罠と急襲と異世界の魔の手の話④
「――竜煌、メルティカ……ッ!」
樹林の奥から堂々と姿を晒しつつ余裕に満ちた態度でゆっくりと歩いてくるメルティカの姿に、ルヴィスたち全員がその方向を凝視しては思わず息を呑んだ。
そんな彼女の様子をよく観察すると、袖から覗く右手だけが黒い鱗に覆われた、竜の皮膚のような厳つい形状になっている事に一同は気づく。
おそらく先ほど飛んできた暴風の塊は、可憐で華奢な少女に似つかわしくない、その凶悪な爪から放たれたのであろう。
「おいおい、このお嬢さんもさっきの悪魔っぽい姉さんと同じ、六魔将だってのか……背丈はあんなちっこいのに、まるで超弩級のドラゴンを相手にしてるような重圧感があるぜ」
竜呪血晶により肉体に竜人の特性を備えたハンターはどこか潜在的、本能的な部分で目の前にいる少女の恐ろしさを実感する。
それもその筈。彼は知る由も無いが、眼前の少女はあらゆる竜種を統べる竜皇特権の所有者――どころか、それそのものが形を得た存在なのだから。
とにかく常に気を張っていないと屈してしまいそうなその悍ましさに、ハンターは何とか身震いしそうなくらいに湧き出てくる恐怖に似た感覚を表に出さないよう抑え込む。
「まさか、二人目の六魔将まで出て来るとは……!」
「しかも、よりによってコイツが……!」
これまでの戦いで因縁ばかり植え付けられてきた賢者妹が、恐れと憎悪の入り混じった声色で彼女を忌々しく睨みながらそう呟く。
それを受けて、ある程度まで近づいてきたメルティカは立ち止まると、肩を竦めながら小さく息をついた。
「私が出てきたことがそんなに意外でしたか? ここには魔王軍の拠点である移動要塞――デモンニグルがいるのですよ? だとすれば、幹部である六魔将が何人現れたところで不思議ではないでしょう」
「確かにそれはそうだけどさ……」
「ちょっと待て。今、デモンニグル……とか言ったか? それがあの、山の上に浮いているお前たちの拠点の名前か?」
ルヴィスに問われ、メルティカは小さく頷く。
「ええ、あれこそが私たちの最大拠点である居城。偉大なる魔王陛下が御座す、貴方たち人類にとっては攻め落とさねばならない最終攻略対象ともなります」
「やはり、あの要塞の中には本当に魔王がいるのか……」
「それが分かっていたからこそ、遥々こんな最果ての地までやってきたのではないですか? それとも、あくまで偵察が目的でしたか? まあ、どちらにしても――」
メルティカは憐れむような目でルヴィスたちを見据えながら、竜化させている方の片手をこれ見よがしにヒラヒラと振る。
「こうして私たちに捕捉されてしまった時点で一巻の終わりですが。残念でしたね、貴方がたが山脈の範囲に入った時点で聖騎士レフィリアの気配から正確な位置を特定できましたので。ですからこうして、わざわざあのような罠も用意して待ち構えてあげたという訳なのですよ」
「……なるほど、エリジェーヌが言っていたレフィリアの気配を探れるヤツというのは、お前のことだったのか」
「おや、エリジェーヌさんがそんな事を? まあ、知られて困る事でもないのでいいですけど」
「それで、レフィリアさんがエリジェーヌを追撃しに行っている間に私たちを狙いに来たという事は、こちらを捕縛してお得意の人質作戦を続行するつもりという事ですか?」
サフィアの物言いに、メルティカは鼻を鳴らす。
「その認識でも別に構いませんよ。私としてはそんな回りくどい手を使わずとも、総出で真っ向から潰した方が手っ取り早いとは思っていますが……何やらゲドウィンさんや魔王陛下には考えがあるようですからね。無理に反対する理由も無いので、それに従います」
「考えだと……?」
「要するに、貴方がたの何人か――特に蒼髪の貴女は、殺してしまわないよう拘束しなければなりません。一気に全滅させていいのならずっと楽なのですけど、手加減しなければならないのは少しばかり面倒ですね。……といっても、全員生かしておく必要はありませんが」
そう言っては、もうお喋りも終いだと告げるようにメルティカは冷ややかな目でルヴィスたちを射竦めた。
そんな彼女の殺気が強まったことを感じ取り、一同は戦慄から震え上がりそうになるも、何とか堪えては覚悟を決める。
「――いいだろう。確かに俺たちはお前にとって虫けら同然か、それ以下の雑魚なんだろうが……一寸の虫にも五分の魂、という。あまり舐めてかからない事だ」
「面白くもない愚かしい冗談を言いますね。また詰まらなくて小賢しい策でも弄するつもりなんでしょうが、そう何度も通用すると――」
「スパークルソードッ!」
途端、ルヴィスはラスターソードをその場で突き出すように掲げると、剣の刀身から視界を真っ白に塗り潰すような凄まじい閃光を生じさせた。
それだけでなく、同時にサフィアも目を瞑りながら魔法結晶を取り出してはメルティカのいる方向目掛けて投げつけ、それを彼女の眼前にて破裂させる。
「――フリジットフラッシュ!」
クリスタルが空中で弾けた瞬間、眩い閃光に混じって局所的に冷凍光波が発生しては、至近距離にてメルティカを包み込むように拡散していった。
その魔法攻撃はカンタビレ墳墓での魔導師型ガーディアン戦にて、ジェドがクリスタルメイカーにて封じた氷属性上級魔法。直撃を受ければ巨躯を誇る魔獣であろうと退くの一片、血の一滴まで即座に凍り付かせる強烈な威力だ。
だというのに、完全なノーガードで食らった筈のメルティカは髪の一本、衣服の裾に至るまでほんの少しも凍結しておらず、無意味としか思えない行動に涼しい顔をしながらもため息をついた。
ついでにフラッシュバン以上の強光を直視してもメルティカは目を閉じるどころか眩しそうにすらしていない。というのも、彼女にとって強いだけの閃光など、単に視認性が多少悪くなるだけで視力そのものが潰される事はないからだ。
「――何をするかと思えば、目晦ましからの奇襲ですか。策と呼ぶには雑にも程がありますよ」
そう言い捨てた後、メルティカは竜化させた片腕を軽く薙ぐ。
すると先ほどよりも威力と範囲が上乗せされた、巨大な鉄塊が突っ込んでくるのと同威力の暴風と衝撃波をルヴィスたちに向けて撃ち放った。
「そうはさせるかよッ!」
しかしメルティカが反撃してくる事を予想して身構えていたハンターは賺さずパーティの最前列へ飛び出すと、籠手を装備した左腕を突き出す。
そして前方に最大出力、かつ最大範囲で光の障壁を出現させては、メルティカの放った風の塊を防ぎにかかった。
何十トンもの衝撃が生じる暴風の直撃を受け止めるもそれを辛うじて散らし、ハンターは何とか完全に攻撃を凌ぎきった――が、今の一発で光盾はすぐさま消滅し、魔喰いの籠手に貯蔵していた魔力は見事に空となってしまう。
だが、僅かでも彼が稼いだ時間はけして無駄にはならなかった。
ハンターのお陰で無事に済んだ後方の仲間達、その中でも賢者妹とジェドが、予め用意しておいたクリスタルをその場で解凍する。
「――リインフォース!」
「――エクスパンション・エンハンスキャスト!」
その支援魔法によって、パーティ六人全員の全ての身体能力が即座に大幅強化された。今、発動させたこの“リインフォース”による最上位強化魔法は事前にコメットから使ってもらった魔法をジェドの手でクリスタル化させたもの。
また、ついでに同時展開した詠唱短縮化の全体魔法により、味方全員の魔法発動における起動時間も更に素早くなって、より連続した魔法行使が可能となる。
早速その影響を受けたコメットが自身の中の魔力を練り上げながら、魔封じの十字杖を掲げて賺さず呪文を唱え始めた。
「神鋼の盾の如き、堅固たる守護を授からん――アイギスシールド!」
詠唱後、六人全員の身体がハニカム状のラインがうっすらと見える、七色に輝く光の膜に包まれた。
これは個人に付与する防御系魔法でも最上位に位置する超級強化魔法であり、一定時間の間ではあるが術を施した対象に、極めて強力な対物理、対魔法、対呪詛、対変化、対異常、ダメージカットといった様々な機能を有する魔力鎧を纏わせて保護するもの。
仲間たちがそれぞれ息の合った動きを見せては自分の役目を果たし、メルティカを相手取る為の戦闘準備がいよいよもって完了する。
「では行くぞ、竜煌メルティカ!」
遂に攻撃を開始すると発破を掛けるようにルヴィスは威勢よく叫び、手にしたラスターソードの刀身を強く輝かせながら大きく振り被った。




