罪を重ねし異世界で被る罰の話⑧
「――ッ!」
その誰も予想だにしなかった事態に、フローラやガリアハン兵たちだけでなく、今まで余裕綽々に振舞っていたロズェリエですら、驚きを示した。確実に急所を撃ち抜かれ、完全に死んでいた筈の者が急襲を仕掛けて来るなど、まず予測できる訳が無い。
しかもエメルドの得物である聖剣は半分以下に折れてこそいるものの、残った刀身から伸ばした魔力放出の光刃によって長さは元よりも倍以上長くなっていた。状況、距離、射程、全ての要素が最善に揃った最高の一撃を先ほど自分を殺したばかりの相手目掛けて振り下ろす。
……ところが、そんな完璧に過ぎる不意打ちでさえ、残念ながらカリストロスには当たらなかった。
「……ッ!?」
ただ虚しく残像を振り払っただけに終わった攻撃の直後、エメルドは咄嗟に背後から気配を感じ取っては反射的に振り返る。途端、彼は反応する間もなく、カリストロスから左手によるパンチを食らっては、体ごと思いきり吹っ飛ばされた。
「ごはあ……ッ!?」
カリストロスに殴りつけられたことで、エメルドは何度も宙を回転し、落下した後もそのままゴロゴロと地面を激しく転げ回っていく。そんな彼の顎や鼻の骨は惨たらしく砕かれてしまって、美麗だった容姿は台無しとなっただけでなく、口からは多量の血と共に折れて抜けた歯が幾つも撒き散らされていった。
ところが、カリストロスの攻撃はそれのみでは終わらなかった。彼は転げていったエメルドの前へと瞬時に先回りしては、サッカーボールをリフティングするように彼の体を蹴り上げると、そこから空中に浮かんだエメルドを更に蹴りつけては、大きく吹っ飛ばしたのである。
「がふッ……!」
加えて、飛んで行ったエメルドに対し、カリストロスはスーパーブラックホークからいつの間にか持ち替えていた八連リボルバー拳銃、S&W M327 M&P R8を超高速連射。エメルドが宙を浮いている状態のうちに、両腕の肘と手首、両脚の膝と足首の計八カ所へ一発ずつ綺麗に命中させては、殆ど達磨にする形で彼を行動不能に陥らせてしまった。
そんな状況さえ、ほんの僅か数秒の間の出来事であり、周りの者たちからすれば、勇者が背後から強襲を掛けた筈が逆に背後から攻撃された挙句、瞬く間に返り討ちにあった、という理解の追いつかない光景を見せつけられた状態だった。
「エメルド……ッ!」
ようやく追撃の手が止んで地面に転がったエメルドであったが、その姿は悲惨そのものであった。見るに堪えないとしか言い様のない有様であり、倒れ伏した彼にはまだ辛うじて息こそあるものの、四肢は千切れ飛んだ上に全身の骨や筋肉は粉々で内臓もメチャクチャ、むしろ何故まだ生きているのかの方が不思議なくらいにはあまりに酷い容体である。
「――やれやれ。殺したつもりでしたが、あの時の魔王といい、何で生きてるんでしょうね? とはいえ、蘇ったところで同じく雑魚ですから、何ら問題はありませんが」
などと言いながら、少しも息を乱さず落ち着き払っているカリストロスに、つい固まったまま一部始終へ魅入っていたロズェリエは、我に戻ったようにして口を開く。
「さ、流石です、カリストロス様! 勇者が奇襲を掛けてきた際は少々驚かされましたが、レベルが違い過ぎてカリストロス様には通じませんでしたわね。――因みに今の復活はおそらく、携帯していた蘇生アイテムによる効果だと思われます。特有の残留魔力反応が見られますけど、けしてそう何度も繰り返せるようなものではないかと」
「なるほど、そういう絡繰りだったのですか」
「更に言えば見たところ、自動回復効果のある魔法装備も身に着けているようです。今はああして動けない状態ですが、しばらくしたらまた活動再開するかもしれませんので、一応ご留意を」
「ふむ、まるでしぶとい虫ケラみたいですねえ。潰したと思ったのにまだ生きてて藻掻いているとか、まさしくそれらしい」
「ええ、全くその通りです」
勇者を散々嬲った後、他にも大勢敵はいるのにそれを意に介さず、雑談でもするかのようなノリで会話をしだすカリストロスとロズェリエ。とはいえ、誰しもそんな二人へおいそれと向かっていく事など出来はしなかった。
――しかしそんな中、兵長の男は何やら腰につけていた小さな角笛らしきものを手に取ると、それを思いきり吹いて鳴らした。
「――ッ!?」
唐突に戦場へ響き渡った甲高い物音に、その場にいた全員が兵長の男へと注目する。
「ん? うるさいですねえ。今更、援軍でも呼んでるつもりですか?」
「いや、これは……!」
その突発的行動に対し、カリストロスはあまり気に留めはしなかったが、逆にロズェリエは吹かれた角笛の意味を咄嗟に理解したような表情を見せた。
「総員、世界の為にその命捧げよ! 何としてでも勇者殿をお救いするのだ! 突撃イイイイイイッ!!」
一方、角笛を吹き終えた兵長は精一杯の大声を張り上げてそのように叫ぶ。すると、
「オオオオオオオオッ!!!!!!」
その場にいた全てのガリアハン兵たちが、今までの消沈していた様子から一変して気合の入りなおした表情となり、けたたましい雄叫びを一斉にあげた。それから、一切恐れる事無くカリストロスのいる方へ向けて集団突撃を開始しだした。
実は兵長が鳴らしたのは《鼓舞の角笛》という魔道具で、一回のみの使い捨てではあるものの、範囲内の味方全員にライオンハートとドラゴンソウル、二つの精神補強魔法を二重に齎す効果を有する。これにより士気を取り戻した、むしろ更に向上させた兵士たちは、兵長の“意図”を誰もが理解した上で等しく命令に従い、恐ろしき魔人を相手に立ち向かうことを決行したのである。
「カリストロス様……!」
「おや、ヤケになって特攻命令ですか。する方もする方ですが、従う方もどうかしていますねぇ」
だが、雄叫をあげて向かってくる屈強な軍勢を前に、カリストロスは鼻で嗤った後、指を鳴らしては自身の周囲に複数のM134ミニガンを一瞬で設置する。そして自分はその場から一切動かないままに、自動銃座の如く並べた三脚付きのミニガンを一斉発射しては、毎分6000発もの発射速度を誇る銃撃によって、突撃してくる人間の波を片っ端から撃ち殺していった。
「ワアアアアアアアアッ!!!!!!」
「怯むな! 全軍突撃ッ! 突撃イイイッ!!」
しかしそれでも尚、自分の目の前の者が無惨に血肉を撒き散らしながら倒れようとも、ガリアハン兵たちの怒涛の突進は止まらない。緩まない。途切れない。
「フローラ殿! 我々がここを押さえている間に、急ぎ勇者殿を連れて、この場より離脱してください!」
そんな最中、兵長の男はフローラへと駆け寄ってはそのように告げた。つまりは、自分達が事実上の肉壁となっているうちに指輪でエメルドを転移させ、共に逃げ果せろと言っているのである。
「ですが……!」
「気遣いご無用! 貴方がたと我々では、命の価値が違う! ――しかし我々の犠牲を悼んでくださるならば、どうか生き延びて、いつかあの化け物共を討ち倒してください! この世界に再び平和の日々を取り戻してください!」
そう言うと、兵長は懐から鳥の翼を模した護符のような品を取り出しては、フローラへと手渡した。それは貴重な緊急転移用の魔法アイテムであった。
「……ッ!」
「あと何秒、保たせられるかは判りませぬ。お早い決断と行動を頼みますぞ。――それでは!」
そこまで話したところで、兵長の男もまたカリストロスへ突撃を掛ける部隊の中へと加わっていった。一人残されたフローラが彼を目で追うと、大勢いた筈の兵たちの数が半分以上も既に倒されてしまっている。もう時間の余裕はない。
「ごめんなさい、皆さん……! ――私のところへ来て、エメルド!」
兵士たちの仇は必ず取ると強く誓いながら、フローラは左手を掲げてエメルドを呼び戻した。彼を自分の傍へ連れて来た後、続けてすぐに貰った転移アイテムを使用してここを離れる。彼は満身創痍な状態であるものの、まだギリギリ生きていることが指輪を通して彼女には判っている。何としてでも彼を治療して復活させ、反撃の準備を整えてからもう一度、あの魔人へと挑むのだ。そう考えていたフローラであったが――
「えっ、何で? どうして、エメルドを転移させられないの!?」
しかし、何故か絆魂の指輪は機能を発揮せず、何度魔力を流しても、エメルドを呼び戻すことが出来なかった。
『――ふふ。残念ですが、そのアイテムは使用できないように魔導妨害を掛けさせてもらいました。どうせ、そういう魂胆の特攻だろうと思いましたので』
すると、フローラの頭の中に念話によって女性の声が聴こえてきた。その声掛けに咄嗟に振り向くと、念話の主であるロズェリエが厭らしい笑みを浮かべてフローラを見ていた。
「……ッ!? そんな……!」
「フローラ殿! 何をしているのです! 早く勇者殿を回収して撤退を!」
直後、未だにモタモタしていると思ったのか、突撃部隊の中から兵長の怒鳴る声が飛んできた。それに対し、フローラはパニックになりそうなのを必死に抑えつつも、慌てた様子で返事を叫ぶ。
「それが、出来ないのです! 転移の指輪の機能が、あの魔女によって封じられてしまって……!」
「何ですと!? そのようなことが――がはッ!」
兵長が愕然としながら返したところで、銃弾の雨をその身に受けては、周りの兵達と同様に地面へ倒れ伏してそのまま息絶える。そうして遂に、自ら捨て駒となってカリストロスに押し寄せていった全ての兵が残らず撃ち殺されてしまった。つまり、今の状況で無事に立っているのは、カリストロスとロズェリエ、それからフローラの三人のみという事になる。
「…………ッ!!?」
「――さて、この一帯で生きている敵対者は、そこの貴方と向こうで寝ている勇者だけになりましたね。……自分が何故、攻撃をされなかったのか、不思議でなりませんか?」
あまりに騒々しかった機銃掃射の手を止め、辺りが静まり返った後、不可解そうな顔をしながらもその場を動けずにいるフローラに、カリストロスは面と向かって話しかけてきた。




