海底遺跡に異世界で進入する話②
祠の先に出現した洞窟の道を暫く進んでいくと、一行は明らかに人工物で構成された領域内へと足を踏み入れた。
しかもそこは、通常のダンジョンとはあからさまに景色が異なり、神秘性に加えてどこか近未来感を想わせる、魔光石の照明以外にも壁や床のあちこちで光り輝くネオンのようなラインやら、発光するクリスタルの柱なんかが設けられては、実に不思議な雰囲気に包まれていた。
そんな地下神殿の内部を一行は、迷いなくツカツカと歩いていく半獣の巫女を先頭に、まるで工場見学の参加者の如く列を作ってついていった。そのような移動を数十分ほど続けていると、
「――っ! ちょっと止まって!」
急に先を進んでいた半獣の巫女から、小さく抑えた声で制止を告げられ、後ろにいた全員が即座に警戒姿勢を取ると共に、足を止めた。
「嘘っ……どういう事!?」
通路の壁際に身を潜めながら、信じられない、といった顔でその先を見つめる半獣の巫女に、後続の者たちもまた視線の向こうを覗き見る。
そこは廊下から続いて少し空間の広がったフロアがあったのだが、その場所を何やらぼうっと光る、ハンドボールくらいの球体が人魂のように漂っていた。
しかもその数は全部で三つ。赤、青、黄色にそれぞれ輝く光の球が連なるように、まるで哨戒でもしているかの如く、フロア内を一定速度で移動している。
「何、あれ……?」
「あれはおそらく、エレメンタルスフィアですね。自我は持ちませんが自律して動く、精霊になりきれなかったマナの集合体。――因みに見つかれば、攻撃される可能性は高いです」
「えっ……!?」
物陰に潜みながら一行が観察する中、綾美の疑問にサフィアが小声で答える。一定量以上のマナが結集することで自ら動くようになった低級霊、それが今、視界に映っている光球の正体であると。
つまりは、この神殿に出没すると聞かされていた霊体の敵性体とは、まず以てあれのことだろうと綾美以外にはすぐに認識できた。今はまだこちらに気づいていないようだが、少しでも進路先のフロア内に踏み入れば、即座に会敵してしまうだろう。
「おいおい、巫女の姉さん。アンタの感覚に従ってりゃ、敵に出くわさないんじゃなかったのか?」
「だって、こんなのおかしいわよ……。こんな事、今まで一度も無かった……確かにアタシの感覚では、この先の道へ行くよう今も示されてるのに、何で……!?」
彼女にしては珍しく狼狽えている様子で答えた半獣の巫女に、
「落ち着きなさいませ。遭遇してしまったものは仕方ありません。むしろ、向こうはまだこちらに気づいていないのですから、対処は十分可能ですわ」
コメットが冷静に声を掛けて宥めた。
「コメットの言う通りだ。それにあのくらいなら手早く片付けられる。想定外の事態に驚くのは解るが、ここは速攻で突破してしまえば問題ないだろう」
「それが問題あるのよ……! 速攻で突破って簡単に言うけど、アレを蹴散らしても発見された時点で、立て続けに増援がメチャクチャ湧いてくんの!」
続いて述べられたルヴィスの発言に、半獣の巫女は苛立たし気に髪を搔きながら苦言を呈した。
「――アタシら島の巫覡は継承式を終えた後、一度は“あえて”感覚に示されるルートから外れた場合、どうなるのかを修行も兼ねて実際に経験させられる。だからアタシは身を以て知ってるわ。アレに見つかる、そして手を出すってことは、全身を蟻の大群から集られるような行為だってね……!」
「うわっ、そんなに……? そこまで大量に湧くとなると、いくら一体一体が大したことなくてもねぇ……」
「でしたら、ここは引き返して別ルートから行きますか?」
道中での消耗があまり激しいのも困りものだと、一つの提案を口にする賢者妹であったが、
「だけどよ、そこの姉さんは祭壇の間とやらまでの道順を覚えてる訳じゃないんだろ? 頼りにする筈だった感覚を無視して進むとなれば、それこそこの神殿を一から攻略していくことになるぜ? その覚悟はいいのか?」
ハンターもまた、紛れもない事実を述べた。ここを迂回したところで、安全に進んでいける保証は全く無いのだから。
「うーん、それはそうなんだけど、でも――」
「――ッ! みんな、相談の途中でしょうけど、もう悩む必要だけはなくなりましたよ」
すると、パーティの殿を勤めていたサフィアが、何かに勘付いた様子で後方を振り向きながら双剣を構えた。
その声掛けに一同もまた彼女を向くと、サフィアの睨む視線の先、一行が通って来た通路のずっと向こうから、何やら白と黒、二色の球体が一つずつ、こちらへ向けて急接近してくる光景が見えた。
それは眩く真っ白に輝く光の球と、逆に暗闇を集めて固めたかのように真っ黒な影の球で、その二つの球体は明確にルヴィス達を認識した上で一行に対し、何かをする為に移動してきているのは一目で把握できた。
「ちょっ、後ろからも……!?」
綾美が驚きの声を上げた直後、踊るような軌道で宙を回転しながら近づいてきた白と黒の光球はそれぞれ、光弾と魔弾をルヴィス達に向かって無数に撃ち放ってきた。
光属性初級魔法と闇属性初級魔法に該当する攻撃を弾幕が如く高速連射してきたのに対し、
「させませんわ!」
コメットが即座に魔封じの十字杖を突き出し、大量の光弾と魔弾を掃除機で吸い集めるかのように全て吸収してしまう。続いて、
「弐色蓮華――ッ!」
サフィアが双剣の刀身にそれぞれ火炎と冷気を纏わせたかと思うと、その場で回転するように振り回しては、刀身から連続で魔力の斬撃を飛ばし放った。
赤い炎の投刃は白い光球に、青白い冷気の投刃は黒い光球にどちらも直撃し、マナで形成された塊の身を一発で両断且つ粉砕せしめる。
「や、やった……。サフィアってば、すごい……」
その華麗なまでの動きに、つい見惚れるように呟いた綾美であったが、
「ええ、ですけど……」
サフィアの方は未だ真剣な表情を崩すことなく、綾美を守るようにしながら後ろを振り返った。
同時に、他の者たちもまた一斉に元々見ていた方へと向き直る。その視線の先には、今の一戦によってルヴィス達の存在に気づいた、先のフロアにいる三体ものエレメンタルスフィアが、既に攻撃を仕掛けようと接近してきていた。
赤、青、黄色と輝く三つの光球は、先程までのゆっくりした浮遊状態から一転、攪乱するような動きで別々の方向に加速移動すると、そこから火属性中級魔法、氷属性中級魔法、雷属性中級魔法を一斉に投射してくる。
「おっと、やらせるかよ!」
だが、今度はハンターが自ら前に出て魔喰いの籠手を突き出し、三方向から及んだ三色の魔力攻撃を纏めて吸収、無効化してしまった。それに合わせるタイミングで、
「疾空卂雷波ッ!」
「火爪飛刃ッ!」
ルヴィスが剣閃から風と雷の魔力を織り交ぜた遠隔斬撃を放ち、半獣の巫女は手鉤爪を嵌めた手から火炎の刃を投擲する。その攻撃によって、赤と青の光球は直ちに破壊された。そして残った黄色い光球については、
「炸裂せし空砲、エアロバースト!」
ジェドが賺さず魔杖を突き出すと、その先端から空気の凝縮された視えない塊を砲弾の如く射出、着弾に伴い破裂させては、一撃の下に消し飛ばした。
そうして、襲ってきた全てのエレメンタルスフィアが葬り去られ、辺りは一旦の静けさを取り戻す。
「さて、ここで出くわした玉っころ共は片付けた訳だが――」
「……ッ! 今、一瞬、空気が畝ったような魔力の波長を感じました。まさかこれ、このすぐ先で沢山のエレメンタルスフィアが一気に湧いてるんじゃ……」
「ああ、俺もそんな感じがする。しかもどうやら、俺たちがいるここに向けて一斉に押しかけてきてるみたいだな。であれば……」
真っ先に迫りくる危険の予兆を感じ取っては、強張った表情で呟いた賢者妹に、ルヴィスもまた同意して答えた。その上で、
「みんな、今すぐギュゲスの指輪を使って部屋の壁際に寄るんだ! 急げ!」
と、仲間達全員に向けて叫んだ。その指示に従い、誰もが指輪によるステルス機能を使っては、今いるフロアの端へと慌てて駆けこんでいく。
直後、フロア奥の出入り口から、まるで鰯の大群が如く大量のエレメンタルスフィアが大挙して押し寄せてきた。様々な種類の色とりどりなエレメンタルスフィアが、侵入者を見つけ次第食らい殺さんとばかりに、フロア内を所狭しとビュンビュン飛び回りだす。
(うっげえ、何じゃこりゃあ! マジで蟲の群れみたいにワラワラ湧きまくってんじゃねえか!)
(ちょっ、こんなふざけた数の小精霊が発生するだなんて、この遺跡って世界樹レベルのマナスポットとかあったりする訳!?)
そんな中、透明化している一同は、壁際にて密着するように背をつけては、宙を漂いまくっている夥しい数の光球に触れないようにしていたのだが、部屋中の空間を埋め尽くす勢いで予想以上に現れた敵性体の多さに、もはや驚きを通り越して呆れ返っていた。
(わわっ、遠目に見てるだけならイルミネーションみたいで綺麗なのに、これが全部モンスターってのはものすっごく怖い……!)
(落ち着いて、アヤミ。取り乱さなければ大丈夫ですから、少しずつ、私に続いてゆっくり、壁伝いに進んでください……!)
恐怖心から思わず過呼吸になりそうだった綾美に、今は魔力の無い彼女に指輪の効果を与える為、手を握っていたサフィアがアイコンタクトで部屋から脱出する意思を伝える。
(みんな、とにかく絶対に触れるなよ……! 焦らず騒がずちょっとずつ、このフロアから移動してしまうぞ……!)
他の者達も同じように並んでは、壁に沿ってへばりつくようにジリジリと動いていき、エレメンタルスフィアの姿が見られないフロアの外を目指して進んでいった。