海底遺跡に異世界で進入する話③
それから暫くして。エレメンタルスフィアの大群が跋扈し続けるフロアからようやく脱出したルヴィス達は少し通路を進んだ後、安全そうな小区画を見つけたことでそこに逃げ込み、ひとまず態勢を整えることにした。
「ふう……ここなら、ちったあ落ち着けそうだな」
「ああ、ドキドキした……。ごめんね、サフィア。ずっと手、握っててくれて……」
「いえいえ、アヤミもよく耐え抜きましたよ」
「しかし、あの凄まじい数の小精霊。まともに相手しようものなら、確かに面倒でしかなかったですわね……」
「それもそうだけど、あんなに色んな種類のエレメンタルが一箇所に沢山集まってたら、それだけでものすごく危険だよ。無闇矢鱈に倒そうものなら、あのフロア内で霧散したマナが混ざりまくって、魔素濃度が異常なことになりそうだし」
「ですね。最悪、《ワイルドサージ》を引き起こしかねません。場合によっては、部屋そのものが丸ごと吹き飛んで、崩落に巻き込まれる事態も考えられますし……」
「えっ、どういう事……? ワイルド……何?」
すぐ傍で聴こえてきた物騒な内容と聞きなれない単語に首を傾げた綾美へ、賢者妹が回答する。
「あ、ワイルドサージってのは、簡単にいうと魔力暴走現象のことです。大気中に飛散した各種属性のマナが大量且つ変な具合に混ざって反応した時に意図せず起こる、事故的な災害を差すんですよ」
「まあ、滅多に起こるものじゃないけどね。逆に狙って制御できたりもしないし。おまけにどんな現象が発生するかも未知数なんだけど、その中でも多いとされるのは発火や放電、あとは大規模な爆発とかだったりするかな」
「過去の報告によれば、物体の対消滅とか、空間ごと別の次元に消し飛んだりとかみたいな事もあったみたいです。本当かどうかは判りませんけれど」
「ちょっ、何それ怖い……」
賢者妹とジェドの解説に綾美は半ば引いた表情で答えつつ、イメージ的には薬品なんかの化学反応に似たようなものなんだろうか、などと自分の中で想像と解釈をしてみたりする。すると、隣にいたサフィアも、
「加えて、エレメンタルスフィアは自爆することもあるみたいですから、余計に注意が必要ですね。この閉鎖された神殿内で大量に飛び交うマナの塊、いつワイルドサージが起こっても不思議ではありません。戦闘自体を回避した判断は正しかったといえるでしょう」
などと、所感を述べた。
「つーかよ、お前さんみたいな島の巫女は、修行で一度はアレに立ち向かわされるんだろ? よく今まで無事にやってこれたな。てか、本当にこれまで何も起きなかったのか?」
「いやいや、あんなのまともに相手する訳ないでしょ。そりゃあ出来るかって言われたら戦うだけなら出来るけど、そもそも神殿内で必要以上に暴れること自体禁じられてるし」
ハンターからの問いに対し、半獣の巫女は肩を竦めながら答えた。
「その修行についても、さっきの大群が出てきたら、後は逃げ延びればいいだけから。アイツらってね、どこまで追いかけてきても祠のある地点より外へは絶対に行かないの。だから、祠のところまで帰ってこれさえすればいい」
「へえ、そうなんだ。確かにあの精霊モドキを律儀に倒しても、散らすだけでまた再生復活するだろうし、その方が正解だろうねぇ」
「それどころか、密集した大群を下手に攻撃すれば連鎖爆発の危険もありますから、手を出さないに越したことはないですよ」
そのような会話をして、一息ついたところで、
「では、これからの話ですけど……」
コメットがパーティの全員に対して、声を掛けた。
「正直、今更戻ったり方針を変えても仕方ないでしょうし、いっそのこと、このまま彼女の感覚を頼りに進んではと思うのですが、如何ですか? 無論、今後はさっきのような事態を回避する為、ギュゲスの指輪を常時使用したままでの移動にはなりますが……」
「……まあ、アタシはアンタらが良ければ、何だって構わないけれど?」
そんな彼からの提案に、それが妥当だろうな、といった様子で誰も反対意見を述べる事無く、全員が顔を見合わせては同意の頷きを返す。
「では、そうするとしようか。指輪の透明化を維持するのに、その分の魔力を消費していくことにはなるが、あの小精霊の群れと会敵するリスクに比べればまだマシだろう」
「了解。それじゃあコメット、アタシは指輪持ってないからまたよろしくねー」
そう言うと、半獣の巫女は今いる小区画まで逃げて来た時と同じように、指輪の効力を得る為という理由でコメットの手を握った。
「え? ええ……」
「あの……もし良かったら、私の指輪使いますか? 今の私は魔力が無いから、指輪つけてても自分じゃ扱えないし……」
すると、自分のつけた指輪を差して述べた綾美に、
「結構よ、それはアンタの持ち物なんだからアンタがつけてなさい。もし万が一、何かの理由で返せなくなったりしたら、その時お互い困るじゃないのよ」
と、半獣の巫女はコメットの時と違って、ややドライな口調で返答した。
「はあ……」
「確かにそいつは正論だし、俺ちゃんもその方が良いと思うが、姉さんの本音は別にそうじゃねえんだろう? せっかくの口実を邪魔してほしくはないもんなあ、んー?」
「ばっ……ふざけたこと抜かしてんじゃないわよ! アタシがそんなふしだらな事、考えてる訳ないでしょ! ってか、仲良い友達と手を繋いで何が悪いってのよ!」
ハンターからの呆れてるともからかっているとも取れる軽口に、半獣の巫女は声を荒げては彼に向かって指を突き立てる。
「そうムキになるなって。逆に怪しく見えるぜ?」
「あーもう、このオッサン、一回はブチ殺しとかないといけないかなぁ」
「まあまあ、落ち着いて……。私の方は全然構いませんから……」
そういった会話の中、
「では、アヤミもさっきと同じようにまた私と手を繋ぎましょうか。指輪の力が使えない以上、貴方もまたそうしておかないといけないですからね」
サフィアは彼らの話をスルーしては綾美に近寄ると、優しく微笑みながら彼女の手を取ろうとする。しかし、
「あっ、サフィアさんばかりズルイですよ! 自分だけアヤミさんと手を繋いで!」
ここにきて、賢者妹もまた綾美の傍に寄って来ては、サフィアへと物申した。
「第一、サフィアさんはアヤミさんに何かあった時、すぐ動けないといけないポジションじゃないですか。さっきは急な事態だったから仕方なかったですけど、手なんか握って移動してたら、咄嗟の強襲に対応しきれないですよ!」
「た、確かにその通りですけど……」
「おっ、賢者の嬢ちゃんが珍しく嚙みついてんな。何なら、俺ちゃんもレフィリアの姉さんと手を繋いじゃいたいぞ?」
「いや、貴方は立ち位置的にもっと駄目だろう……」
「そうだよ、思いっきり前衛じゃん、ハンター君」
「うるせえ、んな事ぁ言われなくても判ってるわ。冗談だ、冗談」
ハンターが混ぜっ返すような話をした後、サフィアは少し不服そうながらも、諦めたように息をついた。
「……仕方ないですね。パーティのフォーメーションから考えても、貴方の言っていることは尤もですし、アヤミさえ良ければ役目を譲りますが……アヤミはどうです?」
「まあ、私は誰が良いとか嫌とか、そんなのは無いけれど……」
「やった! じゃあ一緒に行きましょう、アヤミさん!」
そう言うと、賢者妹は嬉しそうに綾美の手を取った。
「話は済んだみたいだな。であれば、また移動を再開するとしよう。引き続き、案内を宜しく頼む」
「オッケー。そんじゃあ行くわよー、コメットー」
「っとと。そんなに強く引っ張らないでくださいませ……!」
ルヴィスから場を纏めて言われた後、半獣の巫女はやる気に溢れた様子でコメットの手を引きながら、再び先頭に立って歩き出し始めた。