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魔王令嬢と異世界転移者の裏話①

 これはまだレフィリア一行がエスターニャ国へやって来る以前の話。サンタマリオの街にて。


「――おい、調子はどうだ?」


 街一番の貴族が所有する大きな屋敷の地下室で、突然訪れた軍服の男――カリストロスは入室と同時に開口一番そう声を掛けた。


 地下室といってもその部屋は魔法の儀式場や工房として十分機能するだけの広さがあり、実際にそういった用途で扱う為の改造が今では施されている。


 そして部屋の奥にある机で何やら作業を行っていた、長い銀髪の少女――ロズェリエは落ち着き払った仏頂面のまま振り向いてはカリストロスの問いに答えた。


「調子はどう、とは?」


「決まってるだろ。スード・ティンクトゥラとかいうのは、どのくらい出来たかって聞いているんだ」


 今、カリストロスが口に出した“スード・ティンクトゥラ”というのは、彼が空中要塞デモンニグルでのエリジェーヌ戦において服用した飴玉ドロップ状の赤い魔力結晶体のことである。


 現在、カリストロスとロズェリエは魔王軍や仇敵である謎の老人との交戦に備え、住人を洗脳して手に入れた潜伏先の屋敷を拠点に、サンタマリオの街全体及びその近辺から魔力リソースの蒐集と生成を行っている。


 その主な手段は街の住人が寝静まる夜中に吸魂精――光る蛾のような見た目の妖魔――を大量に放ち、花畑を飛び回るミツバチの如く人々から生命力と魔力、そして魂を死なない程度に少しずつ吸い取らせては屋敷の工房へ人知れず持ち帰らせているのだ。


 そして集めた原料を日中に抽出や凝縮といった加工作業を施し、徹底的に弱体化してしまったカリストロスを少しでも支える為の補強材を丹念に用意しているのである。――といっても、その作業の殆どはロズェリエが一人で進めているのだが。


「ああ、アレのことですか。ワタクシの体調ことではなく」


 分かっているくせにわざとらしくそう答えるロズェリエにカリストロスは肩を竦める。


「別にお前、これっぽっちも不調なんかじゃないだろ。元気だと分かり切っているヤツの事を心配したりなんかするか?」


「一応、協力関係にある仲間の事くらい形だけでも気にかけては? しかもこれだけ貴方の為の仕事をこなしてあげているというのに」


「だから、その仕事の成果はどの程度まで進んでるんだよ」


 さっさと自分の質問に答えろとばかりに急かすカリストロスにロズェリエはため息をつく。


「相変わらず自分の都合ことしか考えていないですね……まあ、いいです。とりあえず、このくらいといったところでしょうか」


 そう言って彼女は机の上に置かれた小箱の中から何かを取り出すと、それをカリストロスの手に渡してきた。彼の手のひらには、血のように赤く平たい楕円状の物体が二つ乗せられる。


「はあ? たった二個だけか!? この街に来てから今日で七日は経つんだぞ!?」


 それを目にしたカリストロスは予想を遥かに下回る結果に声を荒げたが、ロズェリエは表情を崩さず冷静な態度のまま受け答える。


「ええ、二個だけです。むしろこのような制限された環境と条件下で、これだけ良質かつ高純度な魔力塊を作って差し上げたワタクシを褒め称えるなり労うなりしては如何ですか?」


「いやいやいや! 六魔将の連中やあのクソジジイとの決戦に備えて、コイツが最低五個は必要って言ったのは他でもないお前だぞ!?」


 渡されたスード・ティンクトゥラを指しながらカリストロスは唾を飛ばしかねない程の剣幕でロズェリエに捲し立てる。


「このペースじゃそれだけ作るのにまだあと一週間以上は掛かるじゃないか!」


「その通りですね。むしろ貴方はたかだか一週間程でスード・ティンクトゥラが五個も錬成出来ると思っていたのですか? 大型魔導器を用いた専用設備がある訳でもないのに? ワタクシでも流石にかの大魔導師のような大それた真似はできません。いくら魔法技術に疎いとはいえ、見積もりが甘いですよ」


「甘いもクソもあるか! そもそもお前の作業のやり方自体に問題があるだろ!」


「はて、問題とは?」


 まるで癇癪を起す子供を相手するかのように、やや挑発的にロズェリエは首を傾げてみせる。


「言わないと判らないのか? いちいち街の人間を生かしたまま、チマチマと魔力を集めるんじゃなくて、死ぬまで一気に纏めて丸ごと吸い上げてしまえばいいだろうが!」


 カリストロスの発言に、ロズェリエは呆れた顔をしながら首を横に振る。


「その事については前にも説明しませんでしたか? そんな派手な魔力喰いじみた魔法儀式を実行すれば、すぐにワタクシたちの居所が魔王軍に露呈してしまいます。それに回りくどいことをしているようで、これが結局一番効率的な方法でもあるのですよ?」


「効率的ぃ?」


 馬鹿を言うんじゃない、と露骨に顔を歪めるカリストロス。


「いいですか? ワタクシが収集しているのは、厳密には魔力ではなく人間の魂。ただ魔力を溜めるだけなら土地のマナスポットを見つけ接続さえすれば、どうとでもなります。まあ、魔力も多いに越したことはありませんが……魂を物質化させたエネルギー体として結晶化させてこそ、魔人である貴方の力をブーストさせる切り札になり得るのです」


 そんな彼へロズェリエは人差し指を立てては説明を続ける。


「なので貴方の言うように手っ取り早く一度で街の住民から魂を絞り上げたところで、幾らか大きなスード・ティンクトゥラが出来上がるだけ。到底、最低目標数の五個分には届きません。だからこそ街の人間が息絶えないようにしつつ、少しずつ魔力や魂を集めているのです」


「メンドクサイな……そんなの、この街だけに拘らず各街や村を巡って片っ端から奪っていけば済む話じゃないのか?」


「それだと返って手間が掛かる上に、いちいち拠点と術式を構築する労力を考えればまず論外です。第一、悪目立ちし過ぎるので悪手も悪手かと」


 物分かりの悪い生徒へ話す教師のような疲れた表情で、ロズェリエは一つ息をついた。


「焦ったところで彼らに太刀打ち出来る訳でないのは、貴方だって理解しているでしょう? それとも今からそのスード・ティンクトゥラだけを持って魔王城へ襲撃カチコミに行きますか?」


「……チッ、分かったよ。じゃあお前はこれでも食ってせいぜい魂集めに励んでくれ」


 そう言うと、カリストロスは後ろ手に隠し持っていた四角く平たい金属製の箱を彼女の作業台である机の上へ雑に置いていった。


「おや、その缶箱は何ですか?」


 するとロズェリエはほんの少しではあるが目を丸くして、彼が差し出した箱をマジマジと見る。何であれ、彼が誰かに物をくれるというのは、それだけで珍しすぎる事なのだ。


 彼から特に説明してくれる様子も無かったので、ロズェリエは机から缶箱を手に取ってはその蓋を開けてみる。


「あら、これはクッキーですわね。もしかして厨房辺りからくすねてきたのですか?」


 缶箱の中には、様々な色や形をした如何にも高級そうなクッキーが幾つも詰められていた。どうせろくでもない、または詰まらないものでも入っているのだろうと予想していたロズェリエは、拍子抜けなくらい普通なプレゼントにむしろ内心驚いてしまう。


 こんな他人への気遣いなど一切出来ないような男が何かを寄越すなど、明日は空から地上へ流星が降り注ぐかもしれない。


「仕方ないだろ。この世界にはポテトチップスなんてないんだから、乾き物が食いたけりゃこんなので我慢するしかない」


「ポテト、チップス……? 何ですか、それ?」


 照れ隠しでもするかのように素っ気ない返答をするカリストロスの放った聞きなれない言葉に、疑問符を浮かべるロズェリエ。彼は度々意味の解らない、おそらく自分が元いた世界のものであろう用語を口にすることがある。


 彼女のそんな不思議そうな反応を目にして、カリストロスはやや引いたような目を向けた。


「そんなのも知らないのか、お前。――って、知ってる訳がないか。えーっと……ジャガイモを薄く切ったヤツを油で揚げた菓子だ」


「はあ、なるほど……ポテトのチップスとそのまま言葉通りの意味なのですね。随分と単純な揚げ菓子のようですが、そんなものが美味なのですか?」


「ああ、少なくともこんな洒落た菓子よりは遥かに美味い。因みに俺はコンソメ味やサワークリームオニオンなんかが好物だな」


 これに関しては完全にジャンクフードやインスタント食が好みの奈浪信二カリストロスの個人的な意見ではあるのだが、それを聞いてロズェリエはちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべては彼を見た。


「ふうん、それでその菓子の代わりに食べていたものをワタクシの分も持ってきてくれたと」


「勘違いするな。味が上品過ぎて喰い飽きたが捨てにいくのも面倒なんで、ここに置いていくだけだ」


 お前のことを気遣った訳じゃない、とでも言いたげに鼻を鳴らしながらカリストロスは乱雑に言い捨てる。


「そうですか。しかしここは菓子だけでなくお茶も一緒に持ってくるべきでしょう。クッキーだけじゃ喉が渇いてしまうじゃないですか、気が利きませんねぇ」


 カリストロスの態度へ意趣返しをするかのように、ロズェリエもまた皮肉めいた笑みを浮かべてはそう言い返す。


「何だと!? 人がせっかく分けてやったというのに……」


「おやあ? ワタクシに差し上げるつもりで持ってきたんじゃなかったのでは?」


 ニヤニヤとしながら顔を覗いてくるロズェリエに、カリストロスはついカッとなっては舌打ちをして後ろを向いた。


「チッ、ウザい女だな……茶くらいお前の便利な使い魔にでも持って来させろ」


 そうして話は終わりだとばかりにそそくさと地下室から出ていこうとする。


「ま、せっかくですからありがたく頂いておきましょう。――ああそれと、別にお返しという訳ではありませんが」


「……何だ?」


 出入り口の扉に手をかけたところで、カリストロスは立ち止まっては再度ロズェリエの方を振り向く。


「ここで一つ、新しい武器オモチャは欲しくありませんか?」

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