神殿の謎と異世界の島神様の話②
「ちょっ、いつの間にあんなところに……!?」
「てか、仮にも神職だろうに祭壇へあんな風に座っちゃっていい訳? まあ、見つかったんなら別にいいけど――」
「いや、油断するな。あれが巫女なのは確かだが、おそらく“巫女本人”ではない……!」
半獣の巫女の発見に一行が安堵したのも束の間、ルヴィスが厳しい口調と表情で仲間達へ警戒を促した。まるで会敵でもしたかのように鋭い目つきで身構えたルヴィスに、他の者達も只ならぬ雰囲気を抱いて彼女を見る。
「ほう、目敏いな。たった一目で違いに気づくか」
そうすると、半獣の巫女はむしろ愉しそうに口元を綻ばせながら、祭壇に乗ったままで、よいしょとその場から立ち上がった。その時、半獣の巫女の後ろから、花弁が咲き広がるように狐の尾が幾つも生えては長く伸びた。普段の彼女の尻尾は一本のみだが、今のそれは数えると全部で九本もあり、しかもその先端が青白く光り輝いては宙にくねくねと揺らめいている。
「…………ッ?!」
そんな半獣の巫女の明らかに変化した様子に、一行全員が等しく驚いては構えざるを得なかった。顔も声も、これまでずっと一緒にいた本人のもので間違いはない。しかし、漂わせている空気が顕著にヒトではない、人外特有の奇妙な威圧感を発しているのである。
「……誰だ、貴方は?」
「くくっ、場所が場所なのだから見当くらいつくであろう。――っと、もしや妾に名乗る機会をくれているのかな? これは失敬」
「だったら、まさか……!」
息を呑みながらも、つい零れた綾美の言葉に半獣の巫女――の姿をした何者かは、気を良くしたようにニヤリとしながら、
「そう。妾こそ、お主らをこの場に呼び招いた、アルテラスその神である」
と、大仰に名乗りを上げた。
「アルテラス神……! レヴォン諸島を司るという神霊当人が、目の前に……!?」
「なるほど、貴方は巫女の肉体を介さなければ、私達へ直接干渉できないのですわね。だからこうして憑依した状態になっていると」
何かを察したようにそう口にしたコメットに、
「ふむ、流石は妾の生み出された時代出身である“本物”の神子。今の妾の事情にも理解が及んでいるか」
半獣の巫女改め、彼女の身体を借りた島の神こと、アルテラスは腕を組みながら、うんうんと頷きを返した。
「如何にもその通り。妾は実体を持たぬが故に、他の者の肉体を借りねば出来ることが限られてしまうのでな。そして妾と最も親和性が高いのは勿論、この巫女の身体である為、暫しの間、借り受けたという訳よ」
「あっ、そういえばコメットさんと初めて会った時も女神から同じようなことされてたよね……?」
ふと思い出しては述べた綾美に、
「ええ、おそらく巫覡や神子といった役職は、現世において神霊が一時活動する為の義体として扱われるのでしょう」
傍にいたサフィアもまた同意を示した。
「にしても、あの時のコメットってば、乗り移られる時にすっごい嬌声上げてたけど、今回はそれ無かったねー。――何で?」
「何でって言われても……というか、その時の事は見苦し過ぎにも程があるので、正直思い出したくないですわ……」
唐突に苦笑いしながら言ったジェドへ、コメットは額を押さえながら答えたが、
「ゴホン。――で、巫女の身体を借りまでして、貴方は俺達に何をしようと考えているんだ?」
話の脱線を防ぐ為に咳払いを一つした後、ルヴィスがアルテラスに対して問いかけた。
「それは勿論、お主たちと面と向かって話をする為だ。お主らだって色々と知りたい事があり、それについて訊きたかったのであろう? なので、親切丁寧に答えてやるぞ? 妾はお主達が求めているものの真相を持っているのでな」
「…………っ!!?」
一行全員からの驚きと注目を更に浴び、それへもっと喜ぶようにしてアルテラスは続ける。
「実は妾はヒトでいう夢を見る形で、今代の巫覡たちの得た情報を常に共有出来ている。つまりこの巫女が知っていることは、妾も全て等しく知っているのだ。だからいちいち説明を受けずとも、お主らの事情や探し求めているものについては既に把握しきっておる」
「そいつはまた、都合の良すぎるくらい話が早くて済むな……。まあ、こっちとしては助かるに越した事はねえが……」
「でしたら、貴方の寛大なご厚意に甘えてお聞かせ願いたい。俺たちがこの島に来た目的にして、求めているもの――この神殿の何処かにあるという、太古の大陸への行き先とその行き方を」
「ふっ、承知した。だがその前に、まずそもそも妾が“何なのか”についても話しておこう。これについても、お主達は知りたがっておっただろう?」
「……っ! それはまあ、教えて頂けるのなら……」
「ならば、本題に入る前に少し妾の話に付き合え。なんせ、肉の身体でこうして語る機会もなかなか無いのでな」
そう言うと、アルテラスが憑依した半獣の巫女は再び、祭壇の上にてだらしなく腰かけなおしては語り始めた。
「まず率直に言うと、妾は神霊などではない。そしてお主らも知っての通り、この遺跡も元は神殿じゃなく、アイリスムーンの有する研究施設であったが――妾はここで秘密裏に開発された、対メタビースト用ガーディアンだ」
「ガーディアン……!? ガーディアンって、古代遺跡にいる防衛機構の……!?」
「ああ、しかしただのガーディアンではない。通常のガーディアンは指定された範囲を守護する為の装置に過ぎないが、妾は自らの意思を以て活動可能且つ能動的な戦闘行動が許されている、謂わば決戦仕様の極めて特別なガーディアンなのだ」
「決戦仕様……!?」
「ふむ……つまるところ、ヒトではないがヒトのように思考できる生きた兵器の類、ということでして?」
「然り。旧文明人は当時、メタビースト共に散々手を焼かされ存亡の危機に瀕していただろう。神子は存じなかったようだが、それらを駆逐する為の対抗手段として、アイリスムーンの研究者連中が総力を挙げて最高最強の戦闘兵器として妾を作り出した。――が、よもや彼奴ら、妾を完成させる前にくだらん事故を起こした挙句、あろうことか施設ごと消え去りおったがな」
「くだらん事故って、何かあった訳?」
相手が得体の知れない存在だろうと、臆せず話しかけるジェドに、
「詳細までは妾もよく知らんが、どうやら研究途中の新技術を導入した試作型魔力炉を暴走させたようでな。ワイルドサージに伴う次元転移で研究所が丸ごと別次元に吹っ飛びおった。……まあ、しばらくしたら位置をずらして海底地下に再出現した訳だが、建物が無事でも中にいた生物は揃って全滅よ。強制的な次元転移のプロセスに魂は耐えられず一瞬で消失し、残るは抜け殻となった肉体ばかり。お陰でロールアウト間近だった妾すら、呆気なくくたばってしまったわ」
と、やれやれといった感じでアルテラスは答えた。
「……ん? ちと、待て。くたばったって、じゃあ今、俺ちゃんらと話してるお前さんは何なんだよ? 死んだ筈の生体兵器が何でまだ活動できてるんだ?」
「妾は生命体でありながら、同時に防衛機構としての側面も有していた。故に本体が死しても、頭脳体のみが未だ装置としての機能を維持している。だから実体は持たぬし、この施設の外へ出ることも叶わない」
「つまりは精神体のような状態であると……」
「もしくは機械の地縛霊って感じかな……」
アルテラスの回答に対し、サフィアと綾美は自分なりの解釈をそれぞれ呟いた。
「で、生きていないのに生きているような存在になったまま、何をするでもなく妾はここに居続けた。殆ど寝ていたようなものだが、自ら消え去るということもまた出来なかったのでな」
「えっ? それって、何万年もってこと……?」
とんでもない内容の話を何気なく続けるアルテラスに、綾美は驚きと戸惑いを覚えつつ、思わず問いを口にする。
旧文明時代とはこの世界において有史以前、綾美の知り得るところだと百世紀以上も過去だと聞いている。そんな途方もない年月を視界の先にいる存在はずっと、孤独に在り続けてきたのだろうか。
「そう、何万年もだ。といっても、あくまで装置の妾に時間経過による精神の疲弊は無い」
その事について答えた後、アルテラスは何処かしみじみとした様子で、昔を思い出すかのように遠くを見つめた。




