狂う聖獣と異世界の森の謎の話⑥
――そうして数十分後。思いつく限りのことを試してみたものの、結局何も見つけられなかった四人は流石に疲れてきたので、一旦部屋の仕掛け探しの手を止めた。
「一通り色々してみたけど、特に何も見つからなかったわね……。もしかしてここ、本当に何も無い隠し部屋なのかしら……」
「……ああ、そうだ。こういう時、お前の呪眼とやらは役立ったりしないのかよ?」
唐突にカリストロスから尋ねられた女呪術師は、少し戸惑ったようにして彼の方を見る。
「えっ? えっと……まあ、役立たないこともないとは思うのですが……」
「何だよ、それ。はっきりしないな。役に立つのか立たないのか、どっちなんだよ」
「おいコラ、アンタ。たかだか探し物程度のことで、コイツに負担の掛かる呪眼を使わせようとするんじゃない」
すると、凄むように割って入ってきた男魔剣士へ、カリストロスもまた気圧されることなく言い返す。
「いやいや。せっかく謎を攻略できるかもしれない手段があるってんなら、試すくらいはしておきたいだろうが」
「テメエ、簡単に言いやがって――」
「カリストさん。そこまでして、ここにあるかもしれない何かを見つけだしたいですか?」
途端、女呪術師はカリストロスを真っ直ぐ見据えながら、普段の大人しめな態度からは珍しく、はっきりとした口調でそのように訊いてきた。そんな彼女の様子に、他三人の視線が一気に集まる。
「だったらいいですよ。私の呪眼、使ってみてあげても構いません」
「なっ……!? お前、こんな男の為にそこまで無理をする必要は――」
「ただし、条件があります」
慌てる男魔剣士の声を遮って告げた女呪術師の言葉に、カリストロスは怪訝そうに彼女を見返した。
「私、カリストさんにしてもらいたい事があるんです。それを必ずやると約束してくれるのであれば、ここで私の呪眼を使ってあげます」
「何……?」
「カリストにしてもらいたい事……?」
「さあ、如何しますか?」
なんとここにきて、何やら取引を持ち掛けてきた女呪術師に、カリストロスは目を細めてジッと見つめるも、やがて、仕方ないとでも言いたげな顔をしては言葉を返した。
「……一体、俺に何をしてほしいってんだ?」
「内容が気になりますか? じゃあ、ちょっと二人だけで部屋の外まで来てください」
そう言うと、女呪術師は手招きしながら隠し部屋の外まで出ていき、カリストロスもそれに続いた。
そうして、女騎兵と男魔剣士の二人が残された後、部屋の外からはボソボソと小声で説明を受けている様子が伺えたのだが、しばらくしたところで、
「はああっ!? 何で、俺がそんなこと……!」
と、カリストロスが大声で叫んだもので、隠し部屋に残っていた二人は何事かと大いに驚かされた。
「嫌ならいいんですよ。その代わり、呪眼は使ってあげません。このまま、ずっとあてもなくノーヒントで探し続けて、気力と時間を浪費し続けたいのでしたらご自由に」
「くっ……」
などと、女呪術師がカリストロス相手にキッパリ言い詰める声もまた聴こえてくる。そうした会話が展開された後、二人は再び隠し部屋の中に戻って来た訳であるが、
「カリストさん、私の提示した条件を承諾してくださいました。ですので、ちょっと頑張って呪眼を使おうかと思います」
これから疲弊することが判っている真似をするというのに、どこか満足気な様子で女呪術師は待っていた二人へと報告した。逆にカリストロスはというと、何かを無理に飲まされて我慢しているような、実に複雑そうな表情を浮かべている。
「えっと……今更だけど、大丈夫なのそれ? ていうか、カリスト、一体どんな約束したの?」
「………………」
目を逸らしたままだんまりを決め込んでいるカリストロスに、そんな彼を見て女呪術師は少しだけ意味深に微笑みながら代わりに答えた。
「まあ、そのうち判りますので、この場では伏せさせていただきます。あと、約束を反故にされないよう、ちょっとした契約も行いましたので」
そう言うと、女呪術師はカリストロスの手元を指差した。そんなカリストロスの右手の小指、その第一関節辺りには、何やら紋様じみた紫色の線が一周するように刻まれている。
「なるほど、“指切の呪印”か。そいつは入念だな。しかしこの男になら、そのくらいはしておいた方がいい」
指切の呪印――それは呪術を用いた一種の簡易的な強制であり、術者と被術者間で前以て結んだ約束事を守らせる為のもの。もし被術者が契約内容に反する行いをした場合、針を千本飲まされたかのような腹痛及び頭を万回殴られたかの如き頭痛が忽ち襲ってくるのだという。
そしてこの術式の成立には、互いの同意が不可欠で一方的な付与はできず、カリストロスもまた女呪術師の告げた約束を飲む形で契約を受け入れたことになる。それでも全盛期の彼であれば、こんな簡素な呪術如き、無理やりに自前の魔力で洗い流して軽く破棄できたであろうが、今のカリストロスには残念ながらそんな抵抗力は無かった。
(しかし、そこまでして、この男にしてほしい事とは一体……?)
「――おい。約束はしてやったんだから、さっさと呪眼使えよお前」
あまり機嫌の良くなさそうな様子で言ってきたカリストロスに、女呪術師は頷いて自身の眼帯に手を掛ける。
「分かりました。では……」
それから眼帯を外して左目を晒すと、その瞳を妖しく輝かせては数秒ほど、隠し部屋の中を見回していった。
「…………っ」
その後、ふと貧血のように倒れかかった女呪術師をすぐ傍に控えていた男魔剣士が直ちに抱きかかえて支える。
「すみません……。ふう……」
やはり短いスパンで続けて能力使用するのは疲労が更に増すようで、見るからにしんどそうな女呪術師へ、男魔剣士はいつぞやの時のようにポーションらしきものの入った小瓶を取り出しては、彼女にゆっくりと飲ませてあげた。
そうしていると、
「で、どうだったんだよ?」
空気を読まず、心配した素振りも一切無く無神経に訊いてきたカリストロスを男魔剣士は睨みつける。
「あまり急かすな。せめて息を整えるくらいは待ちやがれ」
「いえ、大丈夫……です……」
正直そのようには見えなかったが、女呪術師は隣の彼の手を借りつつ頑張って立ち上がると、青い顔をしながらもカリストロスの方を見た。
「私の……呪眼の本質は解析や透視じゃなく未来視ですので、仕掛けの場所そのものではなく、仕掛けを解いている皆さんの姿を視れるかになるのですが……その、視ることそのものには成功しました。この部屋には確かに仕掛けと、それによって隠された“もの”があります……」
「何っ……!?」
「左右の壁の角……そこの目線の高さ辺りを二人で同時に、手でグッと押してみてください……。それで仕掛けが作動する、筈です……」
女呪術師に指で刺され、カリストロスと女騎兵はすぐさま指示に従い、それぞれ分かれては部屋の左右の壁を手で強く押し込んだ。
すると、数秒経ったところで壁の一部がスライドしだし、そこからはプラモデルのケースくらいの大きさをした一つの箱が発見された。
「――っ! これは……ッ!」
途端、カリストロスは我先にと飛びつくようにその場所へ移動しては、壁の中から見つかった箱を取り出し、一切警戒することなくその蓋へと手を掛ける。
「ちょっ、カリスト! いきなり箱を開けるのは――」
「安心してください。その箱に危険が無いことまでは視れていますので……ついでに、鍵とかも掛かってないですよ」
女呪術師がそう答えると、彼女の言った通りに鍵も呪いも掛けられていなかった箱の蓋を問題なく開けたカリストロスは、その中身を素早く覗き込む。だが、箱の中に入っていたのは、
「……んん? 何だこれ?」
これまた何かの箱であった。しかもその箱は、片手で持てるくらいの大きさをしたキューブ状の小箱であった。加えて全体的に金属製であるその箱のうち横の四面には、何やらスイッチらしき小さな突起が沢山つけられている。
「カリスト、何が入ってたの――って、また箱? しかも今度のは、随分と手の込んだ装飾というか、仕掛けっぽいのが施してあるけど……」
直後、後ろから覗き込んできた女騎兵に、カリストロスは何とも素直に喜べないような顔をしながらも答える。
「っ……。何ていうか、こんなパズル系の玩具を昔見たことがある気がする……」
「ふむ、ざっと見た感じ、その幾つもあるボタンを正解の手順で押さなければ、中の物が手に入らない仕組みとかになっているんじゃないか?」
「うっわあ、何それ。かなり難しそう……」
続いて所感を述べた男魔剣士の意見に、女騎兵が私には到底無理、と言わんばかりの半ば引いた表情を浮かべる。
カリストロスの見つけた小箱には、一面に4×4で小さな四角いボタンがビッシリ並んでおり、しかもそれが四面分もある。更に上の蓋らしき面にもまた、何かの紋様らしきものが描かれた丸いボタンがついていた。その意味は、見ただけでは判るべくもない。
「……おい、この箱の開け方までは視れたりしないのか?」
「それが……そのアイテムを手に入れるまでは視て取れたんですけど、未来視の映像の中で何故かそれだけ“よく視えなかった”んですよね……。まるで靄が掛かっているみたいに……ですので、もしかしたらそれには、透視や解析系の能力を妨害する処置が施されているかもしれないです」
また性懲りもなく頼ってきたカリストロスに、女呪術師はそう来るだろうと判った上で、事実を以てそのように返した。その返答に、カリストロスは期待を裏切られたとばかりのげんなりした表情で、手にした小箱を見つめる。
「ちょっ、マジかよ……。せっかくレアアイテムっぽいもの見つけたってのに、中身が取り出せないなら生殺しもいいところじゃないか……!」
「まあ、人生そう上手くはいかないという事だな。都合よく楽ばかり出来る筈も無い。むしろ、その箱が手に入っただけでもありがたく思え」
「そうそう、それにカリストってこんな感じのパズルとか得意なんじゃないの? 前の古代遺跡でも色んな仕掛けをスラスラ解いてたし……きっと貴方なら、自力でその箱を開けられるわよ」
そう気楽に言った二人に対し、カリストロスはジトっとした目を向けて舌を打つ。
「チッ、簡単に言ってくれやがって……」
「ふん、簡単に言われる側の気持ちが少しは解ったか?」
「テメエ、意趣返しでもしたつもりかよ……くそっ」
腹立たしそうに答えながらも、カリストロスは怒りの感情よりも手に入れた物への興味を優先し、真剣な眼差しにて掴んだ小箱を見据えた。
(しかし、これだけ厳重な施錠がされてるってことは、逆を言えば相当凄いものが入っている期待大だ。絶対にどうにかして、中身を取り出してやる……!)