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望むらくは異世界で逆転する話④

「えっ、どうして……!?」


 ちょうど人類側と魔王軍側の観客席を二分する位置にて、手摺に足を乗せては器用に直立してこちらを見ているスレイアの姿に、レフィリアは信じられないといった顔で息を呑む。


 その彼は、どう観察しても負傷や不調の様子は一切見受けられず、外見上だけの判断ではあるが完全に快復しきっているように思えた。


 ――おかしい。彼は確かにモースカヴァの街にて、この手で仕留めた筈だというのに。


「何故、貴方が――」


「ハロー、そしてグッドバイ」


 レフィリアは唐突な復活を果たした彼の謎を問いただそうとするも、その前にスレイアが片腕を突き出しては一言何かを喋ったところで光の隔壁が更に激しく輝き出し、彼女の声は虚しくも遮られてしまった。


「レフィリア! 何か来るぞ!?」


 正体不明ではあるが、異常極まりない不穏な予兆を感じ取ったルヴィスがそう叫んだ瞬間、目の前の壁が視界を塗り潰すほどまでに眩い閃光を放つ。


「――――ッ!!!?」


 途端、レフィリアとルヴィス、そして彼女らの後ろの観客席にいた他の仲間達も含めて、人類側の陣営全員が一瞬にしてその姿を消してしまった。


 それどころか、壁を隔ててレフィリアたちがいた側の景色が何も無い真っ暗な虚空の景色へと移り変わってしまったのである。初めから、壁の向こう側には“何も無かった”かのように。


「これは……!? 僕が作り出した空間そのものを切り取って、他所へ強制転送させたというのか……!?」


 ここにきて、今まで落ち着き払っていたゲドウィンはスレイアが見せた所業に、初めて困惑したような様子を見せては立ち上がって声を震わせた。


 そんな彼のことなど露知らず、結果的にレフィリアの必殺剣を食らわずに済んだ魔王はスレイアの方を向いて声を掛ける。


「おお、スレイアよ。お主のお陰で、もしもの大事に繋がらず済んだ。今のは流石の我も正直、肝を冷やしたのでな、礼を言うぞ」


「至らぬ我が身には勿体ないお言葉です、陛下。私は臣下として当然の事をしたまでですよ」


 わざとらしいくらい仰々しい所作と立ち振る舞いでスレイアは頭を下げると、如何にも真面目ぶった口調でそのまま魔王へ話しかける。


「かの聖騎士とその一行は、私の術にて遥か遠方へと空間ごと瞬間転移させました。本当ならば皆殺しか人質を残すべきだったのでしょうが、何分突発的な事態でしたので……咄嗟の対処故にそこまでの配慮が叶わず申し訳ありません」


「いいや、よい。先の働きだけでも十分過ぎる仕事ぶりだ。魔王の窮地を救ったとして、後に褒美でも取らせてやろうではないか」


 内心ではだいぶヒヤリとさせられた心情を落ち着ける為、半ば無理やりにでも傲然かつ上機嫌そうに振舞う魔王に対し、頭を上げたスレイアはいつもの胡散臭い笑みを浮かべては言葉を返した。


「光栄に御座います。それはそうと陛下、もし宜しければそろそろ普段の姿へお戻りになられては如何でしょうか? この戦闘用空間は私が無理やり術で介入してしまったので、もうじき自壊し、消え去ってしまうかと思われます」


「ふむ、そうなるとこの図体では天井に頭をぶつけるどころか、玉座を自分で潰してしまうかもしれぬな。分かった、ではいつもの姿へ戻るとしよう」


 スレイアの話を受け入れ、魔王はその巨大な身体を一旦煙のように散らしてしまうと、そこから再び壮年の男の状態となって地上に現れた。


 その直後、まるで夢から覚めるように一瞬で円形闘技場コロシアムの景色が元の謁見の間へと切り替わり、魔王とスレイア、そして他の六魔将の三人が同じ場所へと集うことになる。


「――魔王様、お身体の具合の方は大丈夫でしょうか?」


 玉座のすぐ近くに集合して開口一番、心配そうに尋ねたメルティカへ魔王は落ち着いた表情で頷いてみせた。


「うむ、特に肉体の異常は感じない。あの勇者めに命を二つくれてやる羽目になったが、蘇生レイズはきちんと働いている。いたって健康そのものよ」


 言葉通りにこれといって不調なところは無さそうな魔王の様子に、メルティカは安堵したように小さく息をつく。


「それにしてもスレイア君。君にあんな芸当が出来ただなんて、正直驚いたよ。まさか僕の作った異次元世界バトルフィールドを空間ごと切除してしまうだなんてね」


 すると、メルティカと違って主君である魔王のことなど微塵も気に掛けず、急に話を振ってきたゲドウィンの言葉を受け、スレイアは形だけの陳謝をするかのように軽く頭を下げた。


「いえ、それ程大した術では御座いません。アレはあくまで限定的に一定範囲内の対象を無理やり別の座標へ弾き飛ばすだけのもの。強引な力技ゆえに転移先はどうしてもランダムになってしまいます。ですから聖騎士一行を排除自体は出来たものの、何処へ行ってしまったのかまでは残念ながら不明なのです」


「いやいや、謙遜することはないよ。君がやったのは単なる強制転送ではなく、言うなれば世界の切り分けだ。でなければ、あの聖騎士レフィリアを無理やり転移させるなんて真似は叶わない。明らかに超抜級の魔法か異能力に分類されるよ」


 ゲドウィンは言葉の上だと称賛を述べているのだろうが、その声色には何か皮肉めいた白々しさというか、どうにも圧のようなものが感じられた。


「呪法でしたらともかく魔法分野は私の専門外ですので、先ほどの術は私に備わった特殊能力の応用、といった感じに解釈していただければと。その為、魔法のように細かい調整や改良は利かず、汎用性にも乏しい」


 しかしそれに気づいていないのか、それとも全く気にしていないのか、スレイアもまた慇懃な調子で気圧されることなく返事をする。


「ですが、あらゆる方面の魔法に長けたゲドウィン殿であれば、私の術と同じような事象を発生させる事など造作も無いのではないでしょうか? 私がやった事など、そう驚かれたり褒められるような内容でもないかと」


「まあねえ、そりゃあやろうと思ったら出来はするよ。やる必要が無かったらやらないけどね」


「おや、あの状況において“やる必要”は無かった、と?」


 どこか厭らしい口調で答えたスレイアにゲドウィンはあえて無言で返し、なんとも居心地の悪い不穏な険悪さが少しずつ漂い始める。


「――ところでスレイア君。話、変わるけど君、今まで一体何処に消えてたのかな? アクアポリスで聖騎士レフィリアに手傷を負わせて以降、ほぼずっとデモンニグルに出戻りしてたかと思えば、今回の一大イベントへの招集で急に音信不通になるし。そのくせ今頃になって、突然現れたりするし」


「ああ、その事ですか……いやあ、実は私、数日前にモースカヴァで聖騎士一行と交戦しちゃってですねえ。その時に下手を打って危うく死に掛かってしまったので、暫く身動きできなかったのですよ。連絡できずに申し訳ありません」


「えっ!? そうだったの!?」


 知らなかったと驚きの声を上げるエリジェーヌの方を向いて、スレイアは頷く。


「はい、たまたま市内を訪れていた聖騎士一行と遭遇しましたので、街中の魔獣人ウェアビースト化させた住民をけしかけつつ襲撃を掛けたのですが……どうもあの聖騎士、以前戦った時よりも格段にパワーアップしていたんですよね。それでみっともなく返り討ちにあってしまった、という訳です」


「なるほどねぇ……確かに私も直接戦ったから解るけど、今のレフィリアちゃんってなんか明らかに強くなってるもん。さっき魔王ちゃんにぶっぱしてた必殺技を見たってそうだし」


「ううむ、よもやそんな事があったとはな……ところでスレイアよ、モースカヴァは魔獣人ウェアビースト用の実験場に利用していた筈だが、被害の程度はどのくらいにまで及んだ?」


「残念ながら、ほぼ全滅ですね。連中、鬼神の如き無双っぷりで徹底的に掃除していきましたので」


「それって実験体の住民全員に特攻同然の指示を命じたからそうなったんじゃないのかい? あの聖騎士相手に無策で集団突撃なんて、自らミキサーに飛び込むようなものだよ」


 これ見よがしに腕を組みながら、まるで嫌な先輩や上司のようにネチネチとした雰囲気でゲドウィンは呟く。


「第一、聖騎士レフィリアがこのロスタリシア国内に侵入していると分かった時点で、いきなり攻撃なんか仕掛けずにまずは本部こちらへ一報入れるべきだったんじゃないのかな? 確かに君は現状、単独で動いている遊撃隊長みたいなものだけど、それでも最低限の報連相は必要だよ」


「ええ、それについては実際に我が身への手痛い負傷という授業料を支払いましたので痛感しております。以後は気を付けるように致しますので」


「是非、そうしてもらいたいね。まあ、今回はメルティカさんがデモンニグルに滞在してて彼女の接近に気づいてくれたから良かったけど、もし感知できずに懐まで忍び寄られたら、何かの厄介な邪魔をされていたかもしれない。特に現状のデモンニグルは大切な工程のピークに入ってるんだから、万が一のアクシデントで大事おおごとにならないよう気を配らないと」


大事おおごと……ですか。確かにその通りですね」


 ポツリとそう口にした後、スレイアは何かを思い出したかのような、どうにも演技臭い仕草でゲドウィンの方を見る。


「そういえばゲドウィン殿。差し出がましいようですが、つい先ほどの魔王陛下が聖騎士レフィリアに斬られようとしていた事態は“大事おおごと”ではないのですか?」

お陰様で昨日、更新400ページ目を超えることが出来ました。


これも日々、ご閲覧してくださる皆様がいらっしゃってのことです。心から本当に感謝致します。


今後も精一杯頑張っていきますので、どうかよろしくお願い致します。

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