王都襲来!異世界の狂戦士の話①
――時は数十分前、エーデルランド王国首都正門。
国内へ出入りするための正門と外壁の見張り塔には、常に何人もの王国の兵士たちが、外から敵が襲って来ないか警備として配置されていた。
「今日は雲一つない快晴だな。向こうの景色までよーく見える」
「そういえばあの聖騎士様、また一つ国を救ってきたんだってな。本当に頼もしい限りだ」
「それにすんごい美人だよなあ。あー、俺もあんな女の人と仲良くなりてえなあー」
「俺、昨日たまたま近くを通りがかったところを挨拶してもらったぜ。超キレーっつーか、めっちゃ可愛かったなぁ。あとほんのり良い匂いがした」
「ああん? ぶっ殺すぞ、テメエ」
「そのにやけ顔を泣いたり笑ったりできなくしてやろうか?」
若いながらもよく訓練された屈強な兵士たちが、軽口交じりで談笑しつつも警備に勤しんでいる。
すると更にいかつい風貌の、如何にも隊長といった雰囲気をした壮年の男が彼らの傍に近づいてきた。
「お前たち、くだらん私語もそのくらいにしないか」
「ハッ、申し訳ありません……!」
兵士たちは突然やってきた隊長に慌てて、咄嗟に真面目な表情になって向き直る。
「聖騎士様はブレスベルクでの戦いで、きっと疲れが溜まっていらっしゃる。あの方が安心して我が国で休息をとられるためには、我々があの方の手を煩わせないよう厳重に警戒していなければならないのだ」
「承知しております!」
「うむ、ではより一層気を引き締めて職務に励むように」
そう言って隊長の男が踵を返そうとすると、一人の兵士が空の向こうを指差した。
「何だ、あれは……? 鳥にしちゃあ、なんか形がおかしくないか?」
「それに何だか大きいように見えるぞ。もしかして魔物か?」
よく晴れた青空の向こうには、一体の翼が生えた何かの影が兵士たちのいる正門の方へ飛んできているように見える。
まだ距離が遠いので、それが何なのかはよく判らないが。
「確かに変だな。――おい、遠眼鏡はあるか?」
「あ、はい。こちらに!」
隊長の男が部下の兵士から筒のような形の遠眼鏡を受け取り、こちらに向かってくる空飛ぶ何かを確認する。
すると――
「……ッ! おい! アレはワイバーンではないか!」
「えっ、ワイバーン?!」
隊長が急にあげた大声に周りの兵士たちは一斉にどよめく。
「それもただのワイバーンではない。上位種のエルダーワイバーンだ! しかも背中に誰か乗っている……!」
ただごとではないといった隊長の表情に、兵士たちも槍や剣を握り締める。
確かにエルダーワイバーンは強力な魔物だが、ここにいる兵士たちも過酷な戦闘訓練を受けた精鋭たちだ。
たった一匹なら十分勝機はある。
しかしその背中には、どうやら騎手が乗っているという。もしかしたら竜騎兵かもしれない。
その時――
「むっ、ワイバーンの背中から騎手が降りたぞ?!」
「ええっ……?!」
上空を飛ぶワイバーンは正門からまだ数百メートルは離れた位置で、高度1000メートル近い高さから乗っていた騎手を降ろした。
騎手はそのまま重力に任せて地上へと自由落下し、勢いよく地面に着地する。
「隊長! 降りた――というか落ちた騎手どうなりましたか?!」
「ちょっと待て! ……信じられん、平然とした恰好で立っている。そ、それにあの姿は……」
空中のワイバーンから地上の騎手に遠眼鏡の方向を変えて覗き込んだ隊長の男は、その先を凝視して無意識に細かく手を震えさせた。
「た、隊長……?」
「真っ赤な甲冑の騎士……間違いない。あそこにいるのは六魔将、絶刀のオデュロだ!」
隊長が叫んだ直後、地上に降り立った真紅の騎士――オデュロはすかさず兵士たちのいる正門まで、真っ直ぐ一気に突っ走ってきた。
その速度は新幹線すら軽く追い越しそうな勢いで、瞬く間に正門前へと到着する。
因みに武器は何も持っておらず、完全に素手の状態だ。
「ひっ――?!」
「貴様! ここから先は通さ――」
正門前の兵士が言い終わる前にオデュロは兵士が持っていた槍を奪い取ると、そのままそれを振り回して数人の兵士を一度に惨殺した。
「がはぁ……!」
兵士たちの死体が血を撒き散らしながら地面に転がると同時に、オデュロは流れるような動きで槍を振り回し、赤い闘気のようなものを帯びた刃で正門の扉を連続で斬りつける。
すると高さ10メートル以上もあった頑丈な正門はバラバラに解体されて崩れ落ち、敵が外から入り放題な有様になってしまった。
途端、オデュロが兵士から奪い取って振り回した槍がベキンと折れてしまう。
「――雑兵の武器ならこんなものか。さて、次はどの武器を使おうかな?」
そう呟きながら折れた槍の残骸をぽいっと放り捨てていると、すかさず隊長の男が手持ちの大剣を振り上げて、オデュロに向かって勢いよく斬りかかった。
「六魔将、オデュロ! 覚悟ぉーーーッ!!」
ところがオデュロは自身に振り下ろされた大剣の切っ先を片手で軽くキャッチすると、その場から動かずに掴んだ剣をそのまま振り回した。
「うおおおっ?!」
大剣を握っていた隊長のがっしりとした身体が逆に宙を浮いて、ジャイアントスイングが如く剣と一緒に空中を舞い、あまりの勢いに柄から手を放してしまったことで数メートル先まで吹っ飛ばされる。
「がふっ……!」
「隊長?!」
手練れの剣士である隊長が子供のように軽くあしらわれた光景に兵士たちが驚いている中、オデュロはまた奪い取った大剣を切っ先から柄の部分に持ち替えると、手に取った武器を一旦まじまじと眺めた。
「今度はコイツで行くか、少しは丈夫そうだ」
そして向き直ると、地面に転がった先で身体を起こしている隊長が頭を上げるよりも早く、周りにいた兵士たちを斬り殺し始める。
「がはぁ……!」
「ぎひぃ……っ!」
「た、隊長! 助け――ぐっ……!」
隊長の男が立ち上がった頃には、一緒にいた筈の味方の兵たちは全て動かなくなってしまっていた。
自分の愛剣であった武器が敵に奪われ、しかも大切な部下たちの血を吸ってしまったことに、隊長の男は心の底から憤る。
「き、貴様あああああああッ!!」
一番近くに転がっていた部下のショートソードを拾い上げると同時に、隊長はまたもやオデュロに向かって斬りかかる。
しかし、斬りかかった先にオデュロの姿はなかった。
「なっ……?!」
剣を振り下ろした直後、自分の身体がどすんと地面に落ちて、またもや無造作に転がる。
だが今度は身体を起こすことが出来ない。力も全く入らず、それどころか物凄い痛みと喪失感を感じる。
それもその筈。隊長の身体は本人も認識できない速度ですれ違い様に袈裟からバッサリ斬られ、全身を斜めから半分にカットされてしまったのだから。
「オデュ……ロ……ど、こ……」
隊長は血と臓物をぶちまけた動けない身体でオデュロを探すが、どこにも見つけることが出来ないまま意識を失う。
当のオデュロは一掃した兵士たちに一瞥をくれることもなく、解体した正門から既に街の中へ侵入してしまっていた。




