神殿の謎と異世界の島神様の話⑧
「ちいッ……!」
またもや近接戦闘が再開されたことに、ルヴィスは急いで応対に掛かる。幾ら両手装備を片方ずつ分けただけとはいえ、それぞれ別方向から同時に繰り出される攻撃を受けきるのは非常に厳しく、とてもじゃないが反撃には転じれない、防戦一方の状況となった。
「ち、ちょっと……! あの神様、二人に分かれたと思ったら、ルヴィスさんだけを集中して狙うだなんて……!」
その展開を離れた位置から目にした綾美が戸惑いながら言ったのに対し、
「要の前衛である兄さんがもしやられれば、こっちの陣形が一気に崩れますからね。……加勢に行ってやりたいところですが」
サフィアは冷静に答えつつ、自分の役割として参戦はできないと、自らへ言い聞かせるように述べた。だが、ルヴィスが不利な事態に陥っているのは見るからに明らかだ。彼一人に状況の打破を望むのは、正直辛いものがある。
「――おいおい、神様になりきったガーディアンさんよう。ルヴィスばかりにご執心で、俺ちゃんのことは忘れてねえか?」
その時、ハンターはやれやれといった口調でそう言いながら、一つのクリスタルを取り出していた。そのクリスタルを目にし、賢者妹が少し驚いた表情になる。
「って、ハンターさん! それ――」
「バーストチャージ!」
直後、ハンターはクリスタルに封入されていた限界突破魔法を自らに使用し、それから間を置かずに二人のアルテラスのうち一体へと飛び掛かっていった。
彼の右手にはもう一つの得物である燦めきの短刀が握られており、既に荷電粒子の魔力で覆われた光の刃を以てルヴィスの援護に入る。それに反応したアルテラスの一人は、ルヴィスへの攻撃から自身の防御へ動きを切り替えると、背後から及んだ一撃を神器の爪によって弾き返した。
「悪いが、俺ちゃんもポジションは前衛なんだぜ? ちったあ、こっちも相手にしてくれよ。――輝光燦刀ッ!」
迎撃を想定して下がりつつ体勢をすぐに直したハンターは、相手を引き付けるべくそう言い放つと、すぐに再び躍り掛かっては手にした光刃を振り回した。即座に急接近しては繰り出された凄まじい連続斬撃に、アルテラスはまたもや自衛行動を取らざるを得なくなる。
「――ッ!」
最上位強化魔法に加えて限界突破魔法によって徹底的に能力を上昇させられたハンターの動きは、アルテラスもけしていい加減にはあしらえない壮絶なものであり、ルヴィスにとって二対一という不利な状況を打ち崩すことに成功した。
(助かった、ハンター! 一対一に持ち込めれば、むしろ相手の武器は片腕だけになったも同然……!)
そんなハンターの心強い加勢を受け、ルヴィスは一転して攻勢に打って出ると、自分がやり合っている方のアルテラスへ一気に畳みかけ始める。
「よし、ルヴィスが持ち直した! 因みに今、分身の方はルヴィスとハンター君のどっちと戦ってるの?」
「えっと、分身はルヴィスさんの方とです! って、ジェドさんまさか――」
「そう、そのまさか! てことで、もう一発! マナクリスタライザー!」
賢者妹から教えられてすぐ、ジェドは再び義手を伸ばしては、その先から七色の光線を放った。ルヴィスと戦っていた側のアルテラスは、応戦中故に逃げられずその光を浴びてしまうと、忽ち動きがぎこちなくなっては、まるで蝋人形にでもなったかのように動けなくなってしまった。
「なッ……?!」
「その分身、元はマナの塊なんだよね? だったら総身纏めて固められるってもんさ。――そんじゃあ、やっちゃえルヴィス!」
「はあああッ――!!」
ジェドに答えるが如く、叫びながら振り下ろしたルヴィスの一撃により、分身体のアルテラスは防ぐことも儘ならず袈裟からその身を断ち切られた。
その後、地面に転がった真っ二つの身体は、石膏の彫刻が割れてしまったが如く粉々に砕け散る。続いて元のマナへと戻っては一気に宙へ霧散、直ちに消滅してしまった。そうして、そこには彼女の装備していた片腕分の神器だけが残った。
「やった、やりました! 片方の無力化に成功しましたよ!」
「なら、あとは俺ちゃんが華麗に決めるだけだな! ――八天晩鐘ッ!」
賢者妹の声が聴こえてきたことで、ハンターはより一層気合を入れ、応戦していた本体のアルテラスに身体中の急所を狙った怒涛の高速乱れ斬りを仕掛ける。
「ッ……! あまり調子に乗るなよッ! ――虎迫掻撫ッ!」
だが、アルテラスはそれを往なしつつ反撃の技で弾き返し、そのままハンターを大きくはね飛ばした。
「ちい……ッ!」
それから更に追撃を掛けてきたアルテラスに、ハンターは急いで籠手から魔力障壁を発生させては、爪の一撃を受け止める。同時に、神器の魔力刃を障壁へ吸いつけては彼女からの攻撃を防ぎつつ縫い留めた。続けて、右手に握った燦めきの短刀で至近距離から即座に斬るつけるが、
「何ッ!?」
アルテラスは九本ある長い尾のうち一本を触手のように伸ばし、しかもその先端をハンターの武器と同様、荷電粒子の魔力を帯びさせることで彼からの光刃を受けては押さえ込んでしまった。
両手が塞がってしまったハンターに対し、アルテラスは残り八本の尻尾をゆらりと伸ばしては、もう逃れようのない彼を滅多刺しにしてしまおうと邪な笑みを見せる。
「くッ……!」
「ふん、確かに力も速度も増しはしたが、それでも妾を討ち倒すには些か不足だったな」
「いいや、俺ちゃんにまだかまけてる時点でもう終わりだぜ」
その時、小さな何かがアルテラスのすぐ後ろから飛んできては、彼女の首を鋭く斬りつけた。――その何かとは、少し前にハンターが投擲するも防がれた蝕みの短剣であった。
「がッ……?!」
予想外の不意打ちを食らったことに、さしものアルテラスも驚きから目を見開く。実は彼の得物である蝕みの短剣と燦めきの短刀の二本には、どちらも事前にジェドの手で武器遠隔射出魔法が付与されており、投げる者がいなくとも弾丸の如く発射が可能だったのである。
そして即効性の猛毒を帯びた蝕みの短剣で首を傷つけられたことにより、アルテラスは腕にも尾にも一切の力を込められなくなってしまった。
「騙し討ちして悪いな。お前さんはコイツが無駄撃ちに終わったと思ってたんだろうが、実はまだお役御免じゃあなかったのさ」
言いながらハンターは籠手のバリアを消し去り、それに縫い留められていたアルテラスはそのまま崩れ落ちるように床へと倒れた。なんとか立ち上がろうとするもそれは叶わず、目を血走らせて辛そうな息を漏らしながら、身体を痙攣させるばかりである。
「――さて、今回は手加減用じゃなく本気で殺す為の毒を使った訳だが、それでもアンタを殺りきれるとは限らんからな。短刀で確実にトドメを刺させてもらう」
冷徹な声と目つきでそう言い放った後、ハンターは足元に寝転がったアルテラスに向け、右手に持った燦めきの短刀を一切の情け容赦なく突き立てた。
――が、
「ごはあッ……!」
しかしその前に、動けなくなっていた筈のアルテラスの右腕の爪が、ハンターの胸板を背まで一気に貫いていた。




