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待ち受ける異世界の襲撃者の話⑤

「ぐっ……!」


「本当はもっともっと時間をかけていたぶりたいのですが、ゲドウィンやエリジェーヌの戦闘データによると、貴方は過度に追い詰められた時、新技や隠された能力を発現する場合があるらしいですからね。ここは手身近にトドメを刺しておきます」


 地面に倒れたレフィリアの首めがけて、ハチェットを持った猟犬兵が狙いを定めて刃を振り落とそうとする。


(いや……今度こそ殺されるッ……!!)


 絶体絶命の状況に、流石のレフィリアも迫りくる死の恐怖を感じざるを得なかった。


「――それでは、さようなら。他所の異世界に転生できたらそこで正義のヒーローごっこを楽しんでください」


 名残惜しむように最期の言葉を投げかけて、カリストロスは処断の合図をしようと手を上げる。


 その時――


「待ちなさい! 鐡火のカリストロス!」


 カリストロスの右後ろ、そこからある程度距離の離れた場所に積まれている木箱の影から、賢者妹が飛び出して大声を上げた。


「これでもくらえっ!」


 賢者妹は手のひらから少しはみ出るくらいの大きさの結晶片クリスタルを四つ取り出すと、それをカリストロスに向かって思いっきり投げつける。


 それは攻撃にも使える魔力結晶であり、爆発すると一つ一つが焼夷手榴弾に匹敵する威力で爆風を放つものであった。


 しかしカリストロスは眉一つ動かさず、目にも止まらぬ速度でドイツ帝国製の自動拳銃、モーゼルC96を取り出すと、自身に投げつけられた結晶片を四つ同時に撃ち抜き、空中で爆破させる。


 加えて――


「がはっ……!」


 結晶片を投げた当人である、賢者妹の眉間も正確に撃ち抜いた。


「嘘ッ……そんな……!」


 仲間を殺されて絶望の表情を浮かべたレフィリアを見ることができて、カリストロスはにやりと口を歪ませる。


「ふん、そんな粗末な攻撃なんて奇襲にもなりませんよ。しかしよく猟犬兵に見つからずそこまで近づけましたね。メスガキにしては中々やるでは――」


 そこでカリストロスはふと違和感を覚えた。


 彼が侍らせている猟犬兵は生体反応を即座に感知できる。


 たとえ魔法で偽装を施していようと、この異世界の住民レベルでは到底誤魔化しようがない。


 それがあのように、接近を許してしまったということは――


「まさか……!」


 眉間を撃たれて倒れた筈の賢者妹の身体が、急に茶色く変色する。


 そしてマネキンのような人間大の土人形へ姿を変えると、どさりと崩れて土と泥に戻ってしまった。


 カリストロスが攻撃したのは、賢者妹の姿を幻術で被せたマッドパペットだったのである。


 因みに破壊された土人形には、魔法による遠隔操作で声を発することができる小さな水晶球が音響装置スピーカー代わりに埋め込まれていた。


「ぬぐうッ……?!!」


 先ほど、自分が撃ち殺したものの正体を知ったのも束の間、カリストロスはリモコンを握った左手に突然の激痛を感じ取る。


 咄嗟に左手へ視線を落とすと、そこには手首から親指の付け根にかけてぶっすりとコンバットナイフの刃が深く突き刺さっていた。


 手首の筋を断たれてはものを握ることが出来ないため、カリストロスは持っていたリモコンを地面に落としてしまう。


(このナイフ、もしや……!)


 カリストロスの想像通り、自分の左手に刺さっているナイフは先ほど、猟犬兵がレフィリアに突き刺していたものであった。


 カリストロスが賢者妹に気を取られたほんのコンマ一秒以下の僅かな隙に、レフィリアは肩に刺さっていたナイフを彼に向かって投擲したのである。


 ――これは拙い。


 カリストロスは一気に底知れない戦慄を覚える。


 爆弾のリモコンが無くてはレフィリアを留めておけず、落としたリモコンを拾おうとすればその隙を狙ってまた無防備な位置と角度から攻撃を受けるだろう。


 そして猟犬兵がレフィリアを囲んでいた場所へ視線を向けると、嫌な予感は的中しており、既に彼女はそこにはいなかった。


 カリストロスの超人的な動体視力が、いつの間にか左手で光剣を握り自分へ向かってくるレフィリアの姿を捉える。


「このおおおおおッ!!」


「ちいッ……!」


 カリストロスは咄嗟に反応して後ろへ大きく飛び退き、レフィリア渾身の振り抜きから何とか直撃は避けてみせた。


 しかし振り下ろされた剣の切っ先はカリストロスの左腕を裂き、完全に切断する。


「痛う゛ぅぅ……ッ! 俺の、俺の腕があッ!」


 カリストロスは二の腕の断面から血を撒き散らしながらも、右手で即座に腰の鞘から軍用の短剣を引き抜き、額に脂汗をにじませながら迎撃の姿勢を取る。


「……お互いに片腕が駄目になりました。これでお相子ですね」


「ふっざけんなよ、テメェ……!」


 ここにきて急に形勢逆転されてしまったことで、カリストロスは焦りから素が出てきてしまっている。


 しかしそれでも彼は、激昂しながらも自身の状況だけは冷静に把握していた。


 相手は近接戦闘特化型に加えてこちらよりリーチも威力もある武器を所持している。


 いくら片腕を潰した上に痛めつけたとはいえ、金属質なスライムくらいにとにかく頑丈な女だ。


 下手に短剣で正面からやり合っては、こちらが圧倒的に不利であるのはあまりにも明白。


(猟犬兵を仲間にけしかけるか? いや、この距離と位置関係では絶対に間に合わない……どうすれば……!)


 カリストロスは必死に考えを巡らせるが、妥当な作戦が思い浮かばない。


 そうしている間にも、レフィリアは一撃でカリストロスを仕留めようと光剣を構えて姿勢を低く落としている。


(くそっ、一か八か……やり合うしかないかッ……!)


 カリストロスは必死に内心の動揺を悟られないようにしつつ、短剣を握り締めてレフィリアと睨み合い、じりじりと対峙する。


 そしてレフィリアがカリストロスへと斬りかかろうとしたその時――


 突然、遥か上空から細長い“何か”がレフィリア目掛けて襲い掛かってきた。

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