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次の異変と異世界の住民達の話②

 ――ブレスベルク。


 鉱物資源の豊富な山脈と広大な針葉樹林帯に囲まれた、シャルゴーニュより北西の大地に存在する国家。


 金属資源と木材、そして何より腕の良い職人に恵まれたこの地域は、世界でも一、二位を争う工業が盛んな国であった。


 その国の人口の割合は人間が約5割、ドワーフが4割、ハーフドワーフが1割といったところである。


 ハーフドワーフは遥か過去に人間とドワーフが争っていた古の時代には迫害の対象であったが、ハーフドワーフが革命を起こして国王となってからは、出生率の低さもあって逆に選ばれた尊き者という扱いになっている。


 そして、そのハーフドワーフである職人の男が一人いた。


 男は国で一番とされるほど有名な金細工師の一家の若旦那であり、父親から頭領の座を継いで仲間を率い、日夜仕事に励んでいたという。


 彼がいつも通り、仕事に勤しんでいた昼下がりの午後、突然それは起きた。


 ――大爆発。


 街中に響き渡った轟音。


 首都サンブルクの住民たちは、鉱山の方で大規模な落盤でもあったのではないか、もしくは貯蔵していた油の倉庫に火がついて吹き飛んだのではないか、とそれぞれ思い、皆が驚いて外に飛び出た。


 しかし違った。


 轟音の正体は、街にあった大きな神殿がたった一撃の魔法で跡形もなく破壊されたものであった。


 そして、サンブルクの澄み渡る青空の上に二人の人影、翼を広げた悪魔と帽子を被った骸骨の姿があった。


 宙に浮かんでいる骸骨がちょっと指を振ると、二人の周囲を囲うようにして空中に6つの拡声器のような形状をした物体が現れた。


 同時に、住民たちが見上げる青空全体に、翼を広げた悪魔の少女の大きな立体映像が投影される。


『サンブルクの皆さん、こんにちはー! いつもお仕事お疲れ様でーす!』


 すると街全体に少女の可愛らしい声が響き渡った。


 住民たちは何事かと、空に浮かび上がる少女の姿を凝視する。


『今日は皆さんに大事なお知らせがありまーす! なんとこの国、ブレスベルクは魔王軍の支配地になることが決定しましたー!』


 その発言に住民たちはざわめきだすが、悪魔の少女は構わず続ける。


『ですが、皆さんはすーっごくラッキーです! なんと魔王軍のために働けるのです! つまり、殺されたりすることはないんですよー!』


 笑顔を振りまきながら上空の少女はそう述べるが、要するにそれは奴隷という労働力としてこき使われることに他ならない。


 少しもラッキーなんてものじゃあない。


 しかしその言葉を聞いた住人たちは全員“何故か”安堵してしまったのである。


「良かった……俺たちが魔族に襲われることはないのか」


「せっかくきれいに復興したのに、また戦いになるなんて真っ平だもんな」


「しかし、空に映ってるあの子可愛いなあ」


 住民たちはほっとした様子でそれぞれ感想を口にしていると、上空に映し出されている少女がにこやかに微笑んだ。


『あっ、今夜はサンブルクの魔王軍征服記念として楽しいイベントを企画してますんで、みんな夜になったら、これから出来る《闇の神殿》に集まってくださいねー。以上、エリジェーヌでしたー!』


 それだけ言うと、空に浮かび上がっていた少女の映像はなくなり、宙に制止していた二人も姿を消した。


 しばらくして、帽子を被った骸骨が魔族を引き連れて、先ほど破壊された神殿の前に現れて何かをすると、その神殿は地響きとともに造り直され、一瞬で別の見た目をした巨大な建造物へと姿を変えた。


 それから夜になって辺りが暗くなるとどういう理屈か、その建物はライトアップされ、街の住民は仕事や家事の手を止めて、全員吸い込まれるようにぞろぞろとその《闇の神殿》と呼ばれた建物に入っていった。


 神殿の中は一体どんな魔法か、外から見た大きさよりもずっと広く、数千から万単位の人間を収容できるキャパシティーで、何かのイベント会場かステージのような形状になっていた。


 イベントスタッフのように働く魔族に促され、サンブルクの住民たちは並んで席についていく。


 そして住民たちがギッシリ集まり終えたあと、だだっ広いステージの中央に、日中現れた悪魔の少女、エリジェーヌが姿を見せた。


 エリジェーヌは手に持っていた大鎌をなんとスタンドマイクに変化させると、笑顔を振りまきながら声を上げた。


『サンブルクのみんな、今日は集まってくれてありがとう! 今夜はみんなが魔王軍の仲間入りをした記念すべき日を祝って、エリジェーヌがライブイベントを開催するよー!』


 会場全体にエリジェーヌの声が響き渡り、派手にライトアップされたりスモークが焚かれるなどの演出がなされると、いつの間にか彼女の周りに数人のスケルトンが集った。


 彼らはビジュアル系バンドっぽい衣装に身を包んでおり、それぞれギターやベースを携えていたり、ドラムやキーボードを前に構えている。


『そんじゃま、とりあえず聞いてください。まず一曲目はこの曲!』


 そう言うとスケルトンたちは一斉に息の合った演奏をし出し、エリジェーヌはアップテンポな曲を歌い始めた。


 ――それは、サンブルクの住民たちが全く聞いたことのない歌であり、音楽だった。


 彼らの培ってきた価値観や語彙力では表現したり形容の出来ない音楽体系。あえて言葉にするならば、“悪魔の曲”としか言いようがない。


 それもその筈。エリジェーヌが歌っているのは紛うことなき“アニソン”だった。


 彼女が元いた世界でアニメ好きを名乗るなら、みんな知っているような知名度の曲を好き勝手に歌っているだけである。


 サンブルクの住民たちにとっては、自分たちの知らない歌を無理やり聞かされているようなものであった。


 程なくして、3、4分ほどの曲を一つ歌い終える。


 本来ならどれだけ歌が上手かろうと、ほぼ確実に滑り散らかして気まずい空気が流れるだろう。


 ――しかし、そうはならなかった。


 歌を聞いた住民たちは数秒の沈黙のあと、まるで酒にでも酔っているかのように激しく興奮し、訳も分からないまま盛大な拍手喝采を送ったのである。


 歌の意味こそ解らなかったが、とにかくとても楽しい気持ちになったのだ。


『みんな、ありがとう! それじゃあ二曲目も盛り上がって行ってみよう!』


 それからエリジェーヌは二時間近くライブを続けた。


 その日からだ、サンブルクの住民たちがおかしくなってしまったのは。

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