良い胸に注目する。
「はーい、初対面の女性をそんな目でじろじろ見ないことー!」
そう言ってジェドはすかさずアンバムに強烈な目潰しをくらわせた。
「うお痛えぇっ! テメェ、何しやがる!」
「そんなんだから失礼だって言ってんだよ! ここは故郷のアーガイアじゃないんだぞ!」
「うるせえ! 目の前にそそる美乳があって見ない方が逆に失礼だろうが!」
「んな訳あるか、バカチン!」
「黙れ、カス!」
目の前で小学生のような口喧嘩を始めだした二人に、レフィリアは苦笑いを浮かべる。
「この二人、本当に食事をしに来ただけなんですかね……」
「さあ……」
レフィリアとサフィアが小声でこそこそ話していると、涙混じりの両目を指で揉みながらアンバムが話を戻した。
「それはそうと、レフィリアちゃんだったか。一つ、聞きてえ事があるんだけどよ――」
目元の涙を指で拭うと、これまでの態度とは一変してアンバムは急に真面目な顔つきになる。
「アンタら、エーデルランドから来たって話だが……実はアーガイアにも行ってたりしねえか?」
彼の表情からして、ようやく自分たちを食事会に招いた本題に切り込んできたというところであろう。
しかしレフィリアは質問の意図が判らずに、つい言い淀んでしまう。
「ええと……アーガイア?」
「レフィリアさん、アーガイアとはこのベルヴェディアから更に南の方角にある、半分が海に面した白亜の大国です。その地もまだ、魔王軍からは支配を受けていません」
「あ、国の名前でしたか。そういえばさっきどこの冒険者かって話してましたもんね」
レフィリアの反応の仕方にアンバムは、おいおいマジかよ、とでも言わんばかりのずっこけた仕草をする。
「――って姉さん、まさか世界で一番美しいといわれるアーガイアを知らないってんじゃないだろうな? そいつはいくら何でも箱入りっつーか世間知らず過ぎだろ」
その発言にサフィアはイラっとしたのか、露骨なくらい冷たく鋭い視線でアンバムを睨んだ。
「彼女は私が超古代の遺跡で召喚を行い、わざわざこちら側に来てもらった異世界からの使徒なのです。私たちの世界や国家について知識が無いのは仕方がないことなので、罵倒しないでほしいのですが」
「ごめんね、ごめんね! コイツ、バカだからほんと考えなしに失礼なこと言うんだよ! ほら、アンバムも謝んなよ!」
隣でジェドが慌てて弁明するのも聞き流して、アンバムは更に考え込むような顔で腕を組む。
「なるほど、あの遺跡には他所の世界の英雄を呼ぶような代物まであったんだな。そんでもって、ついでに“剣”を回収したと……」
「あの……何の話でしょうか?」
レフィリアが話の訳が解らなくて困っていると、急にジェドが何かに気づいたように声を上げた。
「あっ、ちょっと待って! サフィアさん、そのレフィリアさんを召喚した遺跡の場所ってどこの話?!」
「遺跡の場所ですか? 我が祖国、エーデルランドの隣国であり現在は魔王軍の占領下にある《ガリアハン》の山岳地帯ですけど」
――ガリアハン。
ルヴィスとサフィアの故郷にしてレフィリアの活動拠点でもあるエーデルランドと、魔王軍の最大拠点があるグランジルバニア王国の間に存在する国家。
国土の半分がなだらかな平原と丘陵地帯、もう半分が深い森林地帯と山岳で構成されており、国の中央を大きな川が二分しているのが特徴。
肥沃な土地が多い農業国にして、本来は温泉が有名な観光地なのであるが、現在は魔王軍のせいで見る影もなくなっている。
「あー、そっかあ。――因みにレフィリアさんにも質問ですけど、レフィリアさんが使ってたっていう光の剣って、どこかで拾ったり誰かに貰ったりとかしました?」
「え? いえ、自前ですけど……」
そこまで聞いて、ジェドはしばらく考えてから納得したように頷くと、アンバムの方へ顔を向ける。
「ねえ、アンバム。この二人はアーガイアになんか行ってないだろうし、きっと“君の求めてる物”なんて持ってないよ」
「ああ、俺様もそんな気がしてきたわ。っつーと、“剣”はいまだに行方知れずって訳か」
二人にしか解らない内容で会話され続け、レフィリアもいい加減痺れを切らしてくる。
「すいません、さっきから話が見えてこないのですが……」
「ごめん、きちんと説明するから! ――実は僕たちも旧文明人が遺したっていう超古代の遺跡を探索したことがあるんだ。場所は祖国のアーガイアなんだけど」
その話を聞いて、レフィリアとサフィアはともに目を見開く。
超古代の遺跡と言えば、先にサフィアが言った通り、レフィリアが召喚されて初めてこの異世界に降り立った場所である。
だとしたら、絶対に聞き逃すべきではない何か重要な情報がある筈だ。




