島の巫女と異世界で得た絆の話④
「……何だよ。皆揃って驚いた顔して……何か文句でもあんのか?」
「いや、別にそういう訳ではないが……」
「その話、今初めて聞いたもんだからよ……」
未だに面食らった顔をしているルヴィスとハンターに、人狼の導師は大きくため息をつく。
「……アンタら、姉ちゃんの役職である“島の巫女”とは何かについて、何処まで知ってる?」
「えっと……この島で一番偉い一族の生まれで、それで神器を持っているヒトのこと……?」
恐る恐るながら横から答えた綾美の回答に、
「あー、やっぱその程度の認識か……。まあ、そんなに詳しく話したことも無かったもんなあ……」
人狼の導師は額を押さえながら、そう述べた。
「なら、改めてちゃんと説明してやる。姉ちゃんを含めた、各島に一人ずついる島の巫覡ってのはな、レヴォン諸島全ての主たる土地神、《アルテラス様》の御声を唯一授かれる者のことなんだ」
「アルテラス様……?」
「ふむ、その名称だけはコメットからたまに聴いたことがあったかな。かく言う俺もそれ以上については殆ど知らないが……」
「私もです。コメットは幾らか教えてもらっているようですけど、基本的にどこの島の住民も自分達の信仰に関しては語りたがりませんし……」
「そりゃ、そうだろうな。アンタらはどこまでいっても余所者の部外者であることに代わりねえしよ」
綾美に続いてルヴィスとサフィアが口にした呟きにそう答えたところで、人狼の導師はその場にいる全員を見回しながら言った。
「それにだ。アンタ達が来てからは一度も無かったけど、うちの姉ちゃんは不定期にアルテラス様から神託を賜る時がある。といっても実際に神様本人と交信できるとかじゃなくて、一方的にお告げを受け取るだけなんだけどな」
「ふうん、お告げねえ……。それって、今年は豊作じゃぞ、とか、何日後に大雨が来るぞ、とかみたいな?」
「別にその解釈でも間違っちゃないが……一応、有事の際には御声を頂けるよう、儀式にて冀うことも出来はする。それでも返事が貰えるかどうかは、ぶっちゃけ運次第だ」
「へえ……普段はあまりそう見えないけど、ちゃんと神職として仕事してるんだねえ、あの娘」
「神様からの声を直接聞けるだなんて、コメットさんとも似てるよね。もしかして彼女がコメットさんと仲良くしてるのって、その辺りのシンパシー的なものを感じてたりするからなのかな……?」
「因みに、アルテラス様についても少しくらいは教えてやるけどよ……。アルテラス様ってのは、昔の戦争でオレ達の先祖が未開な頃のレヴォン諸島に追いやられた時、御声と御力を授けて助けて下さった、ありがたい神様のことだ」
いつになく神妙に語る人狼の導師の話に、一同は真剣な顔で耳を傾ける。
「そして当時、信託と神器を最初に送られた者の子孫が、どこの島でもその各土地を治める巫覡の一族を代々続けている。ついでに言うと、ハーメルーナ島の巫覡として姉ちゃんは七代目、族長様は三代目にあたる」
「三代目!? あのお爺ちゃんって一体いくつなの!?」
「歳? ええっと、族長様は確か今年で109歳だったっけなあ」
「うっわ、超長生きだな……。確か獣人種の平均寿命って、そんなに長くはなかった筈だろ?」
「かなりのご高齢だとは思っていましたが、まさかそれ程とは……」
「まあ、族長様も歴代随一なくらい凄腕の術者だからな。――って、そんな話はおいといてだ。島の巫覡において大事な点は、アルテラス様から御声を賜われる力は、次代へと“受け渡されていく”という事にある」
「受け渡されていく? 受け継がれていく、ではなく?」
人狼の導師の言い回しに不可解なものを感じたルヴィスからの問いに、それを理解した上で彼は頷きと回答を述べた。
「そう。つまり、役目を譲った先代はアルテラス様からの御声を聞けなくなる。各島で神託を受け賜われる者は常にただ一人なんだ」
人差し指を立てながら言い、人狼の導師は更に話を続けた。
「その上で、アルテラス様は如何に長寿だろうと、同じ者がずっと長く巫覡であることを良しとはされない。各種族によって周期は異なるけど、時が来れば適齢のうちに次代の継承者を育て上げるよう、アルテラス様の方から促してくる。だから巫覡となった者はその時点で、次を見越して早いうちから将来の相手を定められる。そしてその相方はというと、各島にいる導師の家系から選ばれるんだ」
「導師、ですか……。そういえば、貴方の家と役職もそうでしたね」
「ああ、導師の家系もまた巫覡の一族を守り助ける役目として、何処の島にも複数存在している。その中で最も適任だと判断された若者が、次代の巫覡を産み育む為の伴侶となる。今代はそれがオレに決まっている、という話だよ」
「はあー、なるほどなあ……。しかしそれなら一つ、どうにも疑問に思うことがあんだけどよ」
「あん? 何だよ、疑問って?」
どこか引っかかる点があるといった顔でハンターから告げられた返事に、今までずっと説明していた人狼の導師は眉を顰めた。
「お前さん、要するにあの姉さんが婚約者って訳なんだろ? じゃあ何でその婚約者を“姉ちゃん”だなんて呼んでるんだ? しかも単に呼び方だけじゃなくて、どっちもお互いを姉弟として扱ってるだろ?」
彼からの指摘に数秒ほど黙ってしまった人狼の導師であったが、
「……実はそれ、家族にもそれ以外からも言われている。でも昔からの習慣はなかなか直せるもんじゃないんだ。オレと姉ちゃんはずっと小さい頃から仲が良かったけど、両方とも兄弟がいなかったからか、いつの間にか本当の姉と弟みたいな関係性になってしまってた。しかも周りはともかく、オレと姉ちゃんはそれを良しとしたまま続けていたんだ」
目を逸らして言い辛そうにしながらも、彼は問いに対しての回答を述べていく。
「なるほど、逆に心の距離が近すぎて、別の意味で家族の絆が生まれてしまったと……。むしろ、仲が良くなり過ぎたが故の弊害といったところか」
それを聞いて、推測するように呟いたルヴィスだったが、
「…………」
(……あれ、サフィア? どうかしたのかな……?)
その兄の姿を後ろから、サフィアが何とも複雑そうな表情をしながら静かに見つめていた。そんな彼女の様子に何となく気が付いた綾美が密かに首を傾げるも、
「だけど、それでもいつかは君らも結婚するって決まってるんでしょ? だったら相手の呼び方くらい、今のうちに矯正しといた方がいいんじゃない?」
と、ジェドの言葉に意識と興味が目の前の話へ引き戻された。
「まあ、別に無理強いまではしないけどさ……」
「っても、今のままならお前さんは、自分の嫁を姉と呼び続けることになるぞ。それに結婚してすぐはどうにかなったとしても、いずれこさえるであろう子供の前でまで嫁を姉扱いは、流石に変な混乱を生みかねないんじゃないのか?」
「そんな事はわざわざアンタらに言われなくても判ってるんだよ。だけど、言う程簡単に変えられるんだったら苦労はしないっつーか……」
普段の態度から一変して言い淀む人狼の導師に、ハンターは呆れた様子で溜息をついた。
「ワンちゃんよう……実年齢はともかく、見た目はお前さんの方が年上に見えるんだから、もちっとしっかりしたらどうだ? あんまり頼りない感じだと、向こうもお前さんを弟分としてしか見続けないと思うぜ? つーか、だからこそコメットとか前に来た凄腕冒険者とか、余所から来た他の男に目移りしちまってるんじゃねえの?」
「おまッ……! オッサンのくせに好き勝手言いやがって……! 姉ちゃんはそんなふしだらな性格じゃ――」
「でもその顔だと、少なからず心当たりはあるんだろ? ぶっちゃけ、自信の無さが透けて見えてるぞ?」
「……っ」
ついに言い返せず黙ってしまった人狼の導師にハンターは、どうしたもんかな、といった顔をしながら頭を掻く。
「そうだな、クドクド説教垂れたってしょうがねえし……。よし、だったらここは一つ、俺ちゃんが特別に胸を貸してやろうじゃないか」
「何……?」
「おい、一体何をするつもりだ?」
あまり良い予感はしないといった顔で横から訊ねたルヴィスに、
「ふっ、とりあえず外へ出な。なあに、ちょっとした運動をするだけよ」
と、ハンターは席を立って玄関を親指で差しながら、何かを企んでいそうな顔で笑いかけた。