無職青年が異世界で無双する話②
――王城の中は、惨憺たる有様となった。
城の内部に侵入した黒い兵士たちは、まるで初めから場所が判っているかのように、的確に人間を見つけ出しては、片っ端から速やかに撃ち殺していく。
騎士はもちろんのこと、非戦闘員である貴族や使用人、無論女や子供であろうとお構いなしだ。
そこかしこに死体の山が築かれ、鮮血で壁や廊下を染めていく。
そんな中、突然押し寄せた黒い悪魔たちに辛うじて太刀打ちできた者が一人いた。
それは、王国最強の実力者ともされる騎士団長だった。
「――聖晄十字斬!!」
「がっ――?!!」
白き十字の光刃とともに、黒い兵士を斬り捨てる。
兵士は倒れると、黒い靄のようなものになって、瞬く間に消滅してしまった。
「はぁ……はぁ……!」
しかし、騎士団長も楽に勝てたわけではなかった。
というより、勝てたのは奇跡も同然だった。
事前に敵の戦い方を確認した上で逃げに徹して有利な地形に誘い込み、不意打ちでやられる前にやるという、あまり格好良くはない戦法だ。
だが、それでようやく数人を屠れたくらいだ。
連中は異様に素早く、力も強くも、そして殺気も動きも読んでくる。
弾丸をかいくぐり、近づけたからといって殴られたり蹴られでもすれば、鎧の上からでも容易く手足を粉砕されるのだ。
必ず敵は一人の状態にして倒す。彼らは常にツーマンセルからスリーマンセルで行動する傾向があるのだが、取り囲まれれば高度な連携によって勝機はゼロとなる。
「陛下は……無事に城から逃げられただろうか……」
戦いで負った傷を押さえながら、騎士団長は他に誰も生きていない廊下を進む。
すると、廊下の突き当りで一人の人影と遭遇した。
「――おや、この辺りでうちの兵士が何人か消えたのですが、もしかして貴方が倒したのですか?」
「っ――?!」
それはカリストロスだった。
騎士団長は目前の男が、敵の親玉であることを直感で理解した。
それと同時に、あまりもの無防備さに戦慄した。黒い兵士たちは謎の武器だけでなく、よく判らない装甲のようなものを纏っていたが、この男は武装してすらいない。
「……貴様が、この騒動の元凶か」
「だとしたら?」
「――斬って捨てる」
騎士団長は覚悟を決めると、構えを取って、握っている剣に魔力を込めた。
剣の刀身が揺らめきながら陽炎のように白く輝く。
「どこの誰かは知らんが、ここから先に進ませはしない。――討ち取らせてもらう!」
運悪く逃げ場のない場所で敵と遭遇してしまった以上、これまでのように不意打ちで仕留めることは出来ない。
神速の一撃により速攻で仕留めるしか生き残る術はない。しくじればそれは、きっと死を意味する。
「――閃晃魔断刃!!」
王国最強の騎士と謳われた、彼の生涯をかけた奥義が炸裂する。
破魔の力を込めた刀身による、縮地の如く無駄のない動きからの居合のような一閃。
白い残光が、鎌鼬を思わせる衝撃波を伴って、廊下と壁に鋭い斬り跡を残す。
しかし、手ごたえは全く無かった。
(拙いッ――!!)
咄嗟に左へ視線を向ける。
そこには、丸い穴が開いた黒い何かが目の前に向けられていた。
ぱんっ。
いつの間にか騎士団長のすぐ隣にいたカリストロスが、彼の頭にゼロ距離で拳銃を発砲する。
騎士団長は頭から血液と脳漿をまき散らすと、どさりと床に倒れてそのまま絶命した。
からん、と手に握っていた剣の落ちた音が静かな廊下に鳴り響く。
「――――」
カリストロスは倒れ伏した騎士団長に一瞥をくれることもなく、そのままつかつかと通路の奥へと進んでいってしまった。
◇
――謁見の間。
王城の玉座があるとても広い一室。
そこにはまだ、国王と兵士、女魔導士がいた。
それ以外の者は王の命令でみな、逃げてしまったようだ。
ゆっくりと部屋の大きな扉が開く。
部屋の外からは、カリストロスが涼やかな表情で入ってきた。
「――ここが玉座ですか、わりと悪くないですね」
「何者だ、お前は?」
突然の闖入者に国王は問いかける。
「貴方がこの国の王ですか?」
「そうだ。しかし質問したのは私が先だぞ、お前はだ――」
一発の銃声。
王の隣にいた兵士が眉間を瞬時に撃たれ、その場に倒れる。
女魔導士はひっと小さな悲鳴を上げ、顔を青ざめさせた。
あんなに素早く撃たれては、防御魔法をはる暇もない。
「私が誰なのか、なんてことはどうでもいいのです。貴方はこれから死に、私はこの城を手に入れる――それだけですので」
すると、カリストロスは何かに気づいたように指を差した。
「あ、ちょっと左の方に移動してくれます?」
「左だと? 貴様、何を言って――」
再び、銃声。
今度は、女魔導士がきれいな髪を真っ赤に染めて床に倒れる。
「なっ……?!」
「左の方に行けと言ったんだ、私は」
「……わ、分かった」
冷酷な眼差しを向けるカリストロスに、国王は急いで今いる位置から左側に数歩、場所をうつす。
「これでいいか?」
「ええ、いいですよ。――では、さようなら」
謁見の間に三度目の銃声が響き、国王は心臓を撃ち抜かれてその場に倒れた。
カリストロスは右手から銃を消すと、つかつかと玉座まで歩いて行く。
「悪いですね。あの位置にいられると、私が座る玉座が血で汚れるかもしれなかったので」
カリストロスは玉座に腰かけると、三人の死体が転がった、広い広い謁見の間をゆっくりと見回した。
「これが玉座か……いいんじゃない、わりと」
満足気に頬杖をつくカリストロス。するとそこに、数人の黒い兵士が入室してカリストロスの傍まで近づいてきた。
「――カリストロス様」
「ん?」
「要人脱出用と思われる地下通路を発見し、奥にいた人間を射殺致しました。おそらくは、王妃や王子といった王族かと思われますが」
「そうか。じゃあ、そこに転がっている国王と一緒に、死体を正門の前にでもくくりつけておいて。国民によく見えるようにね」
「了解しました」
報告を終えると、黒い兵士たちは謁見の間から外へと出て行った。
一息つくと、カリストロスは一仕事を終えたとばかりに思いっきり背伸びをする。
「ふう、これで私が魔王として世界を征服する第一歩が踏み出せたという訳だ」
「――いやあ、君初っ端からスゴイことやるねぇー。趣味悪すぎて、私ちょっと引いちゃったよー」
突然、聞き覚えのある女の声が聞こえてきた。
カリストロスの隣には、いつの間にかエリジェーヌが立っていたのだ。
「――お前、何でここにいる。いや、いつからそこにいた?」
「こらこら、素が出てるぞ。――んー、いつからって言われると最初からかなぁ」
カリストロスの顔から、次第に余裕の表情が消えていく。
「最初からだって?」
「うん、ずっとばれないくらいの距離から一部始終を見てたよ。因みに他のみんなも、私の視界を通して全部見てたよ」
エリジェーヌは、片目にかけているモノクルをとんとんと指で突く。
「……どうやって、ここまで来たのですか?」
「自分で飛んできたんだよー。いやあ、何だか初めての子供のお使いを見守るお母さんの気持ちだったねー」
「…………」
「えーっと、イマジナリ・ガンスミスだっけ? 便利な能力だねー、なんか有名なマンガ辺りで見たような気もするけど」
エリジェーヌ本人に悪気はなく思ったことをペラペラ喋ってるだけなのだが、カリストロスの目はどんどん冷たくなっていく。
「……私の邪魔はするなといった筈ですが?」
「してないじゃん。君の言った通り、邪魔しない範囲で好きにはさせてもらったけどさ」
ついに頭に血が上ったカリストロスは、エリジェーヌに向かって即座に拳銃を向けた。
しかし、銃口の先にエリジェーヌはいなかった。
代わりに、背後から物凄く大きな鎌の刃が自分の首にピタリとつけられていた。
「――私、同期と喧嘩なんてしたくないから、銃なんて向けないでくれるかな?」
「――――」
人類を一度は滅ぼしかけた魔王でさえも反応すら出来なかったクイックドロウ。
しかし、それをくり出せるカリストロスを以てしても、エリジェーヌの動きを捉えることは出来なかった。
彼女が少し、腕に力を込めて鎌を引くだけで、カリストロスの首はすぐにでも胴体とさよならしてしまうだろう。
ここに来てカリストロスは急に落ち着きを取り戻し、自身の置かれた状況を理解した。
この世界の雑魚共ならいざ知らず、背後の少女は自分と同じく特別な力を与えられた異世界転移者なのだ。
たった今、判ったことととして彼女はものすごく速い。この距離では、絶望的に不利。絶対に勝てはしない。
それにこちらだけが一方的に手の内を見せてしまっている状況だ。無理に張り合っても、馬鹿らしい結果にしかならない。
ここは大人しく謝罪に甘んじてでも、武器を収めるべきだろう。
「――分かりました。どうも気持ちが高ぶっていたようです、私の非礼を許してほしい」
カリストロスは右手からすっと拳銃を消すと、ゆっくりと両手を上げて降参の意を示した。
「へえ、意外と冷静な判断ができるんだ。――じゃあ、次から味方に銃口とか向けたりしないでよね」
エリジェーヌは握っていた大鎌を消し去ると、回り込むようにカリストロスの目の前まで来た。
「ついでに確認なんだけどさ、カリストロス君はこの城をとりあえず魔王城にするつもりなんだよね? だったら私たち他の仲間や、魔王ちゃんもここに住んでいいのかな?」
エリジェーヌの質問に、カリストロスは小さなため息交じりで渋々と答えた。
「……勝手にしたらいいです、私もそこまで狭量ではありませんので。ですが、この城の主が私であることを決して忘れないように」
本音を言えば、自分が実力で勝ち取ったこの城に他の連中なんて住まわせたくなんかはない。
だが、先述の通りカリストロスは他の召喚された者たちについて知らないことが多すぎる。
その為、とりあえず敵対せずに貸しを作りつつ、目の届く近場に置いておき、しばらくは彼らが何をできるのかなどを把握するのに努めるのがベストだろう。
カリストロスは自身が最強であることを信じて疑いはしないが、それでも他の連中に徒党を組まれて対立した場合、驚異になりえることは考えが及んでいた。
「ありがとねー。それじゃ、私は一旦向こうにいるみんなの所に戻って、そのこと伝えてくるから。……あ、城内の死体くらいは片づけておいてよねー」
そう言って、エリジェーヌは窓を開けて外に出ると、背中から翼を生やしてあっという間に飛び去ってしまった。
謁見の間に再度、静寂が戻る。
(……あの女、いつか絶対にぶち殺す)




