乱れ踊るは異世界の狂想曲の話③
いつの間にか、突然傍まで近づいてきた者の声にレフィリアたち全員が一斉に振り向く。
それは二人組の人物で、どちらもフードつきのマントを目深に被り、顔の半分近くが見えなかった。
「何者だ、お前たちは?」
ルヴィスは警戒して訝しむように剣を握る。
「ああ、待って。我々は敵ではない。この状況を見かねて手助けしようと思ってね」
フードの人物の一人は両手を横に振り、敵対するつもりではないことをアピールする。
声からして若い男性と思われ、背格好からルヴィスとそう変わらない20代ごろの年齢だろうと推測された。
その男は白いマントを着ており、フードからは金色の髪が見え隠れする。
「君はそっちを頼む」
白マントの男に促され、もう一人の人物――対照的に黒いマントを着た者が、治療を施しているサフィアのところへ近寄る。
「ここは僕が変わります。どうか任せて」
黒マントの人物から聞こえた声はどうやら若い女性のもので、彼女もサフィアと同じくらいの年頃、フードからは銀色のきれいな髪がちらりと見えた。
「……どうにか出来るのですか?」
「はい、今ならまだきっと」
サフィアの問いに黒いマントの女は頷くと、サフィアに代わって賢者妹の胸に手をあて、治癒魔法をかけ始める。
「では早速だが本題だ。レフィリア殿といったね、これを使ってみるといい」
そう言って白マントの男は懐から、手のひらに包めるくらいの大きさをした、七色に輝くクリスタルのようなものを取り出した。
「……それは?」
「とっておきの魔力結晶だ。秘蔵の品だが頑張った君に使ってもらいたい。きっと手助けになってくれるだろう」
白マントの男が差し出した結晶をレフィリアが受け取ると、手に取った瞬間からものすごい魔力が彼女の身体に流れ込んでくるのを感じ取る。
(嘘ッ?! 何これ――!)
レフィリアが戦いで負ったダメージがみるみる回復していき、完全に全快の状態――いや、むしろ普段よりも何だか調子が良くなっている。
しかもレフィリアには、彼女自身にかかっていた“短時間に同じ技が使用できなくなる制限”も解除されたことを認識できた。
今ならもう一度、ディスペルライトを使用することが可能だ。
「す、すごい! 一体、何なんですかコレ?!」
レフィリアは受け取った結晶へ視線を落とす。
手の平の上のクリスタルは今では虹色ではなく無色になっており、しばらくすると空気に溶けるように消えてしまった。
「ごほっ……ごほっ……!」
途端、後ろの方から誰かが咳き込む声が聞こえてくる。
それはなんと賢者妹であり、どうやら心停止の状態から回復して、息を吹き返したようである。
来てからすぐに蘇生を成功させた黒マントの女に、サフィアは感服したとばかりに頭を下げる。
「お見事です。さぞや名のある魔導士さまとお見受けしますが」
「いえ、そのような……でもお役に立てたのなら何よりです」
「よ、よかった……本当に……」
賢者妹が生き返ったことを目にして、レフィリアはつい涙を流しそうになる。
「さあさあ、感動に水を差すようで悪いが君にはまだやるべき事があるだろう」
すぐ隣から白マントの男に声をかけられ、レフィリアはハッとする。
「これ以上余計なケガ人が出る前に、もう一度あの光でみんなを元に戻してあげるんだ」
「ありがとうございます! ――では!」
レフィリアはステージの中央で光の剣を掲げると、精一杯の魔力を込めて刀身を光り輝かせた。
「ディスペル・ライト――ッ!」
今度は先ほどの倍ほどの時間をかけて、視界を白く塗り潰す閃光が放たれる。
数秒経って光が消え去ると、ついさっきまで騒がしかった筈の会場内は一気に静かになった。
「……この様子だと成功したようだな」
「ああ、俺の頭痛もきれいさっぱり無くなったぜ」
地獄から解放された会場の光景を確認して、ルヴィスと若旦那は満足そうに頷いた。
「本当に助かりました。何とお礼を言ったらいいか――」
レフィリアは光剣を仕舞いながら、先ほど七色の結晶を渡してくれた白いマントの男の方を向く。
しかし白いマントの男も黒いマントの女も、いつの間にかその場からいなくなってしまっていた。
「あれ? あの人たち、一体どこに……」
「さっきまですぐ傍にいた筈なのですが……」
サフィアも賢者妹を抱きかかえながら、今まで隣にいた黒マントの女を探すが姿は一向に見当たらない。
「あの二人、一体何者だったんだ? 結果的にすごく助けてもらったが……」
訝しむルヴィスにレフィリアも同意して頷き、先ほどクリスタルを受け取った手のひらをじっと見つめる。
「名前すら聞いてあげることが出来ませんでした。何にせよ、次会うことがあったら絶対にお礼を言わないと……」
今宵はこれ以上、サンブルクで惨劇が起きることはなかった。誰かが血を流すことも、傷つけられることもない。
魔王軍の兵士たちも、エリジェーヌがいなくなったことを知ると特に抵抗を試みることもなく、速やかに街から撤退していった。
平穏を取り戻したとまでは言い難いが、街を支配していた悪魔を退け、ようやくサンブルクに元あった静かな夜が戻って来たのである――。