無職青年が異世界で無双する話①
ところ変わって、ここはグランジルバニア王国の王都であり、城塞都市カジクルベリー。
都市の中央部には白亜の巨大な王城であるブラムド城があり、そこでは今、謁見の間で国王に対し、王国騎士団長が報告会を行っていた。
そこに突然、一人の若い男の兵士と、もう一人白いローブを着た魔法使いのような恰好の若い女性が飛び込んでくる。
「報告会の途中に申し訳ありません! 国王陛下、緊急事態です!」
「何事だ? そう慌てて」
息を切らして慌てた様子の兵士に、壮年の国王はきょとんとした表情で尋ねる。
「はい、国境線のポエナリフ城塞の監視塔から魔導通信にて、報告がありました。……この王都に、謎の飛行体が高速で接近してきています!」
「何だと?」
赤髪をした、年齢は30代半ばほどの厳つい体格の騎士団長が兵士に歩み寄る。
「詳細を報告せよ。飛行体とは何だ? 魔物か?」
「いえ、これが見たこともない……何とも説明の難しいものでして……」
狼狽える兵士の言葉を魔法使いの女性が引き継ぐ。
「鳥や虫の魔物にも見えませんし、ましてや竜でもない……それどころか、生き物なのかどうかもよく判らないのです」
「意味が解らんな。遠見の水晶玉で映し出すことは出来るか?」
「はい、そのために私が来ました。口で言うより、実際に見てもらった方が早いと思います」
そう言って、ローブの女性は荷物から水晶玉を取り出すと、テーブルの上に設置して何やら呪文を唱えた。
すると水晶玉が光り、まるでプロジェクターのように壁面へ映像を映し出す。
そこには都市の空に、十数体の何かが並んで飛行しているのが見えた。
それは全てカリストロスが呼び出したものと同じ攻撃ヘリコプター、アパッチだった。
「何だこれは……本当に見たことがない、よく判らないものだな……」
国王は目を丸くし、騎士団長は眉間に皺を寄せる。
「翼もないのにどうやって飛んでいるのだ? 何かグルグル回っているのが羽なのか?」
「鉄か何かで出来ているようにも見えますな。金属製の空飛ぶゴーレム、もしくは何かの乗り物なのやもしれません」
始めて見る筈の異世界の常識外の産物に対し、騎士団長はなかなか鋭い観察眼を発揮する。
すると国王の隣に控えていた大臣が唾を飛ばしながら喋った。
「何を呑気に観察などしていますか! この珍妙奇天烈な飛行体、見ればもう王都に侵入しているではないですか!」
「確かに。それにこの風景と方角……もしやこの城に真っ直ぐ向かってきてはいないか?」
国王の言葉にはっとし、騎士団長は兵士に詰め寄る。
「おい、騎士団にこのことは伝えてあるのか?」
「はい、既に他の者が急ぎ通達しています! 万一、王城に攻撃が加えられた時に備え、魔法師団や弓兵部隊による編成も行っております」
「とにかく急がせろ。飛行体の移動速度があまりに早い。このまま行くと、すぐに王城の目の前までやってくるぞ!」
◇
国王や騎士団長が慌てている頃、王都の上空には十数機のアパッチが真っ直ぐ、既に視界に映っている王城へ全速前進していた。
アパッチの編隊の中央にはカリストロスの乗った機体がおり、彼はヘリの窓から王城を観察した。
「慌てて兵を配置しているように見える……展開が早いな、何か即座に連絡できる通信手段でも持っていたのか?」
今のカリストロスは、人間ではありえない超視力により肉眼でも王城の城壁や塔に兵士が集まっているのが鮮明に視認できた。
何か投石装置や大型弩砲、そして火砲のようなものを準備しているようにも見える。
こちらを撃ち落とそうというつもりか。
「ははっ、そんな原始的な装備で対抗しようというのか。――もう十分に射程範囲だな。まず開幕は派手に決めてやろう」
カリストロスはにやにやしながら指を鳴らすと、号令をかけた。
「撃てっ!」
すると、アパッチの編隊は一斉に搭載していたミサイル、ロングボウ・ヘルファイアを発射した。
マッハ1.3の速度でミサイルが飛び、一気に攻撃目標である王城の塔や城壁を爆破していく。
「うわああああああ!!!!!!」
王城で迎撃準備を進めていた兵士たちが兵器ごと吹き飛ばされ、痛々しい叫び声をあげた。
火炎に焼かれ、破片に裂かれ、阿鼻叫喚の地獄絵図となる。
「んー、いいぞ。相手は怯んで撃ち返してこない。一気に急接近だ」
始めてぶっ放したミサイルの感覚に気持ちよく酔いしれながら、カリストロスの乗った機体は急加速して王城まで単独で突き進んでいった。
◇
――謁見の間。
水晶の映像を見ていた国王や騎士団長たちは、アパッチがミサイルを撃った直後に轟いた爆音と振動、そして外から聞こえてくる兵士の絶叫に戦慄していた。
とにかく訳が判らないが、現在王城に接近している存在が極めて脅威なのは明白だった。
「――陛下、万一の為にも城から逃げる準備をお願い致します。私はすぐにでも前線へ出ていきますので」
騎士団長の言葉に、国王はかぶりを振った。
「いいや、お前たちが命をかけている中、そそくさと逃げ出すほど私も落ちぶれてはいない。何より、私は王国最強の騎士団長を信じているのでな」
「陛下……」
騎士団長は国王を真っ直ぐ見つめた。
「はい。必ずしや空の魔物を打ち倒し、王都の平和を守ってご覧にいれます」
「よし、行け」
「はっ。――お前たち二人は有事に備え、このまま陛下たちの傍にて警護するように!いいな!」
「はっ!」
兵士と女魔導士に命令を告げると、騎士団長は急いで謁見の間をあとにした。
◇
――ブラムド城、正門広場。
城門のすぐ上空まで接近して、カリストロスはもぞもぞとヘリのハッチをこじ開けた。
「よしよし、お誂え向きに集まっているな――行くぞ」
そして、そのままパラシュートも無しに生身のままで、アパッチから正門広場まで飛び降りた。
普通の人間なら骨折だけではすまない高度だが、カリストロスはすとんと軽やかに、何事も無く広場に着地した。
正門の前には既に、大勢の武装した騎士たちが武器を構えて立ち並んでいる。
「これはこれは皆さん、お出迎えありがとうございます」
突然高所から平然と飛び降りてきて、にこやかに挨拶してくる眼前の軍服姿の男に、兵士たちはざわざわと狼狽える。
すると、一人の勇ましい騎士が前に躍り出た。
「何だ、お前は。人に見えるが人ではないな?」
「まあ、当たらずとも遠からずといったところです」
カリストロスの飄々とした態度に、騎士の一人は怒りの目を向けた。
「そうか、何にせよ魔の物であることは一目瞭然だ。――この城へ何の用だ」
「用? ……ああ、この城を奪いにきました。皆さんは邪魔ですので、とりあえず死んでいただきます」
にこにこと笑いながら物騒なことを述べるカリストロス。その言葉に騎士の一人は吠えたてた。
「ほう。それで単身、正面から攻め込んできたか。いい度胸だ、どれだけ自信があるか知らんが、誉れ高き王国騎士団を容易く突破できると思うなよ!」
「はいはい」
あーうるさいうるさい、と言わんばかりに台詞を聞き流しながら、カリストロスはぱちんと指を鳴らす。
すると、彼の周囲に黒い靄のようなものが急速に立ち上り始めた。
そして、それはすぐに実体を形成し、60人ほどの全身黒づくめな人型へと姿を変えた。
「なっ、何だ……?!」
その人型は身体中を防弾装備とプロテクター、そして銃器で武装した兵士であった。
顔面は赤いゴーグルのガスマスクのようなもので覆われており、個人を判別することはできない。
手にはM16自動小銃を握っており、カリストロスの周りに規則正しく整列していた。
「――撃て」
カリストロスが手を振り下ろし号令をかけると、黒い兵士たちは一斉に手持ちのアサルトライフルから発砲した。
耳をつんざく銃声とともに、密集していた騎士たちは穴だらけになって、バタバタと倒れていく。
「う、うわああああ?!!!!」
始めて見る武器に困惑、混乱し、突撃する者も、狼狽えて立ち止まる者も逃げ出した者もまとめて蹂躙される。
剣やハルバードで斬りかかる暇も、魔法を詠唱して放つ時間もなかった。
騎士たちが身に着けていた真っ白なマントは血で赤く染まり、まるで薔薇の花弁が散ったかのように正門広場を彩っていく。
数分と持たず、正門に集まっていた騎士たちは誰一人残らずに全滅してしまった。
「投降も逃走も許しません。全員、皆殺しにして差し上げます」
眼前の惨状に満足気な笑みを浮かべながら、カリストロスは右手を前に掲げた。
「――行け」
その号令とともに、黒い兵士たちはぞろぞろと王城の中へと走っていった。
これより、おぞましい殺戮ショーが始まるというのだ。
「――これこそが、イマジナリ・ガンスミス。近代兵器だけでなく、武装した兵士まで自由に召喚できる……私に与えられた、選ばれし者の能力だ」