神殿の謎と異世界の島神様の話④
「…………ッ?!」
「それは……!」
「おいおい、ちょっと待て! そちらさん、自分のことは神じゃあないって今さっき言ってたよな? ただの装置だとか人工物に過ぎないって。なのに、一端の神々みてえに生贄求めてくるってなんかおかしくねえか!?」
流石に認可も納得もできないと、堪らず大声で物申したハンターであったが、
「そう、妾は神ではない。だが、神として実際に崇められてから、もう既に百年以上の時が過ぎた。故に妾は存在として神でなくとも、立場としては神なのだ。だからこそ、妾は責任を以て神としての振る舞いをしなくてはならん。要は筋道の問題だ。――そもそも、神とは理不尽そのものであり、供物を捧げて宥めるが道理であろう?」
アルテラスの方は取りつく島も一切無いとばかりに、淡々とした態度で返すだけであった。
「……っ。何ですか、それ……!」
「くっ、神子たる私がそれに関して否定できないのが悔しくはありますが……でも……!」
より困惑しては、どうしたらいいものか、頭を抱える一行。ところが、
「アルテラス神。悪いが、俺たちの中からは誰一人、生贄に捧げることは断固として出来ない。どうか、他の穏やかな手段による方法を示してはもらえないだろうか?」
ルヴィスもまた、相手の要求に絶対従わないと決意を込めた表情にて、真っ直ぐに見つめ返しながら毅然と答えた。そんな彼の言葉にアルテラスはふっと、愉しんでいるのか嘲ているのか、よく判らない意味深な笑みを浮かべる。
「なあに、お主らの面子から生贄を選びたくなければ、それでも構わない。妾は“ここにおる者のうち一人”と言った。であれば、妾が今、憑依しているこの巫女の命でも構わんということだ」
「はああっ!?」
アルテラスが語った突拍子も無い提案に、一同は大いに面食らわされた。確かにそれが罷り通るなら、彼等のパーティから仲間が欠けることは無くなる。しかし――
「ちょっ、それってこの島の神様としてアリなの!? 代々続く島の巫女を失うのは、そっちにとっても困ることでしょ!?」
「その辺りは実を言うと、何とかなる。仮にこの巫女が死した場合、その血液から複製体を作りだした上で集落へ帰すので、血族そのものが途絶えることはない。――無論、記憶は失われるというか、肉体の設計が同じだけの別人がこの巫女の代わりとして生きていくことになるがな」
(それってつまり、クローンってこと……!? でも結局本人が死ぬのは変わらない訳だし、そんなのってあんまりじゃ……!)
これまた何てことの無いように語って聞かせたアルテラスの発言に、綾美は人の言葉を介しながら人外特有の感覚、人の理解できない価値観を思い知らされたようで、心の中に深い悍ましさを覚えた。この異世界には当然、クローンなんて概念はないものの、あまりに非道な答えだというのは誰にだって理解できた。
「どうだ? これなら、お主たちの要望にも沿うことが出来るが?」
だが、一同の覚えている感情など全く考慮しないとばかりに、アルテラスはあっさりとした口調にて述べる。
「そんな訳あるものか! 如何に世界を救う為とはいえ、俺たちの目的のせいで彼女の命を奪う訳にはいかない!」
「さすれば、如何とする? アレも嫌、コレも嫌、などと言っておっても一生、この先へ行く事は叶わん。いつまで経っても、お主らの望みを果たしは出来ぬぞ? もっとも――」
すると、アルテラスは今まで座っていた祭壇からすっと降りては、
「この巫女の命を贄として捧げる場合、巫女の身体に憑依している妾をお主ら自身の手で殺す必要があるがな」
その手に半獣の巫女の武器、刳りの手鉤爪を瞬間装着しては、冷たい殺気を放ちつつそう告げた。
「何だと……っ!」
「さて……三分ほど、お主達に選択する時間をくれてやろう。あまり悠長に時を与えると、お主らは説得によってどうにか妥協を強請ろうとするだろうからなぁ。――刻限が過ぎ次第、妾は問答無用でお主らに攻撃を仕掛ける。因みに妾が殺した者については、生贄の数に含めんからな。供物とは、お主らが自らの意思で定めてこそ意味がある」
そのように言った後、アルテラスは自分の背後にある祭壇の台座を指差した。
「時間が来る前にお主らは贄を祭壇に捧げるか、それとも諦めてこの領域から立ち去るか、選んで行動するがよい。祭壇の間から逃げ出た者まで、妾は追いかけるつもりはない。……まあ、妾としてはこの程度の覚悟も示せぬ者に、世界を救うなど到底出来ると思えぬがな」
「くっ……!」
アルテラスの挑発的な物言いに一同は歯噛みするも、与えられた猶予を無駄には出来ないと、急いで話し合いを始める。
「ねえ、どうする……?」
「どうするっつってもなあ……」
困り切った表情で言い合ったジェドとハンターであったが、
「――これはもう、殺るしかないな」
と、ルヴィスがこれまでと打って変わり、覚悟を決めた冷酷な目つきにて、はっきりと告げた。
「おまっ……本気で言ってんのかよ?」
「本気だからこそ言っている。神にはもう、一切交渉の余地は無い。むしろ、下手に食い下がり続ければ余計に状況が悪化する可能性もある。――それにだ」
言いながら、ルヴィスは忌々しいものを見るようにアルテラスのいる方を一瞥した。
「巫女を手に掛ける選択をしたところで、それをやり遂げられるかはまた別問題だ。あそこにいるのは俺達の知る巫女ではなく、紛れもない神そのもの。神から発せられている殺気、尋常ではない。初めから本気で殺しに掛からないと、冗談抜きでこっちが皆殺しにされかねないぞ」
「そうですね。今の巫女からは、六魔将の面々にも勝るに劣らない戦慄をはっきり感じます。少しでも動揺を見せれば、逆にこちらがすぐ殺られると断言できるくらいには。……ですから、私は兄さんの選択に賛同します」
「サフィア……」
辛そうに見つめてきた綾美の視線に、すみません、とサフィアは悲し気な目配せだけで返した。
「……あの、ルヴィスさん」
「すまない、コメット。俺はこのパーティから欠員を出さない為に、俺の意思で巫女を殺す。失う訳にいかない者には、勿論貴方も含めれている。だから貴方は俺を恨んでくれて構わない。今回の選択、その決定の責任は全て俺が取る」
「………………」
言い訳は絶対しない、と真っ直ぐ見つめ返してきたルヴィスに、その考えを理解しつつも承諾までにはどうしても至らないと、コメットは暗い表情で視線を落とした。
「なーに、一人でカッコつけてんだテメエは。あの巫女さんを殺るってのには俺ちゃんも賛成だ。自分だけで責任を負う、なんてキモイい真似は間違っても止めろ」
「そうそう、僕もまた非情な冒険者だし、業くらい仲間として一緒に背負ってあげるよ」
すると、ハンターとジェドもまた武器を手に決意の籠った目を見せては、ルヴィスの考えに同意を示した。
「わ、私だって……覚悟は出来ています!」
「無論、私も兄さんと同意見です。故に、何処までもついていきます」
そして賢者妹とサフィアもまた、アルテラスと戦う――否、半獣の巫女を手に掛けて命を奪うことを選択した。
「…………私は」
「コメット、貴方はこの戦いに参加しなくともいい。後方でアヤミさんの警護さえしていてくれれば、それだけで十分だ」
「ルヴィスさん……ですが――」
「ただ、巫女の代わりに自分が命を捧げるなんて真似だけは絶対止めてくれ。意地汚いと思ってくれて結構だが、俺たちにとって治療士の貴方は文字通りの生命線だ。アヤミさん同様、けして失う訳にはいかない。それだけはどうか……誓ってほしい」
「……分かりましたわ」
未だ納得まではしかねるといった表情ながら、それでもコメットは綾美のいる最後列まで移動する。それを見届けた後、
「みんな……いいんだな?」
ルヴィスから静かに問われた確認に、コメットと綾美以外の者たち全員がすぐに首肯を以て返した。