罪を重ねし異世界で被る罰の話⑮
――それから、どれだけの時間が過ぎ去っただろうか。とにかく、カリストロスへの凄惨な処刑は絶え間なく休みなく、延々と続けられていった。
しかしそれでも、カリストロスへの恨みを晴らす為に集った者たちの数が減っていくことはない。その長い長い行列は未だに、カリストロスの視界の及ぶ範囲で何処までも何処までも変わらず伸びたままである。
「――この時をどれだけ待ち侘びただろうか。貴様に一掃された騎士団の恨み、滅ぼされた王国の無念、存分に晴らしてくれる!」
「よう、魔人さんよう。だーれが蟻んこみたいだってぇ? しかもテメエ、俺を殺した後も頭踏みつけやがっただろ。今度は俺がテメエの頭を足蹴にしてやっからな」
「全くいい気味だよ、クソッタレの悪魔め。こちとらアンタに檻へ閉じ込められただけでなく、体をズタズタに吹っ飛ばされて、それはもう苦しみまくってから死んだんだ。楽に逝けると思うなよ」
「これはこれは、魔王軍に背きし裏切り者の元幹部。貴様に蹴散らされた造魔人たちが大勢、貴様の生き胆を貪り喰いたがっている。オデュロ様に代わり、私が手ずから貴様を解体せしめるとしよう」
「この野郎、俺達だけでなくメルティカ様まで手に掛けるとは絶対に許せねえな。どんな惨い嬲り方をして泣き喚させてやろうか。竜種の怒りがそう簡単に収まると思ってんじゃねえぞ」
「まあ、待ちなさい。気持ちは非常に解りますが、まず恨みを晴らすのはメルティカ様からです。メルティカ様、どのようにしてこの愚劣極まる男を処断致しましょうか?」
「そうですねえ。とりあえず、私を殺したこの拳銃を全身の穴という穴へ順番にぶち込んでいきましょうか。まずはお尻の方から、よく効く座薬をプレゼントしてあげます」
「ひえー、流石はメルティカ様。聖騎士メルティカを切腹させた時といい、素晴らしい発想力で御座います。その黒くて硬くてぶっといイチモツをケツにぶっ刺して、コイツの奥歯をガタガタ言わせてやりましょうとも!」
「よくも……よくも私に、国民全員が殺されていく様子を無理やり見せてくれましたね……! 次は貴方が賽を投げる番です! その数に我が国の死者数を掛けた分だけ、貴方へ弾丸をお見舞いします!」
「何とも無様な馬鹿面じゃなあ、あの時の魔人。まさか儂たちの方が冥土で土産を貰ってしまうとは思いも寄らんかった。これでもかってくらいに、たっぷりと礼をくれてやるから覚悟しとけよ」
「許さないわ……私とエメルドの、そしてこれだけ大勢の人たちの命と未来を奪った貴方の事を絶対に許さない。自分の犯した罪を悔やみ、永久に罰を受け続けなさい!」
「悪いが僕も、お前の事は心の底から恨んでいる。愛する者を失った個人的な憎悪はもとより、世界にとっても悪しき存在でしかないお前はここでずっと辛い責め苦に苛まれるんだ」
銃声はいつまでも続く。爆音はどこまでも轟く。悲鳴は絶えず、絶叫は消えず、どれ程経とうと終わりの見えない銃殺刑が永遠に思えるくらいに執行され続ける。
「……がはっ……もう……もう、いいだろ……。こんだけ痛めつけりゃ、いい加減満足しただろ……。さっさと成仏しやがれ、クソッタレ亡者共……」
「ああ? 何言ってんだ、コイツ!」
「こちとら、まだ順番回ってきてねえんだぞ!」
「そうだ、そうだ! ふざけた事抜かすんじゃねえ!」
だが、当のカリストロスは何百何千と殺されまくって尚、無惨な有様ながらも未だに反抗的な態度だけは辛うじて維持し続けていた。その態度と発言に、復讐の為に集った者たちが一斉に彼へ野次を飛ばす。
「ふうむ、流石というか逆に感心するのう。ここまでボッコボコにリンチされておきながら、依然として一言もゴメンナサイとかスミマセンの言葉が出てこないとは、無駄な根性と自尊心だけは持っておるんじゃなあ」
「ハッ……誰が架空の世界の住人相手に罪悪感なんか覚えるかよ……」
そんな中、呆れたように肩を竦めた老人に対し、カリストロスは絶対に屈してはやらないとばかりに、せめてもの抵抗で力なくも唾を吐いてみせた。
「おいおい、誰が架空の世界の住人だって!?」
「コイツ、俺達の存在が誰かの絵空事とでも思ってんのか!?」
「何てヤツだ。俺らはちゃんと一つの命として生きていたというのに……!」
すると、カリストロスの吐き捨てた文句を聴き、群衆らはそれぞれ非難を口にするが、
「……ふん、それはお前たちがそう思い込まされているだけだろ? 第一、こんなまんまファンタジーRPGのフォーマットそのものな異世界が現実にあるってこと自体、常識的に考えておかしいだろうが……」
カリストロスはそれに屈することなく、むしろ更に煽り立てるような発言を述べた。当然、群衆からは何言ってるんだコイツ、とばかりに彼へ向けた怒りの言葉が次々と飛び交っていく。
「――いやあ、それでこそ一度は私が目を付けた逸材ですよ、カリストロス。いいえ、奈浪信二。流石は筋金入りのサイコパスなクズっぷりです」
だがその時、カリストロスのすぐ傍にて新たなる人影が突然現れては、落ち着き払った声で話しかけてきた。なんと、その人物とは、
「なッ……!? お前は……スレイア!?」
であった。赤いラインの入った黒い衣服、白い髪に褐色の肌、そして細い目に胡散臭い薄ら笑いを浮かべた表情、その全てがカリストロスがこの異世界で最も憎んでいる怨敵の要素と合致していた。
「どうもどうも、ご無沙汰しております。――さて、貴方がこれだけブチ殺されまくって痛めつけられているというのに、何だかんだ持ち堪えられているのは……偏に、貴方が“カリストロスのまま”だからというのが要因でしょう。てことで、私の方からここは一つ、ちょっとしたテコ入れをさせていただきます」
そうスレイアが言ってパチンと指を鳴らすと、急にカリストロスを磔にしていた拘束が全て解かれ、彼は空中から地面へと落とされた。
「あだっ!?」
(どういうつもりだ、コイツ? わざわざ拘束を外すだなんて、一体何を企んで――)
地面に体を打ち付けた衝撃に呻きながら半身を起こしたところで、カリストロスは唐突にどうにも奇妙な違和感を覚える。
「……あれ?」
(何だ……? なんか俺、今までと違う服を着ていないか……?)
そう心の中で思ったカリストロスは、ふと視界に映った腕の袖から更に自分の体を見下ろす。そんな現在の彼は紺色の立派な軍服姿ではなく、よれよれになったグレーのスウェットを着た格好をしていた。
加えて、この場にいる群衆らが何やら困惑したような、これまでとは気色の違う雰囲気でザワザワと騒ぎ出し始める。
(それに俺を見る亡者共の目つきや反応があきらかに変わったような……って、まさか!?)
「気付きましたか? でしたら、こちらにて最終確認をどうぞ」
そう言って、スレイアは何処から取り出したのか、手鏡をカリストロスの目の前へと放り投げる。それを無意識に拾った彼がその中を覗き込むと、そこにはけして端麗な美青年などではなく、ボサボサの髪に無精髭で不健康そうな顔面をしただらしない男が映っていた。
「…………ッ!!!? これは……この顔は……!?」
「ご自身の本来の顔、かなり久方ぶりに見られたんじゃないですか? そう、これこそが本当の貴方ですよ、奈浪信二」
「何だ何だ? 魔人の男が急に別の姿に変わっちまったぞ!?」
「誰だアイツ? それにしても、みずぼらしい格好をしているなあ……」
渡された鏡を凝視して固まっているカリストロスこと奈浪信二をすぐ傍でスレイアがほくそ笑みながら見下ろす中、群衆たちは怪訝な目と共により不可解さを募らせていく。
「皆様方! 今、カリストロスから転じたこの男こそが、皆様方の命を奪った魔人の正体であります! 貴方がたの住む世界とは異なる地より訪れた、魔力も無ければ剣も振るえぬ、それどころか職にも付かずに日々飯と惰眠を貪るばかりの情けない愚物で御座います!」
すると、スレイアはいきなり声を張り上げては、視界に映る空間全域に響き渡らんばかりの勢いで高らかにそんな発言を宣った。
「はあああッ!? 何だって!?」
「信じられない! こんなふざけた話があって溜まるか!」
「そんな無能の穀潰しな異世界人に、俺達は人生を台無しにされたってのか!?」
当然、スレイアの言葉を聞かされた群衆らは一変して、沸き立った怒りの声を魔人から変わり果てた無職男性へとぶつけまくる。
「お、お前っ……!」
「さあ、皆様方! 銃殺刑大会は一旦中断しまして、ここからは余興に鬼ごっこでも致しましょうか。制限時間は一時間。その間に鬼役の皆様方は彼を追いかけて、捕まえ次第いくらでも痛めつけてもらって結構です。尚、そちらにある銃器もまた引き続き、好きなだけお使いいただいて構いません!」
その後もまた、急な方針転換を告げたスレイアの言葉に群衆は少し戸惑いこそ見せたものの、けして意を唱えることはせずに賛同し、新たな催しへやる気を示したような歓声を上げた。
「…………っ!!?」
「では鬼ごっこですから、最初はルール通りに数を数えるといたしましょうか。私が百を数え終えるまで、鬼役の皆様方はすみませんけど、その場を動かないようにお願いします」
「て、てめえ……!」
顔を上げて恨めしそうに睨みつける信二であったが、そんなものに気圧されたりなどする筈もなく、スレイアはニヤッとした笑みを向ける。
「ほうら、早くお逃げになった方が良いですよぉ。……っと、因みに先ほどタイムリミットは一時間と言いましたが、この世界に時間の概念はありません。即ち、私が“一時間経過した”と告げるまでは実質、時間無制限ですのでそのつもりで」
「ちょっ!? そんなの――」
「じゃあ、数えますよー。いーち、にー……」
「……くそッ!」
遂にスレイアのカウントダウンが始まってしまい、信二は立ち上がるととにかく必死に群衆たちのいる方とは反対側へと走り出した。
(くそくそくそッ! ふざけんなふざけんなふざけんな! 何で俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ……!)
信二は脇目も振らずに全力疾走しながら、心の中で喚き散らすように悪態をつきまくる。
(ああもう、キツイ……しんどい……体が重い……足が遅い……。こんなんじゃ、異世界現地民どもの亡霊から逃げ切れない……!)
しかし、ついさっきまでの魔人の肉体だった時と違い、日頃より不摂生で運動不足な生活をおくり続けていた信二が機敏に走れる訳もなく、青白い顔に汗を大量にかきながら、息も絶え絶えにすっとろく駆けていくので精一杯だった。
(とにかく……今は少しでも奴らとの距離を離すんだ……。こんな空間でも、どうやら遠くへは行けている。何としてでも逃げ切って――)
その時、信二の背後から銃声らしき破裂音が一発聴こえたような気がしたのとほぼ同時に、彼の左腕がいきなり千切れては吹っ飛んだ。
「あ――あ゛あ゛ああああああッ!!!!!!」
それは狙撃銃、それも対物ライフルによる弾丸があたったことによる負傷だった。つまりは、スレイアが百のカウントを数え切ったことで群衆が動き出し、その追手のうちの一人が信二を狙撃してきたことを示すものであった。
「い゛だあ゛ああああッ!!!! い゛だいよおおおおおおッ!!!!!!」
最初の数秒こそ唐突な喪失感に固まってしまったが、その後に襲って来た猛烈な痛みに信二はその場で蹲ってしまい、のたうち回っては激しい絶叫を上げる。
残念ながら、今の彼は魔人だったカリストロスとしての肉体や精神の頑丈さは有していない。故に、現状は一発撃たれて怪我を負っただけでも、普通の現代日本人がするであろう当然の反応として、信二は痛みだけでなく凄まじい恐怖感によってパニックに陥り、ろくに動けなくなってしまった。
(ああ、後ろから連中がやって来るのが分かる……。やっぱアイツら、俺よりずっと足が早い……逃げられない……追いつかれて囲まれたら、マジでもう酷い目に遭わされるなんて話じゃない……)
「助けて……。誰か、助けてくれよ……誰かああああああッ!!!!!!」
ガクガクと震えてその場に崩れ落ちてしまいながらも、カリストロスは張り裂けんばかりの大声で叫びをあげる。だが、その声は悲しくも、目の前に広がる真っ暗な闇の中へと静かに消え去っていった。
「……くそっ、いっそ殺してくれ……死なせてくれ……くそっ……」
後ろから大量の殺意の塊が接近してきている気配を背中越しに感じながら、信二は恐怖に蹲ると、か細い声でそう呟く。
「――ト……スト……」
(……? 今、何か聴こえたような……?)
すると、地面へ顔を伏せてしまっていた信二は突如、何処からか、見知った誰かの声が聴こえてきた――ような気がした。
「――リスト……カリスト……」
(……ッ! やっぱり、誰かが俺を呼んでいる!?)
思わず耳を澄ませていると、またもや信二の見知った声にて、彼を呼んでいるとされる声が確かに聴こえてきた。それは女性の声であった。だが、知っている気はするのに、それが誰の者なのかを思い出す事が出来ない。
しかしそれでも、信二は縋るような気持ちで蹲っていた状態から思わず顔を上げた。直後、彼は自分の目の前に、再び“孔”が空いていることに気が付いた。
「こ、これは……!」
その孔は前に見たものと違い、真っ暗闇な世界に現れた真っ白に光り輝く円であった。変わらず外の様子は覗き込んでも一切視えないものの、何処かへと通じている出入り口ということだけは同じように把握できた。
「カリスト……カリスト……!」
そして、信二ことカリストロスを呼ぶ女性の声は、その孔の向こうから聴こえてきていた――ように思えた。声の主についての記憶は未だに思い出すことは出来なかったが、
「助けてくれ……! 俺を助けてくれええええええッ!!」
信二は一心不乱に駆け出して残った方の右腕を伸ばし、太陽の如く眩い白光を放つ“孔”へ向かって飛び込んでいった。




