神殿の謎と異世界の島神様の話⑫
「えっ――えっ……?」
今の一瞬で何が起きたのか判らず、思いきり尻もちをついた賢者妹の目の前に、彼女を助けたジェドに代わって、何やらどでかい狐のような化け物が居座っている。
体長10メートルは優に超える、全身の体毛を炎で燃え上がらせた、如何にも獰猛な顔つきをした巨大狐。それが一呑みでジェドを丸ごと食らってしまい、しかも既に嚥下してしまっていた。その状況があまりに唐突且つショッキング過ぎて、賢者妹は逆に声を上げることも出来なかった。
「ジェド!?」
(召喚獣だと……!? それもたったあれだけの動作で、あの規模の怪物を呼び出すとは……!)
そして突然の凶事に驚愕を覚えたのは、一同の誰もが等しく一緒であった。そんな中、それを引き起こした召喚獣を呼び出した張本人たるアルテラスだけが、平然とした顔のまま淡々と言葉を並べる。
「ふん、今度はもう片方が助けたか。しかし悲しいかな、身を呈したところでせいぜい順番が入れ替わるだけだろうに」
「この……ッ、よくもジェドさんを!」
それを耳にし、賢者妹は呆然としていた状態から一転して、逆上したように立ち上がると、手持ちのクリスタルを取り出しては眼前の召喚獣を攻撃しようとする。
だが、それより前に巨大狐のような怪物は前脚で賢者妹を踏みつけるとそのまま押さえつけ、炎で燃え滾る足裏によって彼女の腹部を焼いた。
「あ゛ああああああッ!!!!」
「貴様ッ!」
腹全体に大きく重い焼き鏝を押し付けられたも同然の状態となった賢者妹に、ルヴィスは彼女を助ける為、駆けつけようとするが、
「おっと、何処へ行く? お主の相手はこの妾だぞ?」
わざとらしい笑みを浮かべたアルテラスが素早く回り込んでは、彼の行く手を遮りながら剣を振るってきた。
「ちいっ、そこを退け!」
ルヴィスは急いで突破しようとするものの、アルテラスは嫌がらせの如くそれを徹底的に邪魔し、再び激しい剣のぶつけ合いが起きては、救援に向かうことが叶わなくなる。その間にも、じゅうじゅうと嫌な音を立てて賢者妹は身体を焼かれ続けた。
「サフィア! 私のことはいいから、今すぐ助けに行ってあげて!」
「……ッ!」
一方、フロアの出入り口傍にいた綾美が悲鳴じみた声でサフィアに頼み込む。その要求に彼女はつい足を踏み出しそうになるが、苦渋の表情を浮かべながら、その足を無理やりに止めた。すると、
「いえ、サフィアさんはそのままで。ここは私がッ!」
意を決したようにコメットがその場を飛び出しては、賢者妹のいる方向へと駆けていった。
「疾槍瞬破ッ――!」
それから数歩走った後、十字杖を真っ直ぐ突き出しては石突から後方に魔力を噴出させ、その勢いで矢の如く宙を飛び、一気に距離を詰めてはそのまま賢者妹を襲っている怪物へと突撃する。
続いて、狐のような怪物の首筋へ十字杖の突起を深く突き入れたコメットは、その状態で怪物の身体に取り付くと、
「強制吸引ッ!」
十字杖の機能を瞬間的に最大開放し、怪物を構成しているマナを無理やり吸い上げた。
途端、怪物の巨体が紐解けるように炎へと還りながら渦を巻いて十字杖の中へと吸収されていき、怪物側は反撃する間もなく忽ち消え去ってしまった。その後、怪物のいた空間には、頭が潰れて足の千切れた人間の胴体――紛れもなく、先ほど呑みこまれたジェドのもの――が残っては落下し、幾つかの肉片をばら撒きながら床へ転がった。
(ジェドさん……! ですが、ここは先に!)
燃える大狐の怪物を倒してすぐ、コメットは仰向けに倒れている賢者妹の傍へ駆け寄ると、
「――アドバンスドヒール!」
詠唱無しで即回復できるよう携行しておいたクリスタルの魔法にて、彼女を直ちに治療する。
痛々しい大火傷を負った賢者妹の腹部が元の綺麗な状態へすぐに戻るが、もし事前にアイギスシールド等の防護を施していなければ、踏みつけられた時点で即炭化した死体になっていたことだろう。
「ごほッ……がはッ……!」
「大丈夫ですか!?」
「はい……お陰で助かりました。本当に……」
「それは良かった。では、回復直後ですみませんけど、二人の回収を今すぐ頼みますわ。遺体そのものが無くなっては、いくら私でも蘇生出来なくなりますので」
治してあげた彼女を起こした後、急を要する事態故にそう告げたコメットへ、
「……ッ、分かりました!」
賢者妹もまたそれを理解して頷くと、服のポケットから急いでターコイズの魔宝石を幾つか取り出した。
「生成ッ――!」
それを彼女は速やかに複数体の鳥の使い魔へ錬成、空のクリスタルを持たせては、ハンターとジェドの遺体を回収に掛かる。通常、クリスタルは生物である人間を収納できないが、死んでしまっている場合は物体として入れることが可能だ。
「ルヴィスさん、貴方は貴方の戦いに集中を! 後方は私が何としても守りますわ!」
使い魔を操っている賢者妹を護衛しながら、コメットは救援に駆けつけようとしていたルヴィスへと叫んだ。
「――ッ! 了解した!」
その声にルヴィスもまた応答すると、再びアルテラスを倒すことに専念して斬りかかる。
「ほう、神子の方も遂に覚悟を決め、参戦してきたか。しかし、だからどうしたという話ではあるがッ!」
数十回、火花を散らしながら剣をぶつけ合った後、アルテラスは得物を一際激しく叩きつけては、ルヴィスを大きく突き飛ばして距離を開ける。
「妾の剣にこれほど食らいついてこれるとは、仲間の助力もあれど大したものだ。だが――」
そう言った後、アルテラスはまたもや触手のように九本の尾を展開しては、それらも織り交ぜた包囲攻撃にてルヴィスを貫こうとしてきた。
「――ッ!」
「剣ばかりにかまけていては死ぬぞ?」
それから剣閃だけでなく、様々な方向から自在に振り回される尾の連撃に、ルヴィスは更に飛び跳ね走り回るような忙しい動きを取らざるを得なくなる。
「ほうれ、踊れ踊れ! 全力で踊り回って妾を愉しませ――」
だが、アルテラスがはしゃぐように言ったのも束の間、彼女の振るっていた尾が二本、三本と次々に断ち切られていった。
「何ッ!?」
「あまり調子に乗るな、神モドキ。いい加減その尻尾にも慣れてきたし、そもそも人体ってのはあまり同時に何かを振るえるようには出来ていない。それが移動しつつも支点が一緒なら、逆に隙となる予備動作が生じてくる」
「はッ、言うではないか! 人間風情が!」
ルヴィスからの大振りの一撃を受け止めた後、アルテラスは挑発的に返しながら、その反動で一旦後ろへ大きく下がった。