無職青年が異世界に降り立つ話④
――魔王が召喚の儀式を行った廃城。
その中の一室にて、古びたテーブルを囲むようにして魔王及び召喚された六人が立ち並んでいた。
テーブルには魔王の持ち物であるこの世界の地図が置かれ、とりあえず魔王から幾つか説明を受けた後である。
魔王の隣に立っている、紺色の軍服を着た長い黒髪の男が、心底馬鹿にするかのような目で魔王を見た。
「――呆れました。手下が一人もいないどころか、城すら持っていない。それなのに、自分は魔王などと偉そうに名乗っていたのですか」
「ぬうぅ、勇者に敗れるまでは配下も大勢いて、巨大な城も持っていたのだ……」
「でも、今は無いのでしょうが」
「面目ない……」
とてもばつが悪そうに魔王は目を伏せる。
「まあまあ、魔王さんがのっぴきならない状況に陥ったからこそ、僕たちはこうやって異世界転移を体験できたんだ。そう追い詰めるのは可哀想だよ」
信二の向かい側に座っていた、髑髏の男が優し気にそう宥めた。
魔王としては、あまりフォローになっていないので複雑な心境であろうが。
「それはそうと、今更だけど自己紹介し合わないかい? 魔王さんのことはそれなりに分かったけれど、召喚された僕らはお互いの名前すら知らないからね」
髑髏の男の提案に皆は快く頷いたが、信二だけはどこか嫌そうな顔をしていた。
どうも、この髑髏の男が自然な流れで全体を仕切っているのが気に入らないらしい。
「あまり、馴れ合うのは好きじゃないのですが。我々が纏まって行動する必要もないでしょう」
「まあ、そう言わないで。それでも名前くらいは知っておいた方がいいでしょう?」
「そうだな。我も諸君らの名が知りたい」
会話に便乗してきた魔王に対し、信二はキッと睨みつける。
――実は、召喚された者達は異世界で活動するためのキャラクターとしての名前を持っている。
そして同時に、自分の本名や個人を特定できるような情報については、自動的に記憶を阻害されて思い出せないように制約をかけられているのである。
「では、言い出しっぺの僕から。――僕の名前は、ゲドウィン」
――ゲドウィン。
深緑色をした西洋貴族風のコートに、豪奢な羽根つき帽子を被った、顔が骸骨の男。
眼窩の暗闇の中にはぼうっと赤い光が一つ、モノアイのように妖しく光っている。
「魔法全般が得意ですが、格闘はどうも苦手っぽいです。種族は見た目通り、アンデッドですね。気軽に話しかけてくれると、嬉しいですよ」
ぱちぱちぱち、と信二以外のその場にいる全員が髑髏の男、ゲドウィンに拍手をする。
次に、とにかく一番騒がしかったゴスロリの少女が手を挙げた。
「はい!じゃあ次、私行きます! 私の名前はエリジェーヌです!」
――エリジェーヌ。
黒と赤の派手な色合いをした、ゴシックロリータかつパンクロックな衣装を着た十代の少女。
ミニスカートにニーソックス。ちょこちょこ各所に肌の露出が見える、なかなかに際どい服のデザイン。
ワインレッドの長い髪がストレートに背中の辺りまで伸びており、可愛らしいリボンもつけている。
眼はオッドアイで、琥珀のような金色と蒼海のような青色の瞳。因みに健康的な肢体でスタイルも良く、胸もわりと大きい方だ。
「斬り合いも魔法もどっちもいけます! 因みに種族は悪魔です!仲良くしてくださいねー!」
とても悪魔とは思えないようなにこやかな笑みで、エリジェーヌは自己紹介を終える。
次にがしゃりと全身甲冑の騎士が前に出た。
「では、次は俺ですかね。俺はオデュロというものです」
――オデュロ。
全身をいかめしくもスタイリッシュな、真紅のプレートアーマーに包んだ騎士。特に肩の辺りが特徴的でゴツイ。
顔面もフルフェイスヘルムに覆われているが、ちょうど目の辺りの細いスリットから金色の眼光が覗く。
「魔法はからきしですが、その分白兵戦には自信がありますよ。あと種族は首無し騎士のデュラハン……じゃなくて、首どころか中身全部空っぽな甲冑の化け物です。コンゴトモヨロシク……」
鎧の騎士が下がり、今度は隣にいたメイド服の少女が一礼して紹介を始めた。
「改めて、初めまして。私の名前はシャンマリーと申します」
――シャンマリー。
黒い生地と白いエプロンのメイド服を着た、小柄でスレンダーな少女。女性三人の中では、最も背が低く、見た目も一番幼く見える。
髪はプラチナブロンドで、肩までゆるくふわっと伸びている。そして目元には赤いフレームをしたアンダーリムのメガネをかけており、瞳はエメラルドのような碧眼。
そして背中には何故か、日本刀のようなものを背負っていた。
「私の能力は暗殺向きですので、直接正面から戦うのは得意ではありません。種族は――厳密には違いますが、アラクネのようなものです。これから宜しくお願いしますね」
そう言ってシャンマリーが微笑んだ後、次は少々表情の硬い鎧の少女が話し始めた。
「私はメルティカといいます」
――メルティカ。
漆黒のドレスを覆う形で、暗紫色の武骨な騎士鎧を纏った少女。
髪はきれいな銀髪をサイドテールにしており、ついでに赤いメッシュがかかっている。
そして、瞳はまるでルビーをはめ込んだかのような美しい赤色であった。
「竜騎兵です。種族は……バンシーなんかの、死を司る妖精に類するものです。えっと、宜しくです」
五人の紹介が終わり、最後に今まで拍手もせず感じの悪い雰囲気を放っていた信二に自己紹介の順番が回ってくる。
「あ、自己紹介お願いしてもいいですか?」
黙りこくっている信二に髑髏の男、ゲドウィンが促すが、信二は軽くため息をつくと全員を見回した。
「――先にも言いましたが、私は仲良しごっこをするつもりは特にありません。ですので、自分の得意分野や種族といった情報も公開はしません」
軍服の男の態度に、今まで和やかだった空間が何とも気まずい空気に変わる。
「ですが、私の名前くらいは教えておいてあげましょう。私の名は――カリストロス・カリオストロ」
――カリストロス・カリオストロ。
濃紺色の軍服を着用した、肩ほどまである長い黒髪をした長身の青年。
頭には軍帽を被っており、腰には短剣を装備している。
軍服のデザインは、色以外はナチス親衛隊のものによく似ている。
魔王も含め、男性陣の中では一番背が低いが、それは他の連中が大柄なだけで、彼本人もまた軍人らしいがっちりとした立派な体格をしていた。
もちろん、信二も自分の名前やそれに繋がるような個人としての情報を思い出すことが出来ないため、自身に与えられたカリストロスというキャラクターとしての名前を名乗っている。
「当面は、この身に与えられた役割通り悪として振舞い、魔王の代わりを務めようかと思っている。――くれぐれも邪魔だけはしないように」
信二、もといカリストロスの話が終わり、数秒ほどの沈黙が流れる。
各々、呆気に取られていたり、もしくは引いていたり。魔王に至っては、何か言いたげな表情で押し黙っている。
だが、ゲドウィンは思い出したかのようにすぐ拍手をして、場の空気を元に戻そうとした。
「どうもありがとう。自分の情報をどこまで教えるかは個人の自由なので、名前だけでも全然OKですよ」
「でも、何でこの人だけ苗字まであるんだろう。私は名前だけしか設定されてないよ?」
ゴスロリの少女、エリジェーヌが不思議そうに述べる。
「――あ、もしかして自分でつけた?」
「うるさいですよ」
カリストロスはほんの少しだけ顔を赤くする。実際、その通りだったからだ。
「カリストロス・カリオストロ……長いなぁ。もうカリカリ君とかでよくない?」
「人を猫の餌かアイスキャンディーみたいに呼ばないでいただきたい」
失礼な女だ、一発弾丸でもぶち当ててやろうか、とカリストロスは思った。
エリジェーヌ本人に全く悪気はないのだが。
「無駄話はもういいでしょう。話を本題に戻します」
そう言って、カリストロスはまたもや冷ややかな目で魔王の方を見た。
「この魔王とやらは、城どころかまともな拠点もないのに我々を呼びつけました。このままでは、雨露を凌げるだけの薄汚い廃墟にホームレスとして過ごすこととなります」
「ぬう、とりあえず戦力を確保してから近隣の村なり町なりを襲撃しようと思っていたのだ……」
魔王は気まずそうに視線を逸らす。
「時間さえ貰えれば、この廃城でも僕が拠点として改造したりすることはできるけど?」
「こんな廃墟をわざわざ改築までして住むつもりですか? やりたければ別に止めはしませんが、私はごめんですね」
ゲドウィンの提案をカリストロスはくだらないと一蹴する。
この魔導士にどこまでの事が出来るかは未知数だが、これ以上あまり活躍させたくないのがカリストロスの本音の部分だ。
「かといってそこの魔王の言うように、周辺の村を襲うとかいう、ちんけな盗賊みたいな真似をするつもりもありません」
「じゃあ、どうするっていうのよ?」
「私は、私に相応しい城を自分の実力で手に入れる。――魔王、今いる場所から一番近い国の都市はここですね?」
カリストロスは、テーブルに広げられた地図の中のある地点を指差す。
「む? ああ、グランジルバニア王国の城塞都市カジクルベリーだな。そこには国王のいるブラムド城がある――まさかお前」
「王城ですか、いいですね。私の最初の城に相応しい」
カリストロスは満足気に笑い、指を顎にあてる。
「ここを新たなる魔王城にしましょう」
「いいや、待て。ここは何かある度に祝いばかりしているような平和ボケした都市だが、保有している戦力自体は世界でも上位に入る程だ。いくらお前といえど――」
異を唱えようとする魔王に、カリストロスはやれやれと首を振る。
「何も馬鹿正直に城壁の外から殴り込もうなんて思ってません。国の中枢機関である城を一気に落としてしまえば、それで済む話です」
「それが簡単に出来れば苦労は――まさか、出来るというのか?」
魔王の問いに、カリストロスはしたり顔で笑った。
「――ええ、出来ますよ」
◇
カリストロスは詳細を語らぬまま、廃城の外へと出た。
後ろからは、魔王を含め他の連中もぞろぞろついてくる。
「一体、何をしようというのだ?」
聞いてくる魔王に答えようともせず、カリストロスはぱちんと指を鳴らした。
すると突然、頭上からブロロロロロという騒音とともに、強い風が巻き起こった。
「――なっ、何だこれは?!」
上を見上げた魔王が狼狽する。
全員が頭上を見ると、そこには一機のヘリコプターがホバリングしていた。
「コイツでその城までひとっ飛びしてきますよ」
いつの間にかカリストロスが呼び出したのは、AH-64E アパッチ・ガーディアンという攻撃ヘリコプターだった。
これは空飛ぶ戦車とも呼ばれる重装備、重装甲のヘリであり、機首下にM230 30mmチェーンガン、パイロンにはヘルファイア対戦車ミサイルとM261ロケット弾ポッドを搭載している。
最高速度は時速270キロ、航続距離は機内燃料だけで490キロメートルも移動できる。
「うわーっ!カリストロス君こんなものまで出せるのー? 超かっこいいねー、このヘリ!」
「俺も自衛隊のイベントで戦車は生で見たことあったけど、軍用ヘリはないなぁー。ミサイルいいなぁー」
「男子二人がテンション上がって喜んでますねぇ」
生のアパッチに興奮しているゲドウィンとオデュロを見て、シャンマリーは微笑ましそうにしている。
「カリストロス君! 後で乗せてくれない?!」
「嫌ですよ。では私はこれからグランジルバニアとやらの城を落としに行きますので」
「待て、カリストロス! 確かに空からなら城壁を超えて城まで向かえるだろうが、あちらにも対飛竜などを想定した弓や魔法の部隊がいるのだぞ?!」
魔王の忠告も意に介さず、カリストロスは頭上でホバリングしているアパッチに直接飛び乗る。
「心配には及びません。どの程度の戦力がいるかは知りませんが、私の能力も作戦もこれだけではありませんから」
カリストロスは上機嫌に空の上から全員を見下ろした。
「では、貴方がたは好きにしていてください。ですが、先にも言った通り私の邪魔だけはしないように。――それでは」
そう言うと、カリストロスはアパッチを発進させ、あっという間に空の彼方へと飛び去ってしまった。
今まで爆音のように轟いていたヘリのローター音が次第に遠くなっていき、ヘリ自体の影も小さくなっていったところで魔王はため息をつく。
「ヤツは一体何をしようとしているのだ……」
「気になります? 何だったら私が見に行ってきましょうか?」
魔王の顔をエリジェーヌが隣から覗き込んだ。
「何? お前は――エリジェーヌだったな。あれについていけるのか?」
「できますよー、私飛べますのでー」
すると、エリジェーヌの背中からバサッと悪魔の翼が勢いよく生えた。
「多分、アイツのヘリコプターの何倍も速く飛べますよ私」
「そうか、ならば……これを渡しておこう」
魔王は空間を歪ませるとそこに手を突っ込み、丸いレンズのような物を取り出した。
「――コレは?」
「悪魔のモノクルだ。これをお前がかければ、見た光景を我々もこの鏡を通して、遠くから見ることが出来る。因みに音声もある程度、拾えるぞ」
そう言って、今度はすぐ傍の空間から丸くて大きな鏡を魔王は出して見せた。
エリジェーヌは魔王からモノクルを受け取り、まじまじと眺める。
「へぇー、すごーい。魔王ちゃんって、なんか未来から来たお友達ロボットみたいだねー」
「ロボット……? 何だそれは?」
「ま、アイツにばれないよう魔法で迷彩かけながらゆっくりついてきますんで。あとアイツが危なくなったら一応回収もしてきまーす」
そう言いエリジェーヌはモノクルを一旦仕舞うと、一気に上空へ急上昇して、去って行ったヘリの方角へと飛んで行ってしまった。
「……ヤツが返り討ちにあったら、いっそのこと放置してきてもいいのだがなぁ、ううむ」