狂う聖獣と異世界の森の謎の話①
更に翌日、カリストロスを含めた冒険者ら四人は結局、伯爵からの依頼を引き受けて、ツァートルテの北東にあるアマデスの森へとやってきた。
また今回は彼ら四人だけでなく、伯爵が寄越した二十人程の兵団も同行してきた訳であるが――森の入口前まで辿り着いたところで、我々はここで待機しているので後は宜しく、とばかりに全員足を止めては、誰一人としてモンスター退治についてなどこなかった。
それもその筈で、兵団の人員はあくまでカリストロス達が仕留めたロードランボス及びランボスの群れの死骸、つまりはそれから得られる貴重な素材を回収する為だけの目的で来ているのであり、端から四人を手伝ってやろうなどとは微塵も考えていない。
かといって、一緒に来られたらそれはそれで邪魔でしかないので、四人はむしろ清々した気持ちで森の中へと入っていった。それから、四人の姿が兵団の者たちから一切見えなくなるくらい進んだ後、
「――改めて、ごめんなさい。こんな仕事、私だけの判断で勝手に受けてしまって……」
と、女騎兵は一旦立ち止まっては仲間達を振り向き、申し訳なさそうにそう口にした。だが、それを聞いた男魔剣士と女呪術師はすぐに首を横に振る。
「何を言っている。昨日も話したが、貴方はこの依頼の報酬にニロコ村だけでなく、滅んだ俺の故郷、トリンカ村の片付けまで組み込んでくれた。感謝はしても、責めたりなどする筈がない」
「そうですよ。それにどうせ、伯爵は貴方だけでなく、協力関係にある私達にも声を掛けるつもりだったのでしょうし。ですから、全然お気になさらず」
そのように気を遣ってくれた二人であったが、それを聞いても女騎兵の表情は変わらず晴れない。
「うん……だけどちょっと仕事の内容というか、依頼主の思惑が腑に落ちなくてねえ……」
「気持ちは解るが、今回ばかりは目を瞑るしかない。たとえ依頼した者の動機が不純だろうと、向こうもこちらにとってまたとない条件を提示したのだから」
「……で、仲良くお喋りしてるところ悪いが、肝心のロードランボスとやらはどうやって見つけるつもりだ?」
すると、相変わらずの空気を読まない調子で割り込んできたカリストロスに三人の視線が集まる。
そもそもな話、此度の依頼の討伐対象こと“ロードランボス”とは聖獣ランボスの上位種であり、ベヒモスでいうところのキングベヒモスに相当する。
その希少性及び戦闘能力は巨大怪物に匹敵し、それどころか竜種にも勝るに劣らないともされる程の噂。普通ならまず発見すら非常に困難な上、倒すとなれば至難を極めるが、もし仕留められれば、それから手に入る素材の価値は国宝級とさえいわれる。
「はあ……アンタな、それについては昨晩のうちに打ち合わせをしただろう。もしかして聞いてなかったのか?」
「まあまあ、再確認は大事よ」
大きな溜息をつきつつ、呆れた目を向ける男魔剣士を女騎兵が宥めた。
「えっとね、そもそもランボスは草食性の生き物なんだけど、餌となる草木の葉を一日に数百キロも食べるの。だから、この森にいるというなら何処かに判りやすい痕跡をきっと残している筈。まずはそれを探して見つけるところからね」
「痕跡……っつーと、餌を食い散らかした跡とかか?」
「そうそう。他にも足跡とか、排泄物だとか……あっ、そういえば頭の角で木を傷つけて縄張りを示す習性もあるわね。何にせよ、その辺の小動物よりかはまだ探しやすいと思うわよ」
そんな話をしながら、四人はしばらくランボスの残した痕跡を探しつつ森の中を進んでいく。そうして少し経ったところで、一行は特に苦労することもなく、それらしいものを発見するに至った。
「この大きさと形の足跡に、葉っぱの毟られまくった樹木……ランボスの痕跡と見て間違いなさそうね。かといって今すぐつけられた感じにも見えないから、間近にいるって訳でもないでしょうけど」
「ですが、そうまで遠くにも行ってはなさそうですね。――とりあえず、この次は打ち合わせ通りに私の眼杖を使う、ということで宜しいですか?」
「ええ、お願い。流石にランボスの群れと遭遇戦なんかしたくないからね」
女騎兵の言葉に頷いた女呪術師は、手にした杖の先端から目玉のついた球体を切り離して宙に浮かせると、まるでドローンのように森の奥へと飛ばしていった。
彼女の眼杖から分離した端末は目玉のような形状のレンズと視覚共有がなされており、本人が全く動かずとも、ある程度の離れた距離まで遠隔で捜索を行うことが出来る。しかもその操作性といったら、通常の使い魔やゴーレムなど比ではない程に自在で扱いやすい。
そんなこんなで、その場から移動しないまま女呪術師が捜索を開始して、またしばらく時間が経ち、
「……っ! 皆さん、遂に見つけましたよ。ランボスの群れを」
そう言った女呪術師の声に、他三人が一斉に彼女の方を向いた。
「えっ、ホント!?」
「はい。ここからだと北へ2キロメートル程のところに、湖のある開けた場所があるんですが……ちょうどそこにランボスの群れが集まっています。どうやら巣にしているみたいですね」
「数はどのくらいだ? あと、ロードランボスの姿はあるか?」
「ええと、普通のランボスが四――いえ、五匹。あと、とびきり大きくて凄い見た目のが一匹います。あれが件のロードランボスじゃないかと思いますけど」
「あっ、ちょっと私にも見せてもらっていいかしら?」
そう言うと女騎兵は女呪術師の肩に手を掛け、そして自身も視覚共有の魔法を使用して、彼女の視ている視界を自分に繋げた。
「うわっ、すごっ! 絶対このデカいのがロードランボスね! 神々しいくらいにとっても荘厳で、まさしく聖獣の王って感じ!」
「……で、そいつらはその湖のあるっつー所で今何してるんだ? ジッとしてるのか?」
子供がはしゃぐように感想を述べた女騎兵とは対照的に、至って冷淡な口調でカリストロスは訊ねる。
「そうですね。どれも座り込んで眠ってたり、水を飲んでたり、近くの草を食べたりしています。特にこれから何処かへ移動するような素振りは見られません」
「であれば、またとない奇襲のチャンスだな。ランボス達には悪いが、気の抜けている今のうちに先制攻撃を仕掛け、一気に片をつけるとしよう」
そのように落ち着き払って答えた男魔剣士に、カリストロスは鼻で嗤いながら肩を竦めてみせた。
「っても、どうせ俺が一方的に狙撃するだけですぐ終わるけどな。意気込んでるところすみませんけどぉ、今回お前に出番なんかねえよ」
「ふん、だったらそいつは大いにありがたいな。この鬱蒼とした森の中で群れている大型モンスターに突撃されようものなら、非常に対処がし辛い。――絶対に失敗だけはするなよ?」
「ヘマだって? 誰に対して言ってやがる。いいから黙って大人しくしてろ」
「カリスト、とにかく初撃はまずロードランボスを狙って。最悪、直接戦闘になっても今の私達の装備なら、通常のランボスは十分対処できる筈だから。群れのボスであるロードランボスさえ先に無力化できれば、こっちの危険は大きく解消されるわ」
女騎兵からの指示に、カリストロスは返事代わりに鼻を鳴らしては受け答える。
「わざわざ言われなくてもそうするつもりだ。初弾は機弓でそのロードランボスとやらを仕留める。残りの雑魚共はガンドルフィンで一掃してやる」
「頼んだわよ。貴方の狙撃の技量、何よりも信用してるんだから」




