望むらくは異世界で逆転する話⑤
「……何ですって?」
「私も前に先輩方から幾らか情報提供を受けましたが、かの聖騎士は相手の再生能力や不死性を無効にして殺しきるような、特技なり特性なりを有していると聞きます。そんな危険と判っている相手の必殺技を我らの召喚者でもある陛下が食らおうとしていたあの状況は“大事”ではなかったのかと聞いているのです」
ここに来て、ズケズケと物怖じせずに発言してきたスレイアに対し、ゲドウィンは表情の無い髑髏の眼窩から赤い単眼の光をゆらりと輝かせる。
「……大事か否か、と問うのであれば、まずそんな事にはなり得ないね。だってそうならないように、僕は魔王さんへ“特別な措置”を施している。何たって魔王さんは六魔将全員の致命的な急所に他ならない。そんな最重要存在に万全な対策を講じておくのは当たり前じゃないかな?」
「それは当然です。ですが100%、絶対に危険を凌げるとも限りませんよね? 何かの不条理や不具合で万分に一の、最悪な確率を引く可能性だってあり得る。だとすればそんな事態をより避ける為に、念の為でも陛下へ及ぶ危機は取り払って然るべきだと思いますが」
「……つまり、きみは何が言いたいんだい?」
「おや、それを口にしても宜しいのでしょうか? でしたら答えさせていただきましょう。――貴方の言葉は、私に余計な事をしやがって、と文句を言っているように聞こえるのです」
そのように述べた後、スレイアはここに来てその眠っているかのような細い目を少し開いては、まるでジロリと覗き込むかのように正面からゲドウィンを見つめた。
「確かにゲドウィン殿が本気で講じた仕掛けであれば、たとえあの聖騎士といえど、けして突破は出来なかったのでしょう。その点においては私も貴方を信頼しております。ですが、ゲドウィン殿――そもそも貴方は、魔王陛下にどのような“特別な措置”を施したのですか?」
「――――――」
まるで部屋中の空気が少しずつ失われているのでは、と錯覚するくらいに息苦しい、荒んだ雰囲気が謁見の間を支配していく。
下手をすれば取っ組み合いの喧嘩どころか、殺し合いにでも発展し兼ねないような危うい険悪さの中で、互いに表情へ現さずともジッと睨み合う黒衣の剣士と骸骨の魔導師の両者。
半分以上は自分の話をされていると判っている魔王も、二人が放つ静かながらも凄まじい殺気においそれと口を挟む事が出来ず、ただ成り行きを見守る有様になっている。
「はいはーい! 二人とも、それ以上の言い合いはストーーーップ!」
だが、その空気に耐えきれないとばかりに、半ば無理やりにエリジェーヌが大きな声を上げては二人の間へと割って入った。
「だいたい、二人が話してる内容よりも先に対処しなきゃいけない事があるでしょ! スレイア君のあの術で、レフィリアちゃん一行が何処に飛ばされたのか! それを特定しないと!」
「……確かに、それもそうですね。今はそちらの方がどう考えても優先です」
「……そうだね。こんな“くだらない”話に時間を費やしている場合でもなかった。悪いね、エリー」
ゲドウィンの口調にはまだ苛立ちのようなものが残っていたが、それをあえて無視してエリジェーヌは話を進める。
「メルティカちゃん、レフィリアちゃんが今何処にいるのかってメルティカちゃんの気配感知で判ったりする?」
「すみませんけど、今の私に分かるのは彼女のいる方角と、後はかなり遠くまで飛ばされたという事だけです。私の感知能力は一定以上の範囲から対象が離れると、方角のみの認識で距離は測れなくなってしまうので」
頭から竜の角を生やしたメルティカは既に捜索対象であるレフィリアの位置を走査してくれているようであったが、どうも彼女が識別できるレンジ外にまで標的は飛ばされていってしまったようである。
「少なくとも、ゴラル山脈の範囲内に聖騎士レフィリアがいない事だけは確かです」
「マジかー……てことは、相当遠くまで転移したって事だよねぇ。下手したら別の国にまで行っちゃってるかも。まあ、それでもコンパスみたいに方角さえ判別できるのなら、反応を追っていけばいつかは辿り着けるか――」
「いや、彼女らは単独で高速飛行できる手段を持っている事が今回、判明したからね。そんなに遠くまで離脱された状態だと、そう簡単には追いつけないと思うよ」
「あ、そっか。レフィリアちゃんたちって、なんかメカっぽいワイバーンみたいな乗り物に乗ってきてたもんね。アレで飛び回られたら流石にちょっと手こずるかな……」
困ったように髪を掻いてエリジェーヌが言った後、スレイアが一歩進み出る。
「でしたら、私がすぐに追跡へ赴きましょう。聖騎士レフィリアを転移させたのは他ならぬ自分ですし、何より私は遊撃要員。きちんと責任を果たしてみせま――」
「よい。無理に聖騎士レフィリアを追う必要はない」
するとそこで、今まで黙っていた魔王が厳格な態度で口を挟んだ。
「魔王陛下? ですが……」
「確かに、かの聖騎士は脅威ではあるが、この霊峰に眠る“力”を手に入れてしまえば、それも取るに足らなくなるのであろう? であれば、余計なリスクを払って捜索に人手を割くより、こちらでの作業に専念した方がずっと建設的ではないか?」
「それは、そうでありますが……」
「スレイアよ、お主の責任感が許さぬのも解るが、そもそもお主は死に掛かった状態から復帰したばかりと言うではないか。であれば、今はあえて養生に務めよ。病み上がりでの無理が祟って肝心な時に全力を出せないとなっては、そちらの方が愚かではないか?」
「……承知致しました。陛下がそのように仰られるのであれば」
スレイアは魔王へ恭しく礼をしては、半歩後ろへと引き下がる。
「聖騎士レフィリアの捜索は行わない……であれば、今回の件はこれにてお開きという事だね。だったら僕は自分の作業へ戻らせてもらうよ。少しでも仕事を早く終わらせる為にね」
そのようにゲドウィンは告げると誰の返事も待たずに背を向けては、転移魔法によって謁見の間から姿を消し、立ち去ってしまった。
そんな彼の様子に魔王は難しい顔をしながらも無言で済ませていたが、エリジェーヌの方はやれやれと肩を竦めては疲れたようにため息をつく。
「あー、ゴメンねえ、スレイア君。ゲド君も普段はあんな嫌な感じじゃないんだけど、なんか今日は虫の居所が悪かったみたいでさ」
「いえ、私の方も先輩に対する態度が良くなかったですからね。気を遣っていただいて申し訳ない」
「いいのいいの、私は身内同士の仲違いなんて真っ平ゴメンだからさ。まあ、あまり喧嘩にはならないようにしてね」
二人がそんな会話をしている中、メルティカはジッとゲドウィンの立っていた位置を未だに見つめ続けては、眉間に皺を寄せて訝しむような表情を浮かべていた。
(ゲドウィンさん、まさかとは思いますけど貴方は……)




