男の正体と異世界で挑む者の話②
「――それで、魔王軍の要塞は今、ここからどのぐらい先の地点にいるのです?
先ほどまでそこにいたと言うのなら勿論、拠点の所在について知っているのですよね?」
「ええ、デモンニグルはこの街からだとだいたい北東の方角、向こうに見えるゴラル山脈をずっとずっと何百――いや、何千キロも先に進んでいったところを飛んでいました。厳密には浮かんでいたといった方が正しいのでしょうけど……」
レフィリアは、ちょうど自分たちが機竜で丸二日かけて移動したゴラル山脈のある方向を見つめながら、そのように答える。
その距離は同じ国の領土とはいってもけして近いものはなく、他所の国を跨いで移動するのと殆ど変わらない規模の長さ。
しかも道中における環境の過酷さは地上だろうが上空だろうが、さして変わりはしないのである。
彼らがどんな手段で目的地へ向かおうとしているのかは知らないが、そう簡単に辿り着けるものではない。
「魔王軍の要塞があった地点はゴラル山脈でも最高峰、つまりはかの有名なナローノベル山かと思われます。彼らの行動を見るにまだ暫くそこから動くつもりは無さそうですけど、ここからだとはっきり言って非常に遠いですよ」
レフィリアの説明に隣からサフィアが補足説明を入れる。サフィアとしては叔父の仇である彼と話などしたくはないのであるが、さっさと会話を切り上げてこの街から離脱したいが為に仕方なく答えたといったところだ。
「ふむ、やはり山の方ですか。首都の方にこれといって何も無かったので、何となくそんな気はしていましたが」
「しかしナローノベル山……となると、確かにものすごく遠いですね。気候も環境も劣悪な山脈地帯をこれだけの距離、追跡移動するのは正直憚られます。中途半端なプランで侵入すれば最悪、ワタクシたちが遭難しかねませんし」
魔法で地図を手元に取り出してはすぐに凡その位置を測ってそう答えるロズェリエ。すると彼女は急に何かへ思い至ったかのように、ふとサフィアの方を見た。
「そういえば、そこの貴方。先ほど貴方は要塞の位置について語った時“彼らの行動を見るに、暫くそこから動きそうにない”と言っていましたね。もしや魔王軍は、山脈の奥地に留まって何かの作業をしている、という事でしょうか?」
「まあ、そんなところですね。おそらく連中がそこから更に遠くへ行くことはないんじゃないですか?」
サフィアにしてはかなりドライで冷たい口調の返しであったが、ロズェリエは如何にも慣れているといったようにそんな事は全然気にせず、今聞いた情報を整理するように思案を巡らせる。
「そう……であればこちらは無理に後を追わず、逆にここで準備をしながら要塞が帰路についている最中を待ち構えた方が宜しいのでは?」
「待ち伏せからの強襲ですか。まあ、明らかに面倒で骨の折れそうな山中移動で消耗した挙句、要塞へ辿り着くよりはそちらの方がまだマシでしょうね。正直、あまりダラダラしたくもないのですが――」
「いや、魔王軍に攻撃仕掛けたいんだったら悠長にしてる暇ないんじゃないの? アイツら、山の中からなんかすっごいもの掘り出して、それで世界征服しようとしてるみたいだけど」
急にジェドが肩を竦めながら喋った内容に、ロズェリエとカリストロスの注目が一気に彼女へと集まった。
「ちょっ!? 何、余計な事教えちゃってるんですか!?」
賢者妹に慌てて小声で突かれ、ジェドはしまったといった表情で思わず口を手で抑える。
「げっ、ゴメン!? つい……」
「何ですか、その話は? わざわざ口にした以上は、詳しい話を聞きたいところですね」
慇懃な話し方ながらも、あからさまに圧の籠った口調で詰め寄るカリストロスへレフィリアが取り繕うように割って入る。
「あー……、ええと、魔王軍は今、山に大穴を開けて何かを発掘しているみたいなんですよ。それが何なのかは私たちも詳しくは知りませんけど、世界を容易く支配できる大いなる力が云々、とかいう風に魔王は話していました」
挙動不審気味に少し早口で話してしまったレフィリアをカリストロスはとても胡散臭そうに見つめながら目を顰める。
「大いなる力ぁ? ……なんとも荒唐無稽な話ですが、奴らもお前たちも嘘をつく理由は無いでしょうしね。しかし六魔将共、こんな最果ての僻地まで遥々何をしに来たのかと思えば、まさかそんな事を企んでいたとは……」
「むしろ、あの大それた魔導城塞はその目的の為に建造したのではありませんか? その、大いなる力とやらを取り込み扱う為のいわゆる“箱”の役割として」
ロズェリエの意見に、確かにそうかもしれない、とカリストロスは納得するかのように小さく頷く。
「しかし、そうであった場合どうしますか、カリストロス? もし今の話の通りなら、魔王軍が力を増してしまった後だとまず間違いなく、貴方の復讐はより困難になってしまいますけど?」
「チッ……最悪の場合、あの空中要塞の腹下から核弾頭でもぶち込む算段も考慮に入れなくてはいけませんか……そうなってはもはや、自暴自棄でしかないですが」
カリストロスが漏らした核という単語に、レフィリアだけがピクリとして思わず驚いたような反応を示した。
当然、他の者たちはその言葉の意味を理解できていないので流してはいたが、まさかそんな恐ろしい奥の手まで持っているのか、とレフィリアとしてはより警戒せざるを得なくなってしまうからである。
とはいっても、今のカリストロスにそんな真似は到底不可能。言うなれば強がりを口にしただけに過ぎない。
それにその手段が可能だったところで、その後の彼はたとえ万全でもしばらく行動不能になってしまうので、結局は相手側を完全壊滅させるには至らないのである。
「――それで、結局お前たちはこの街で何をしていたというんだ?」
するとルヴィスがこちらばかり質問されるのも適わない、とばかりにやや投げやりな様子で声を上げる。相対してしまった以上、聞くべきことは一応聞いておくつもりなのだろう。
「見ての通り、ここは廃れきっていて補給地点としての価値は薄い。まさか魔王軍に敵対していると見せかけて実は関係を結び直し、転移させられた俺たちを油断させてから襲おう……とでも考えてるんじゃないだろうな?」
「はあ? 何を馬鹿なことを言っているんですか、トンチンカンな物言いにも程がありますよ」
カリストロスは頗る呆れたかのような顔と口調でルヴィスへと返答する。
とはいっても、ルヴィス側もカリストロスの発言を引き出す為に“わざと”そのような内容を喋ったのであるが。
「私たちがここで何をしていたかなど、いちいち説明しなくとも大方の予想はできるでしょう。我々は魔王軍の空中要塞を追跡し続けている。であれば人間の街に立ち寄る理由など、その為の準備をするくらいしかありません」
「とはいっても、本当にこの街は何も無いに等しかったのでやれる事なんて高が知れてるのですけどね。昔は大国の首都だった場所が出涸らし以下にまで落ちぶれるとは、何とも嘆かわしい事です」
そうなった原因は紛れもなく魔王軍のせいだろうが、とルヴィスは思ったが流石にそこまでは口にも顔にも出さなかった。
もし込み上げてきた腹立たしさを露わにしてしまっては、望まぬ戦闘に発展し兼ねない。そうなっては元も子もなくなる。
「……ひとまず、ここは見逃してあげましょう」
お互いに話す事も思い浮かばなくなったのか、数秒の沈黙が流れたところで、お開きとばかりにカリストロスが告げる。
「私も無駄な時間と体力は使いたくないですし、お前たちの情報提供に免じて今回も特に手は出しません。どの道、聖騎士の命を奪うのは魔王軍と大方のケリをつけてから、と決めているのでね。ですので、さっさと失せなさい」
「だそうです。貴方がたもこんな街に用なんて無いでしょうし、彼の気が変わらないうちに早く立ち去った方が身の為ですよ」
むしろさっさと消えろ、とばかりにカリストロスはシッシと片手をレフィリアたちへ振る。
「相変わらず、いつも偉そうな態度の二人組ですよね……」
ムッとした表情でボソッと小声で呟いた賢者妹であったが、そんな彼女を諫めるようにジェドが肩へ手を置いた。
「まあまあ、とりあえず戦いにならないで済んだのなら今はそれでいいじゃん」
「ええ、それより今は追撃の方を警戒すべきです。追手が差し向けられる前にすぐこの街から離脱を――」
「残念、その追手はもうとっくに到着しちゃってるんですよねえ」
「「――――ッ?!!!」」
突然、頭上から聞こえてきた若い男の声に、その場にいた全員がその方向を慌てて向く。
カリストロスとロズェリエが出てきた宿屋の屋根の上、なんとそこには厭らしい笑みを浮かべた黒衣の男、スレイアがいつの間にか佇んでいた。




