神殿の謎と異世界の島神様の話⑭
「いやあ、流石は世界を救わんと志す戦士。よもや、本当に妾を一度殺してみせるとはなあ!」
「ッ……、蘇っただと!? しかし今のは、通常の蘇生ではない……! まさか――」
「うむうむ、そりゃあ驚くのも無理はない。せめて説明くらいはしておいてやろうか」
そう言うと、愉しそうな笑みを未だ残しながらアルテラスは、自身の手にしている剣を指差した。その剣は、元の刃が幾つも枝分かれした状態に戻っていたが、よく見るとそのうち一本が割れたように欠けてしまっていた。
「理屈的には、お主が先に使った鎧の機能と同じよ。妾の持つこの剣はな、所有者の死を9回まで“無かったこと”に出来るのだ」
「何……ッ!?」
「つまり、妾はお主に殺されて死んだが、それは無かったことになった。そして妾が――いや、この巫女の肉体が真に滅ぶ為には、あと9回、妾を殺さねばならんのだ」
「嘘っ……そんなの、あまりにふざけてる!」
アルテラスから受けた復活についての仕組みの説明に、賢者妹は思わず声を荒げる。しかし、ルヴィスは表情こそ険しくしながらも、既にこの後どうやって眼前の敵へ対処しなければならないかについて、思考を巡らせていた。
(――なるほど。九本一組の剣のうち一本を身代わりにして、持ち主に及んだ死の運命そのものを改竄した訳か。にしても、あと9回も倒さねばならないとなると……)
「……一応、尋ねますけど、一度は倒したのでオーケーという事にはしていただけないのでしょうか?」
そう訊いたコメットの問いに対し、
「悪いが、それは認められんな。なんせ、この身はまだ命を宿して生きておるのだから。妾は妾を倒せと言ったのではない。この身の欲するものを寄越せと言ったのだ。その条件は未だ満たされておらぬ」
アルテラスは取り付く島もない様子できっぱりと撥ね退けた。
「だったら……死ぬまで殺すしかない!」
改めて覚悟を決めた後、ルヴィスは自らに言い聞かせるよう口にしては、再び剣を構えなおしてアルテラスへと対峙する。
「ふっ、まあそうするしかないのだが……お主に今掛かっている強化状態、果たしていつまで保ってくれるかのう?」
そのように厭らしく嘲笑ってきたアルテラスへ、ルヴィスは喧しいとばかりに正面から躍り掛かっては剣を振るい、またもや壮絶な剣戟の応酬が再開される事となった。
「ルヴィスさん、援護を――」
「いや、コメットは持ち場を離れるな! 絶対にだ!」
「…………ッ!」
魔法支援を行う為、今いる位置から進み出ようとしたコメットに、ルヴィスは戦いながらも彼へ大声で制止を告げた。
確かにコメットがサポートに入ってくれれば、回復と防御の面では何より心強い。しかしそうなれば、敵側の注目がコメットへ直ちに及ぶだけでなく、パーティ全体に及ぶような広範囲攻撃を放たれた場合、どうしても対応が遅れてしまうこととなる。故に、彼へ直接支援に動いてもらう訳にはいかなかった。
「私が、手持ちのクリスタルで出来る限り、ルヴィスさんを手助けします! コメットさんはとにかく防衛に専念を……!」
「……っ、ならば、私の持っている魔法結晶も貴方に譲りますわ。これでどうか支援をお願いします。貴方の身も私が必ず守りますので……!」
◇
そうしてまた暫くの間、戦闘が継続されたのであるが、
「はあ、はあ……!」
「――今ので3回目。となれば、あと7回殺さねばならんか。先はまだまだ長いのう、んん?」
ルヴィスからまた倒されるも、再び死から即復活したアルテラスは、一切負傷していない状態から余裕そうにルヴィスへと声を掛けた。
相対するルヴィスはというと、彼女とは真逆の状態であり、肩口と脇腹、太腿へ負った深い切創に加え、体力と魔力の消耗から全く余裕の無い表情を見せている。
「ふふっ、お主に掛けられていた強化魔法、そのいずれもとっくに効果が切れてしまっておるな。そこな賢者からの支援も品切れ間際と見える。――さて、どうする? そんな様でまだ妾と殺り合うか?」
「……っ、ルヴィスさん……」
魔杖を失ってしまった故に、実戦で有効な魔法支援がクリスタル頼みとなっている現状の賢者妹だが、そんな彼女もアルテラスが言ったように殆ど何も出来なくなってしまっていた。
かといって、コメットもサフィアもおいそれと持ち場を離れることは出来ない。下手にルヴィスを援護しようと前に出れば、一番の急所たる綾美をやられるリスクが大きく高まることになる。
「……認めたくないが、このままだと詰みは免れないな」
そう言いながら、ルヴィスはチラリと背後を一瞥した。現状が詰みかけている、というのは、もしアルテラスに剣の機能を用いた分身戦法を再度使われた場合、もう凌ぐ手段が現時点で無いことが大きな要因である。
というのも、アルテラスは最初の復活以降、分身戦法は一切使用していない。しかしそれは“使えなくなった”のではなく、あくまで“使っていないだけ”だ。それをもし戦闘中の気分次第で再び使われれば、その時点でルヴィス達の敗北が決定する。
まず第一に、今のルヴィスに対応手段たる必殺奥義を放つ余力はもう無い。隙だらけの相打ち覚悟なら無理して一回は撃てないこともないが、一度見せた手なので上手く決まらない可能性は大きいだろう。
そして、ルヴィスが白兵戦で同時に相手できるアルテラスの数はどう頑張っても二、三人。その上で残りを三人以上後ろへ通してしまうと、極めて高確率で綾美を仕留められる危機的事態に陥ってしまう。自ら攻め込むならともかく、要人を守りながらの戦闘ではサフィアに三人もの相手は困難だし、魔法職組には一人でも不可能。なので、三人突破されたらそれで敗けも同然なのだ。
一応、アルテラスが殺されて復活する度に剣の本数は一本ずつ減っている――と、思われる。なので、分身の展開できる人数もそれに従って減る筈ではある。それでも現時点で展開されれば、分身の数は六人。よって、計算の上では対処しきれない。それに、そもそも今までの戦闘を何とか成り立たせていた強化も全て消え去っているので、現実的に考えてこれからルヴィス達がどうにか出来る手立てなど、もはや無くなっているのであった。
「…………いいだろう。アルテラス神、この俺の命を供物に捧げる。だから、他の仲間達には手を出さず、太古の大陸に続く道へ通してくれ」
ルヴィスは深い溜息と共に剣を降ろすと、決心した表情を見せながらアルテラスへと告げた。
「なっ……!?」
「ちょっ、ルヴィスさん!?」
「兄さん! それはいけません!」
「そうだよ! 早まっちゃ駄目!」
そのルヴィスが突然宣った発言に、他の仲間達が驚きながらも、立て続けに慌てて彼を引き止めに掛かるが、
「だったら、ここで全滅するか? それとも、太古の大陸へは行かずに逃げ帰るか? ここで死ぬのも、何も得ずに戻って六魔将やスレイアに敗れるのも一緒だと思うけどな。第一、俺たちはここへ一体、何をしに来た?」
ルヴィスは既に覚悟の決まった、険しい目つきにて仲間達を振り返ってはそう答えた。
「だけど……!」
「俺一人の犠牲で他の皆が先に進めるなら安いものだ。……情けないが、人類が世界を滅ぼさんとする脅威へ抗うのに、どうしてもレフィリアの力を頼らざるを得ない。そして俺たちはレフィリアに縋るという、これまた情けない選択を取った。であれば、俺は喜んでその為の礎となろう」
「ルヴィスさん……! レフィリア、レフィリアって……そんな……!」
ルヴィスの躊躇を微塵も見せない決断に、そしてそうさせてしまっている原因が他ならぬ自分であることに、綾美は涙が抑えられなかった。
綾美にとって、レフィリアの力を取り戻そうとしている一番の理由は、この世界で出来た大切な友人らを守る為なのに、それを実現するのにその守るべき友人の命を失う事になってしまうのは、あまりに不条理が過ぎる。もはや、これでは神じゃなく自分への生贄だ。
でも、今いる人間たちの中で最も無力な自分には、彼の決断を覆させるだけの提案など出来はしない。故に、その情けなさ過ぎる自分の有様に綾美は感情がグチャグチャになって、もう何を言ったら良いのかも判らなくなってしまった。
「……すまない、アヤミさん。そしてサフィア、どうか後を頼む」
もはや泣き出している綾美の様子に申し訳なさそうな顔をしながらも、ルヴィスはサフィアへと最後の言葉を託す。
「……ルヴィス兄さん、私は兄さんを恨みますよ」
「最期にそんな台詞を言ってくれるなよ……まあ、仕方ないけどな」
綾美とは打って変わって辛辣な目つきと口調で返したサフィアに、ルヴィスは苦笑混じりで肩を竦めてみせるも、けして決心は変えぬとばかりにアルテラスの方へと向き直った。