アイドルは異世界の女悪魔の話⑤
「この部屋、中央の床に魔法の罠があります。引っかからないよう視覚化しますね」
賢者妹が指で床に何やら文字のようなものを刻むと、突然部屋の中央が激しく光り出して、そこから半径5メートル近くある物々しい紋様の魔法陣が出現した。
その光景に若旦那は感心したように、賢者妹の肩へ手を乗せて彼女を褒める。
「ほー、コイツぁ危なかったなぁ。俺じゃあ絶対に気づかず引っかかってたぜ」
「今のも“魔審眼”というので判ったんですか?」
レフィリアの問いかけに賢者妹は振り向きながら頷く。
「はい、しかもコレはかなり高度な術式かつ恐ろしい罠です。この魔法陣の上に乗ると、生き物は一瞬でどこか遠くへ転送されてしまいます」
いうなれば強制的な転移装置。
いくら便利で万能に思える魔法であっても、物体をすぐに別の場所へ飛ばすなど簡単に行えることではないだろう。
そんなものを容易く設置できるとなれば、よほど実力のある魔導士なのであろうが、レフィリアが思い当たるのは――。
『――お、まさか誰も引っかからずにバレるとは予想外でした』
途端、聞き覚えのある男の声がどこからか聞こえてきた。
『ですが残念でした。実はこの部屋に入った時点でアウトなのです』
すると床に刻まれている筈の魔法陣がすーっとレフィリアたち一行の足元までスライドしてきて、ちょうど彼女らの真下まで移動したのだ。
「ちょっ――」
反応するも時すでに遅く、レフィリア以外の四人は一瞬で彼女の周りから姿を消してしまっていた。
レフィリアが慌てて周囲を見回していると眼前にいつか見た、貴族風のコートを着込んだ骸骨姿の男が現れる。
「やあ、お久しぶりですねレフィリアさん」
言うまでもなく、それはゲドウィンであった。
紳士風に柔らかい物腰で挨拶する彼に、レフィリアは声を張り上げる。
「ゲドウィン……! なぜ、貴方がここにいるのですか?!」
「そりゃあ勿論、貴方に城を追い出されちゃったからですよ。今はエリーの厚意でここに居候させてもらっているのです」
この事態は流石に予想外ではあったが、考えられないことでもなかったとレフィリアは心の中で猛省した。
考えてみれば六魔将は同じ組織に属する仲間であり、他の支配者が管理する場所にいたとしても何ら不思議ではない。
しかしよりにもよってこの男がエリジェーヌの留守を守っていたとは、最悪の展開である。
「――皆さんを何処へやったんですか?」
「まあまあ、落ち着いて下さい。お連れの方々はまだ無事な状態ですよ。……今は、ですけどね」
キッと睨みつけてくるレフィリアを満足そうに眺めながら、ゲドウィンは余裕な佇まいで顎に指をあてた。
「しかし思った通り、貴方だけは転移しませんでしたか。これもやはり、貴方に備わった“G.S.A.”によるものなんでしょうかねえ」
「G.S.A.……?」
何それ、といった表情のレフィリアを見て、ゲドウィンは予想外とでも言いたげな仕草をする。
「おや、ご自身でも知らなかったのですか? 転移後に情報を与えられなかったのですかねえ……」
ゲドウィンはとんとんと自分の胸を指で小突きながら語り始める。
「――Given Special Ability. 貴方も僕もその他の方々も、この異世界に転移した者はみんな、何かしらの特殊能力を与えられています。――まあ、その手の作品でいういわゆる“スキル”とか“チート”とか言われているアレですよ」
「はあ……」
「この際だから教えてあげてもいいでしょう。たとえば僕は《オプス・マグヌム》という能力を持っています。これは魔法を使う上で、本来なら必ず守らなければならない法則や基盤を無視して魔法行使できる力なんですよねえ」
――《オプス・マグヌム》
あるいはアルス・マグナ、偉大なる術、大いなる業とも。
ゲドウィンが保有するG.S.A.であり、この魔法方面に発展した異世界における“魔法を扱う上でのルール”をことごとく度外視した魔法行使、魔力運営を可能とする。
たとえば無詠唱やノーアクションによる極大魔法の発動、質量や属性を無視した物質の錬成、他人の行使する魔法や魔道具、魔法で作られた生き物や魔力で動作する存在に強制介入する技術、自身のスペックやスケールによらない大召喚など、魔法で出来ることは多義に渡る。
つまり端的にいえば魔法で可能なことは、大抵が簡単に行えてしまうのだ。
全能でこそないものの万能に近い、とにかく何にでも応用が利く力なので、おそらく異世界の住民たちにとって最大かつ最悪の結果を生み出す能力となるであろう。
「レフィリアさん、貴方の魔法や飛び道具、その他の異能を無効化できる鉄壁の防御能力もまた、貴方が授かったG.S.A.だと思いますよ。これは別に僕が勝手に考えた造語ではなく、専門用語でそういうものだということを覚えておいてください」
「……ご教授どうも。ですが今はそんなこと、どうでもいいです」
レフィリアは光剣をゲドウィンに向けると、コンマ一秒後には全身を解体するとでも言わんばかりの冷たい殺気を向けながら、静かに問いかけた。
「もう一度だけ聞きます。皆さんを何処へやったのですか」
「ああ、そういえばそうでしたね。――お連れの皆さんは今、エリジェーヌがライブを行っている闇の神殿へとお連れしましたよ」
「ッ――?!」
レフィリアの驚いた表情に、ゲドウィンはニヤニヤと笑っているかのような雰囲気の視線を向ける。
「もし僕なら彼らを人質にして貴方に揺さぶりをかけるのですが、これは他ならぬエリーの意向でしてねえ。貴方たちの襲撃について僕が知らせたらこうしてほしいと返事をもらったので、あちらへと送らせていただきました」
言いながらゲドウィンは何のアクションもなく、頭上に畳より大きな横長の四角い鏡を出現させると、そこにある光景を映し出した。
そこにはライブ会場である闇の神殿のステージに突然移動させられ、戸惑っている仲間たちの姿が見受けられる。
『はーい、皆さん! 突然ですけど、今夜は特別ゲストをご招待しましたー! 彼らはなんと、今留守中の私の城に攻め込んできた勇敢な冒険者さんたちでーす!』
鏡のモニターからは、エリジェーヌの楽し気な声が聞こえてくる。
『そしてなんと、今度はこれから更にすごーいゲストが来てくれるかもしれません! 今日は素敵なサプライズのスペシャルライブですよぉー!』
エリジェーヌの言葉を受けて会場からは観客たちの大歓声が沸き立つ。
これは本当に拙い。
彼女のペースを乱す筈が、逆にこちらが翻弄される最悪の結果となってしまった。
しかし動揺している場合ではない。
一刻も早く、仲間が送られてしまった闇の神殿へと急がなければ……!
しかし、レフィリアの目の前には以前戦った六魔将の一人であるゲドウィンがいる。
いくら彼の魔法攻撃がレフィリアに効かないとはいえ、こと妨害に関してはこれ以上ないほど何でもアリな厄介極まる能力だ。
一体何をしてくるのか判ったものではない。
「ふふふ……行ってあげてください。貴方の邪魔をしないようエリジェーヌにも言われていますので」
だがレフィリアの想像と異なり、ゲドウィンは何もしてこなかった。
レフィリアは警戒しながらも踵を返すと、すぐにその場から姿を消して走り去る。
背後から魔法で追撃されることも、途中で罠が発動したり通路が塞がれることもなかった。
信じられないことだが、本当に見逃してくれているようである。
「さて、僕はここからゆっくり、エリープレゼンツの惨劇を観戦させていただこうかな」