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王都襲来!異世界の狂戦士の話④

「ッ――?!」


 オデュロの発言に、レフィリアは咄嗟にエントランス中を見回す。


 しかし今ホールにいるのは自分以外に前方のオデュロとルヴィス、後方にサフィアと賢者妹、そして運よく生き残ったわずか数人の兵士たちだけだ。


 もしかしてハッタリか――?!


「――あ、私の出番も作っていただいてありがとうございまーす」


 しんと静まり返ったホールに突然響く、場違いなくらい明るい口調をした少女の声。


 それはレフィリアの背後から聞こえてきた。


「え……?」


 その声の主は、なんと賢者妹であった。


 隣にいたサフィアが、訳が解らないといった顔で呼び止めるのも気にせずにつかつかと歩き出し、平然とした表情でレフィリアのすぐ横を通ってオデュロの方へと進んでいく。


「ちょっ……あの!」


 レフィリアからの声かけにも答えずに賢者妹はオデュロの隣に並ぶと、くるっと回りながらレフィリアたちへにこりと微笑みを返した。


 そしてその直後、瞬く間に賢者妹の姿が全く別の見た目の人物へと変わってしまったのだ。


「……ッ?!!」


 それは金髪碧眼に赤いメガネをかけたメイド服の可愛らしい少女であった。


 容姿だけで判断するならば、賢者妹とほとんど変わらない年齢の女の子に見える。


 これといって魔物や魔族らしい身体的特徴も見受けられず普通の人間にしか見えないが、何故か背中に背負っている日本刀だけは明らかに異様であった。


「初めまして。私、魔王軍で六魔将をやらせていただいています、《無影のシャンマリー》と申します。以後、お見知りおきを」


 シャンマリーと名乗ったメイド服の少女は恭しく礼をすると、とても可愛らしい笑顔でレフィリアたちに笑いかけた。


「偽物?! しかも六魔将……! じゃあ本物の彼女は何処に……!」


「ああ、あのならこちらですよー。ほら」


 狼狽えるレフィリアに対して、シャンマリーはスカートの下から手品のように何かを取り出すと、それをよく見えるように掲げて見せた。


 取り出したのはペットボトル程の大きさの小さな鳥かごのような物で、その中には目を閉じて倒れている状態の、フィギュアくらいに小さくなった賢者妹が閉じ込められていた。


「なっ……?!」


「あ、殺したりなんかしてないので安心してくださいね。ちょっと私の麻酔で眠ってもらっているだけですので」


 シャンマリーはにこにこしながら、レフィリアへ見せつけるようにその鳥かごを軽く揺らしてみせる。


 彼女は深い眠りに陥っているのか、それでも全く起きる気配はない。


「……また人質ですか。いい加減にしたらどうです」


「まあ、お気持ちは察しますがこれも悪役ヴィランの特権ですしねえ。それにこうでもしないと、レフィリアさん言うこと聞いてくれないかもしれないじゃないですか」


 確かに彼女の言う通り、これではレフィリアも迂闊に手を出せなくなってしまった。


 そうでなくても万全な状態の六魔将を二人も相手取るとなれば、これまでで最も拙い状況かもしれない。


「この少女はいわば取引材料だ。聖騎士レフィリア、君がナーロで開かれる武闘大会に出場し、その上で優勝したならば彼女の身柄を引き渡そう。――勿論、きちんと無事な状態でな」


「……だから、ここは黙って見逃せと?」


「そうしてもらわないと、この少女の安全は残念ながら保障できない。それでもお前が戦うというのであれば応じるしかないが、そうなった場合、何かの拍子でこの少女が傷ついてしまうかもしれない」


「くっ……!」


 悔しいが、賢者妹の命を考えると現状では打つ手が全く無い。


 レフィリアは恨めしそうに歯噛みしながらも、光剣を握っていた手を降ろして構えを解く。


「ご理解いただけて何よりです。今日の私はあくまで計算係カウンターなので、戦いに参加するつもりはなかったのですよ」


 そう言いながら、シャンマリーは手に持っていた鳥かごをすっとスカートの中に仕舞ってしまう。


「ところでシャンマリー、今日の俺のスコアはどうだった?」


「あ、制限時間30分で300人のところを20分足らずで倍近い565人でしたよ。久々に見物させてもらいましたけど、相変わらずの暴れっぷりですねえ」


 シャンマリーはスカートから今度はスコアボードのようなものを取り出すと、その数えて記入した内容をオデュロに向かって見せた。


「いやあ、悪いな。俺がいつも使っている剣なら殺した魂の数を逆算できるんだが、今回の縛りだとそうもいかなくてね」


「オデュロさん、ずっと律儀にマンハントした数を数えてますもんねえ。もしかして転移前むこうでは超古代の戦闘民族だったりしました? 長野県に封印されたりしてません?」


「俺は未確認生命体ってか? あ、そういえばシャンマリーは特撮もイケたっけ」


「あの作品、設定からドラマの内容、役者の演技まで最高ですよねえ。特に私は刑事パートが好きで――」


 こんな凄惨な場面で、訳の判らないトークをレフィリアそっちのけで始めだしたオデュロとシャンマリーに、レフィリアは思わず頭に血が上ってしまう。


「帰るんだったら、さっさと帰ったらどうですか!」


 突然怒鳴られた六魔将の二人は、あーやっべえ、とでも言わんばかりの表情で会話を止めると、再度レフィリアの方へ向き直った。


「これは失礼したな。それじゃあ、用も済んだので俺たちはここから退散させてもらうとしよう」


「オデュロさん、帰ったら早速鎧洗いましょうねえ。そのまま城に上がられると、あちこち血だらけになりますんで」


「ああ、分かっている。――それでは、聖騎士レフィリア。ナーロでまた会えるのを楽しみにしているぞ」


 そこまで言うと、オデュロは先ほど奪い取ったルヴィスの剣を床へ勢いよく刺し、深く突き立てる。


 そして二人は破壊された玄関口から、まるで下校でもする学生のように悠々と外へ出て行ってしまった。


 レフィリアは、その無防備な背中から今すぐ斬りかかってやりたいと思っていたが、絶対に上手くいく筈なんかないのは解り切っていたので必死に我慢していた。


「レフィリアさん……」


 六魔将二人が去り、誰もが黙っているしんとしたエントランスで、サフィアがレフィリアへ声をかける。


「……サフィアさん、ルヴィスさんを助けましょう。一刻を争います」


「え、ええ。勿論です……!」


 レフィリアに促され、サフィアは急いで兄の元へ駆け寄り、回復魔法をかけ始める。


 生きているとはいえ、思った以上にダメージが大きい。もしかしたら、しばらくは戦線復帰できないかもしれない。


「俺たちも手伝います!」


「おい! 包帯と添え木……あと担架も持ってこい!」


「わ、分かりました!」


 生き残った兵士たちも、ルヴィスの救助作業に手を貸してくれる。


 ――30分にも満たない時間の出来事であったが、あまりに多くの人命が失われてしまった。


 レフィリアにとっても大切な友人を大怪我させられたり、攫われたりと散々な事態である。


 今まで何度となく六魔将を逃がしてきてしまったが、今度こそは逃がさない。絶対に許さない。


 必ず仕留めてみせると、決意を込めてレフィリアは心の中で誓うのであった――。

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