神殿の謎と異世界の島神様の話①
「――何だかんだあったけど、ようやく着いたわね。みんな、ここがこの神殿における祭壇の間よ」
一際厳かな扉を開けて先に入った半獣の巫女に続き、その中のフロアへ足を踏み入れた一行。そこには、円形で擂鉢状に段のついた室内構造の空間が広がっていた。綾美からすると、大きいコンサートホールや国際会議場なんかを彷彿とさせる造りとなっている。
「これが祭壇の間……。んー、言われてみりゃそう見えなくもない……か?」
「何言ってんの、何処からどう見たって神聖で霊験あらたかな領域じゃない。ほら、あそこにあるのが、アタシら島の巫覡がアルテラス様から直接お言葉を賜る為の祭壇よ」
いまいち、納得出来てないといった感じのハンターに呆れた目を向けつつ、半獣の巫女はフロア最奥にある構造物へ指を差す。その先には、祭壇と言われればそうとしか思えない、四角い横長の台座らしきものが一つ設置されていた。逆に、これといって他に気になるような余計な物は一切置かれていない。
「コメット、念の為に訊くが、この場所がどのような設備かに心当たりは?」
「いえ、すみませんが私にも判り兼ねます。ただ、少なくともリムンドゥス教団でいうところの信仰用設備でないことは確かですわ」
「えっ、そうなの!?」
ルヴィスの問いへ答えたコメットの言葉に、半獣の巫女は賺さず驚きの反応を見せた。
「あくまで私の属していた教団の様式ではない、という話ですわ」
「つまりここは、祭壇の間として利用されてこそいますが、元々はけして神を祀る目的で設けられた場所ではないと?」
落ち着いて分析を述べたサフィアに、コメットは頷きながら答えた。
「そうですわね。かといってこの規模の内装、何の意味も無いなんてことも無い筈です。一体、本来はどんな用途のものであったのか……」
「うーん、今のところ私の魔審眼でも、特に変わった感じは見受けられませんけど……」
「ああもう、何でもいいけど、とりあえずアルテラス様にお話を聞きに行こうっての! 無断で立ち入ったのならともかく、今回は神側からアンタ達を呼び寄せた訳なんだし、大抵のことはきっと答えて下さるわ!」
なかなかフロアの入口に立ち止まったままで動こうとしない一向に対し、やや苛立った様子で声を荒げる半獣の巫女。だが、
「いや、待ってくれ。まだだ、まだ祭壇の前まで行くのは止してもらおう」
と、ルヴィスが彼女の行く手を遮るように制止を掛けた。
「はあ? 何でよ?」
「一応確認するが、以前貴方はディアン殿もここに連れて来た訳だよな? そして、最後に彼と別れたのもまたこの場所になると?」
「ええ、そうよ」
何か文句ある、とばかりに怪訝な目で睨む半獣の巫女だったが、ルヴィスは気圧されずに続ける。
「しかしディアン殿が旅立った瞬間を貴方は直接見ていない。ディアン殿が別世界へ向かったというのは、あくまでこの場所の主たる、アルテラス神から事後報告のみで知った情報だと」
「……何が言いたいのよ」
「すまないが、貴方は一旦そこから動かないままでいてもらいたい。気を悪くさせてしまうことを承知で告げるが、この場所が本当に安全かどうか、俺達だけで調査をさせてもらう」
しっかりと見据えて意思を伝えたルヴィスの言葉に、半獣の巫女は怒りを表すどころか逆に冷めた無表情となって、心外そうに彼を見返した。
「――何それ。アタシのことを信用していない訳? やっぱ人間種って連中は――」
「違いますわ。私達は貴方を信用したいが為に、あえてそうする考えなのです。けして貴方を蔑ろにしようなどとは誰一人思っていませんわ」
すぐに間へ入っては宥めに掛かったコメットに続き、申し訳なさそうに真剣な眼差しでルヴィスも述べる。
「申し訳ない。どうしても未だ不確定な要素があって安全が保障しきれていない以上、こちらも慎重にならざるを得ないんだ。俺のことは罵ってくれて構わない。だが、俺たちの目的は古の大陸へ行く事そのものではなく、更にそこから先にある。故にここで何かあってパーティを危険に晒す訳にもいかないんだ。……どうか、理解してもらいたい」
「――ふん、勝手にしたら? でも、祭壇自体にだけはあまり近づき過ぎないで。それでもし何か変な目にあったとしても、アタシは知らないわよ」
一応は承諾してくれたのだろうか、不機嫌そうに顔を背けながらも、それ以上は食い下がってこなかった半獣の巫女に、ルヴィスはパーティを代表して頭を下げる。
「ありがとう。では悪いが、少しだけこのフロア内を調べさせてもらう。コメットは彼女の傍にいてあげてくれ。あと綾美さんと護衛役も一緒に待機。調査に関しては残りの四人で行う」
そう言ったルヴィスの言葉に賢者妹、ジェド、ハンターはほぼ揃って頷き、彼に続いて今いる位置から先へと進みだしては、フロア内の調査を始めていった。
◇
しばらくして、
「うーん、一頻り調べてみたが、特に怪しいもんは見当たらなかったな。あとはもう巫女の姉さんが近づくなって言ってた、祭壇くらいじゃねえの?」
「……そうだな、これ以上の調査は意味が無さそうだ。現状、一応は安全と判断して、改めて彼女に祭壇への案内を頼もうか」
ハンターの意見に同意を示したルヴィスは、他の仲間達を見回しながら、その全員に聴こえるよう声を上げる。
「みんな、このフロアに今のところ危険は無いようだから、そろそろ祭壇前まで行こうと思うんだがどうだ?」
「賛成! もうここまで来たら、とっととアルテラス様ってのに会って話を聞いちゃおうよ。ぶっちゃけ、その方が手っ取り早そうだし」
「って――ちょっと待ってください!」
その時、賢者妹が突然慌てた大声を出したので、他の全員が反射的に彼女の方を向いた。
「コメットさん! そこの巫女さん、巫女さんじゃないです!」
「えっ……!?」
更に賢者妹が指を差して叫んだので、名を呼ばれたコメットは急いですぐ隣に立っている、その場から殆ど動いていない筈である半獣の巫女を向いた。
すると、当の半獣の巫女もまたコメットの方を向き、それから彼へ一瞬微笑んでみせた途端、忽ち白い煙を上げてはあっという間に目の前から消え去ってしまった。
空気の抜けたような音と共に煙が霧散してしまった後、そこにぽとりと、一つの小さな人型をした何かが床に落ちて残る。それは、半獣の巫女を始めとした島の術者らが土塊などから傀儡を作り出す際、核として用いる呪術人形であった。
「どういう事ですの!? ずっと近くにいたというのに……本当の彼女は一体、何処に……!?」
珍しく心底から狼狽えた様子を見せたコメットが、周囲をキョロキョロと見回しては、いなくなった半獣の巫女を急いで捜す。
それも当然だ。けしてずっと視界に入れていた訳ではなかったものの、それでもルヴィスから彼女の監視も兼ねて傍に置かれたと認識していた彼は、少なくとも気配だけは本人のものを常に隣で感じ続けていた。
そんな彼女が一切の違和感も覚えさせず、いつの間にか人形と入れ替わって消失してしまうなど、理解が追いつく筈がない。そもそもな話、彼女はいつから彼女でなくなっていたのだろうか。
「おいおい、何が起きたってんだ? つーか、誰にもバレず代わり身なんていつ仕込みやがった!」
「少なくとも、この祭壇の間の調査を始める直前までは本人だった筈です! もしその前から代わり身であったなら、私の魔審眼で今みたいに気づく筈ですので!」
「くっ、とにかく彼女を捜すぞ! 今更冗談でこんな悪ふざけをするとも思えないし、けして只事じゃない状況だ。この場で彼女にいなくなられるのは――」
「――そう慌てなくとも、“妾”ならここにおるぞ?」
途端、半獣の巫女の失踪によって一行全員が一度、視線と意識を外した祭壇の辺りから、捜していた彼女当人の声が聴こえてきた。
それに皆が揃って振り向くと、祭壇の台座にあまり行儀の良くないだらけた格好で腰掛けながら、半獣の巫女がルヴィス達を見ていた。しかも、ちょっとした悪戯を成功させて喜ぶ子供のようなニヤついた笑みすら浮かべていた。




