北国で潜む異世界の昏き牙の話③
「――これは……ッ!」
レフィリアが宿屋から外へ出ると、既に数十メートル離れた街の向こう側から、変貌した亭主と同じ見た目をした人狼らしき獣人が複数、人間を遥かに凌ぐスピードで接近してきているのが見えた。
そのどれもが身体に人間の衣服を身に着けており、宿の亭主と同様に人間の状態から変身したのだろうということが推察される。
路面は全て雪で覆われているというのに、人狼たちは少しも足を取られたりするような様子は無く、機敏な動作で一気に距離を詰めてはレフィリア目掛けて群がってきた。
「エリアルスライサーッ!」
しかしレフィリアはすぐ傍まで寄って来られる前に、光剣をぶんと振り回しては風の刃が織り交ざった衝撃波を放ち、十数体もの人狼たちを巻き込んでは木っ端の如く吹っ飛ばす。
「グランドディバイダーッ!」
続けて即座に光剣を地面へ叩きつけてはその光圧で積雪ごと石畳を隆起させ、正面から突撃してくる人狼の群れを纏めて蹴散らした。それによって、襲いかかってきた獣人たちの数が一気に減らされる。
するとまだ遠くにいて生き残っている獣人の一人が、如何にも狼らしいよく響く遠吠えをあげ始めた。それに応えるように、また数人の獣人たちが同じような遠吠えを返す。
(……ッ?! 何かするつもり……!?)
重なり合う獣人の奇妙な遠吠えに、レフィリアは思わず警戒して慎重にその動きを見定めようと追撃せずその場に留まった。
ところがその後、獣人たちは更に近づいてくるどころか、むしろ一目散に走り去ってはそのまま逃げていってしまったのであった。
「逃走した……? 勝てないと思って撤退したのかな……?」
攻撃の手が呆気なく止んで、感じられる敵意が無くなっていったことでレフィリアは構えていた光剣を降ろす。
「レフィリア!」
「レフィリアさん!」
すると後ろの方から、起きてきた仲間たちが全員、武装した状態でレフィリアの傍へと駆け寄ってきた。
「ルヴィスさん! みんなも揃っていますね!」
「ああ! しかし思ってもみない事態になったな、まさか人狼が宿の亭主に化けていた……加えて、街中にこれだけの数の人狼が入り込んでいるとは……!」
「はい、しかも襲って来た人狼たちのどれもが人の服を着ていました。おそらくは全て、同じように人間から変身したのではないかと」
「怖いですね……ライカンスロープの変身能力は幻術や魔法によるものではないので、私の魔審眼では看破の対象外です。視ただけでは正体を暴くことは出来ません……」
「もしやこの街、統治や管理する魔族がいないんじゃなくて、今の紛れ込んでいる人狼が裏から支配してるんじゃねえのか? パッと見は人間が細々と生活しているように見せかけつつ、他所からノコノコ寄って来た人間をこうして襲ったりなんかしてよ」
ハンターの意見に、ルヴィスは何とも難しそうな顔をする。
「だとすればマズいな。もし俺たちの正体まで露見してしまうと、魔王軍から刺客を呼ばれかねない。ここは敵側の陣地な上に、俺たちの目的はあくまで偵察だからな」
「だったら、すぐにでも街の外へ逃げた方がいいんじゃないの? どの道、こんな所で呑気にまた休む訳にも行かないでしょ?」
「私も同意見ですわ。人狼なら鼻も利くでしょうし、何より機動力がある。こと追跡能力に長けていますから、早いうちにこの場を離脱するべきです」
「それもそうですね。だったらすぐにでも――ん?」
再び、先ほどまで認識していた敵の気配がまた復活しだしたのを感知し、レフィリアは咄嗟にその方向へと顔を向けた。
そちらは人狼たちが撤退していった方角であったのだが、なんと人狼たちは更に数を増やしては軍勢となってレフィリアたちの元へ再接近してきており、しかもその手にはさっきと違って様々な武器が握られていた。
「ちょっ!? あの人狼たち、逃げたと思ったら仲間を呼びに行ってた訳!?」
「まあ、そりゃそうだろうな。一度、正体を現した以上は大人しく引き下がる訳もねえ。――しかしあの犬コロ共、今度はいっちょ前にしっかり武装してきてやがるぞ!」
ハンターの指摘に、レフィリアたちは迫ってきている人狼たちの状態をよく確認する。
「――ッ! 皆さん、気を付けて! あのウェアウルフたちが持っている刀剣ですが、ただの武器ではありません!」
すると賢者妹が叫んで注意を促し、その言葉にルヴィスは眉を顰めた。
「ん? ただの武器じゃないとはどういう事だ?」
「あのウェアウルフたちの武器は、そのどれもが何らかの魔法効果を帯びています。私たちの装備に比べれば大したことはありませんけど、あの大人数です。けして侮らないようにしてください!」
――そう。人狼の集団が手にしている武器は、呪いを付与する剣、麻痺と猛毒を与える槍、体力吸収効果のある血濡れの斧、石化を生じさせる矢を放つ石弓などと、どれもが嫌らしい魔法特性を備えていた。
魔審眼によってそれを見抜いた賢者妹は、たとえ状態異常対策が万全とはいえ、仲間達に一応の用心として警告を訴える。
「オーケー、嬢ちゃん。不意の一撃に注意だな。……しかし人狼っつーのは、身体能力に優れていて思った以上に立体機動的な動きをする。なるべく建物の傍じゃなくて、開けた場所で戦った方がいいぜ」
「やけに具体的な忠告だが、実際にやり合ったことでもあるのか?」
ルヴィスから訊かれ、ハンターは鼻を鳴らして答える。
「まあ、昔ちょっとな。別にアンタだって著名な冒険者なら、獣人を相手にするくらい初めてって事もねえだろ?」
「無論だ。――よし、ならば下手にこちらから出向いたり散開せずに、ここで近づいてくる敵を迎え撃った方が賢明だな。ある程度の広さがあるここでなら、突然建物の影から飛び掛かって来られる可能性も低い」
「でしたら前衛組が陣形を組んで迎撃態勢を取り、後衛組が支援を――」
「危ないッ――!」
途端、レフィリアは光剣を掲げると半透明の透き通った広域防御障壁――ブロードシールドを発生させて仲間全員を瞬時に包んだ。
すると急に斜め後ろの方向から十発近い白色光線が飛んできて、半球状のバリアがそれを全て逸らしては消し去ってしまう。
「……ッ!? 今のは、フリーズレイ! 遠距離からの魔法攻撃か!?」
ルヴィスが叫び、冷凍光線の集中放火が襲ってきた方角をレフィリアたちは慌てて振り向く。
その先には少し離れた位置にある高い建物の屋根に上った、フードを被ったコート姿の人狼たちが魔杖を片手に数人ほど集まっていて、レフィリア一行を狙っている状態が確認された。
「チッ、まさか魔法を使える連中までいやがるとか、コイツは厄介だな……!」
「だとしたら、今いるような開けた場所は敵側に取って狙い撃ち放題だ。仕方ないが前衛は固まらずにある程度、散開せざるを得ないぞ!」
「先ほどのフリーズレイ、結構それなりの威力でしたからね。鎧があるとはいえ横槍を無視してノーガードで受けるのは、なるべく避けたいところです。――私たち前衛組は各自出ていきますので、レフィリアさんはそのまま後衛組のガードをお願いします!」
「了解です!」
(しまった……咄嗟にブロードシールドの方を使っちゃったけど、これならセイントギフトの方が良かった……! でも発動させちゃった以上は、虎の子の防御術技をどっちも使い切る訳にはいかないし……)
自分がその場から動けなくなる上に決まった範囲しか守れないブロードシールドよりは、各々がある程度自由に動けるまま同じ防御効果を発揮するセイントギフトの方が現状では有効だったと、レフィリアは自身の技の選択ミスを内心悔いる。
だが貴重かつ消費魔力の大きい防御術技を今更間違ったからと変更してかけ直す訳にもいかない。技発動後の使用待機制限もある以上は、今使っている技の効果をなるべく活かして乗り切るしかないだろう。
「矢は俺ちゃんには効かねえから、弓持ちの処理は任せな! 兄妹二人は突撃してくる近接の相手を頼むぜ!」
「承知した!」
ブロードシールドを展開しているレフィリア以外の前衛三人が敵の迎撃に向かい、分かれて障壁の範囲から外へ飛び出る。ひとまず動き回って接近してくる敵を迎え撃っていれば、余程のことが無い限り魔法による砲撃を食らう事もない筈だ。
その予想通り、散り散りになった前衛ではなく固まっているレフィリアたち四人に向けて、再びフリーズレイが何発も降り注いできたのだが、それらは全部バリアに阻まれていった。
しかしこの防御壁も発動してから30秒程度しか持たないので、すぐに攻撃を仕掛けてきている敵への対処を行う必要がある。
「……ッ! あの魔法を撃ってきているウェアウルフの持っている杖……あれって、“凍てつく月の魔杖”なんじゃ……!?」
魔力を巡らせて視力を強化し、遠方から爆撃じみた氷属性魔法を連射してくる敵の集団を改めて視認した賢者妹は、そのように言い放った。
「えっ!? それって僕の義手の部品に使われた、あの氷の魔杖のこと……ッ!?」
「はい、間違いありません。あの杖の形状はまさしく同じものかと……おそらく、私たちがドライグ王国で手に入れたものと一緒で、魔王軍に量産化された遺物のレプリカです!」
「そっか、だったらこの魔法の威力と連射速度も頷けるな……模造品とはいえ、あの杖は素人にでもプロの魔導師並みの力を与えられる機能があるから!」
「難儀ですわね。私たちの時代の道具が魔王軍側でも使われていて、しかも量産配備されるくらい出回っているだなんて……」
「魔杖の性能自体は改造したこちらが上ですけど、数がいる以上は馬鹿になんて出来ません。――とにかく、撃たれたからには撃ち返します!」
そう言って賢者妹は自身の魔杖を差し向けると、体内の魔力を高めながら急いで呪文を唱えた。
「業火の炎弾、ファイアボムレイン!」
魔杖の効果も相まって、素早く発動した炎属性の上級魔法――広範囲を破壊しつくす炎の球が無数に、魔法を撃ってくる人狼たちに向かって飛んで行く。
一発一発が家屋を木っ端微塵に吹っ飛ばしては焼き尽くすだけの強烈な火力を備える爆裂火球の連弾が、高速で人狼たちがいる場所へと辿り着き、逃げる隙すら与えない。
――ところが、着弾して爆風を撒き散らす筈の火の球は人狼たちに触れるほど近づいた瞬間、急に形を崩しては解けるように単なる火属性のマナへと霧散してしまった。加えてその魔力は、即座に人狼たちの身体へと吸い込まれていった。




