無職青年が異世界に降り立つ話③
「――うわっ!? ちょっ、何だ!!?」
奈浪 信二は、突然耳元で鳴った雷のような音と凄まじい光に驚いて目を覚ました。
するとそこは自室のベッドではなく、薄暗い石造りの大広間のような場所であった。
目前には、黒づくめの変な格好をした髭のおっさんが偉そうに立っている。
そこで信二はふと思い至った。
(まさか、本当に異世界転移してしまったのか……?!)
即座に自分の身体を見下ろす。
するとそこには、濃紺色のスタイリッシュな軍服を着た、自分とは思えないような逞しい体つきの肉体があった。
(マジか! すげえ、夢だとしてもヤバいクオリティだ……!)
自分の全身像が見たくて、鏡になるような何かがないか辺りを見回す。
そこで信二は初めて知った。
自分のことに夢中で一切気づかなかったが、自分以外にも他に異世界転移者がいたということを。
信二の後ろには、五人のそれぞれ個性的過ぎる人影が立っていて、各々の状況にそれぞれ戸惑い、驚いていた。
そんなことは露知らず、魔王は荘厳な雰囲気を漂わせながら自らが招いた者達に話しかける。
「よく召喚に応じてくれた。我こそがお前たちを呼び出した主であり魔――」
「わーーーっ! 骨! 骨が服着て立ってる!」
しかし、魔王である、と続けようとした彼の言葉は、一人の女性の甲高い叫び声にかき消されてしまった。
その女性は、スカートの短いゴスロリパンク風の衣装を着た少女であり、隣にいる西洋貴族風のコートを着た、顔面が髑髏の人物を指差していた。
「えっ、骨……? 骨って僕?!」
きょとんとしながら自身を指差す髑髏の人物からは、若い成人男性と思われる声が聞こえた。
「わーーーっ! 骨が動いて喋ったーーー!」
ゴスロリの少女はまたもや髑髏の男を差して、甲高い声で叫ぶ。
うるさい女だ、石造りの広間に声が反響して余計鬱陶しい、と信二は内心思った。
「えーっと……状況がよく判らないのですが……」
表情は判らないながらも、困っていることだけはよく判る仕草の髑髏の男に、今度は全身に甲冑を着込んだ騎士が話しかけた。
「あー、そこに丁度鏡があるので、ご自身の姿を見てみると宜しいかと……」
甲冑の騎士が指差した方向には、何故か都合よく、ひびの入った古い姿見が立てかけられていた。
「鏡? ――うわっ、本当に骨だ! 僕、骸骨になっちゃってるよ?!」
髑髏の男は驚きながら自身の顔をぺたぺた触りまくり、鏡に映った自分を見ながら骸骨と化した顔の輪郭を手でなぞる。
他に召喚された者たちも魔王そっちのけで姿見に寄って集まり、変化した自身の姿を確認しはじめた。
「えっ、ていうか私、可愛すぎる! こんなに綺麗になっちゃっていいの?!」
ゴスロリの少女は姿見に映った自身に感激しながら、きゃぴきゃぴと騒ぎ、くるくるとポーズを決めていた。
背中までストレートに伸びた艶やかなワインレッドの髪が、身体の動きに合わせてしなやかに揺れる。
黒と赤を基調としたゴシックかつパンキッシュな衣装はよく見ると、各所がなかなかに際どく目のやり場に困るデザインだ。
「あ、私ばっかりごめんなさい! 次、どうぞ!」
「僕も自分の姿はよく確認しましたので……」
ゴスロリの少女はそそくさと、髑髏の男はペコペコしながら姿見の前からどいて、他の面子に場所を譲る。
甲冑の騎士はがしゃりと鎧を鳴らしながら振り向き、残りの女性二人に順番を譲った。
「自分は後でいいので、先にどうぞ」
「あら、ご親切にありがとうございます」
黒い生地に白いエプロンのオーソドックスなメイド服を着た、金髪に赤いメガネの少女がにこりと微笑む。
だがもう一人の、黒いドレスに紫の鎧を纏った銀髪の少女が、魔王の方を差して言った。
「ですが、まずはあちらの方の話を聞く方がよろしいかと。どうやら私たちをこの場所に呼んだ方みたいですし」
鎧の少女の助け舟でようやく自分が全員に注目されたことに気を取り直し、魔王は咳払いをすると再度言葉を放った。
「――うむ、我こそがお前たちをこの地に召喚した主である魔王だ。諸君には我と共に人類を攻め滅ぼし、地上を我ら魔族のものとする戦いに協力してもらいたい」
魔王の威厳たっぷりな台詞に対する、一同の返答は気まずい無言であった。
しかしそれも仕方がない。魔の物の身体を与えられたとはいえ、召喚された者達は全員、別の世界の人間なのだ。
(え、私達って悪役側……?!)
(まあ、そりゃあこの見た目じゃ敵の方だよなぁ……)
魔王としては予想外の反応だったので、召喚された者達の態度に困惑してしまう。
「……どうした。何か、問題でもあるのかね?」
「――ええ、ありますね」
その時、魔王の問いかけに沈黙を破って答えた者が一人いた。
それは紺色の軍服を着た、長い黒髪の青年だった。
「貴方が魔王で、私が配下なのが承服できない」
つまり、異世界転移後の奈浪 信二だ。
普段の彼は当然、こんな慇懃な口調ではないが、雰囲気を出すためにわざと演出までしている。
まあ、いわゆるかっこつけというヤツだが。
もちろん、その言葉に魔王は怪訝そうな顔をした。
「ほう、しかしお前たちを召喚したのは、他ならぬ我なのだが」
「知りませんね。貴方が勝手に呼びつけただけであって私が従う義理も義務もありません」
信二は大げさにため息をついてみせる。
「第一、仕事をしてほしいなら、アポイントメントを取るなり事前説明をするなり、常識で考えてやるべき事があるのではないですか?」
これに関しては、詳細を知らされていなかったとはいえ、異世界転移の書類にサインしてしまった信二にも全く非がない訳ではないのだが。
「アポイント……? 何の話だ」
「そんな事も知らないのですか。……まあ、いいです。とにかく私は貴方に従うつもりなど、毛頭ありません」
ここに来て、魔王は内心とても焦りだしていた。
召喚した筈の使い魔に全く制御が働いていないのである。
眼前の連中が自身の味方でなくなった場合、ただただ厄介な第三勢力を自分で増やしてしまっただけになる。
幸い、自らに対して明確に反抗的な態度をとっているのは、この黒髪の優男だけだ。
ここで何としてでも手を打ち、軌道修正せねば。
「それは認めぬ。お前を含め、ここに召喚された者達は、我が世界を征服する為、我に従うものとしての役割で現界しているのだ」
そう言うと魔王は右手の爪を鋭く伸ばし、異を唱えるならばいっそこの場で処断するとばかりに、軍服の男に対して凄んだ。
しかし信二は呆れたように首を横に振る。
「やれやれ、じゃあ私が代わりに魔王をやりますので貴方は地獄で隠居していてくださいよ」
「ほう、貴様がか? 面白い、ならば貴様の力を見せてみ――」
ぱんっ。
甲高い破裂音が一つ、石造りの大広間に響き渡った。
「ごふっ――?!!」
すると魔王の胸部、心臓の位置に穴が開いて勢いよく血が噴き出した。
それとほぼ同時に、口からも大量にせりあがってきた血液を勢いよく吐きだす。
魔王は突然の事態に困惑し、膝を折りながらも眼前にいる軍服の男を見上げた。
軍服の男はいつの間にか、魔王にとって見慣れない何かを右手に握っていた。
「おっそ、魔王のくせに反応すらできないのかよ」
信二は舌打ちしながら、本音の悪態をぼそりと呟く。
彼の手に握られているのは、一丁の拳銃だった。
それも異様に銃身が長い、リボルバータイプのマグナムである。
名称はスーパーブラックホーク。
スタームルガー・ブラックホークという拳銃を更に強化設計したモデルとなる。
比較的、安価ながら使いやすい上に耐久性も高く、何より速射競技用として人気の高いことで知られる。
信二は魔王の眼前にいながら、魔王が反応も出来ない速度でその拳銃を取り出し、心臓を正確に撃ち抜いたのである。
「何だ、それは……貴様、いつの間に出し――!!!!」
瞬間、今度は魔王の眉間に弾丸がきれいに命中したかと思うと、砕けた果実のように頭が弾け飛んだ。
血液と脳漿が飛び散り、頭部の半分がぐちゃぐちゃになって魔王は倒れ、動かなくなる。
「よっわ、これで魔王名乗ってたのかよ」
今までの慇懃な口調すら忘れて暴言を吐き捨てると、信二の手からはまるで手品のように拳銃がすっと消えてしまった。
後ろでは他の面子が、突然の事態に唖然としている――というより、ドン引いている。
「まあ、これで主人を気取っていた魔王(笑)も死にましたので、私たちは自由に――」
「はは、はははは! 中々やるではないか……!」
すると、頭上の何もない空間から、先ほどの魔王の声が響き渡ってきた。
直後、床に転がっていた魔王の死体がどろりと一瞬で溶けたかと思うと煙のように立ち上り、信二の目の前で大きく膨らみだす。
「貴様が殺したのは、あくまで我が人間として活動するための、人型の殻に過ぎん。魔王である我の正体を見せてやろう」
(うわ、まだ生きてたのかよ。だっるいなー)
信二がめんどくさそうにしているのを他所に、大きく膨らんだ煙状の魔王は急に実体を帯び始めると、その大きさから大広間の天井をガラガラと突き崩した。
瓦礫が一頻り崩れた後、そこにいたのは十数メートルの巨大な怪獣のような化け物であった。
巨大な角。鋭利な爪と牙。太く長い尻尾。それでいて、ヘビー級のプロレスラーのようながっしりとした胴体。
どす黒い巨体には、ところどころ紋様のようにマグマを彷彿とさせるオレンジ色の光が禍々しく輝いている。
「おー、第二形態。やはり魔王は変身できるんですねー」
「むしろ、これは光の国の巨人案件なのでは?」
信二の後ろから髑髏と甲冑の男二人の呑気な会話が聞こえてくる。
「喜べ。貴様には、魔王の真の力というものをその身に叩きつけてくれる」
魔王は憎々しげに足元の敵対者を見下ろした。
「――まあ、私の能力のいい実験台にはなるかな」
信二はそう言ってぱちんと指を鳴らす。
すると、信二の周囲の空間が青い光を伴って歪み、そこからにょきりと数本の太くて黒い、ゴツゴツした鉄の棒のようなものが生えるように伸びてきた。
「む?また、何か珍妙な物を――」
それはなんと、ガトリング砲であった。
そして、魔王にろくな台詞を吐かせる暇もなく一斉に発砲した。
「なっ、がああああああ?!!!!!」
周辺に耳をつんざくような凄まじい銃声が響き渡り、同時に怪獣化した魔王の肉体が爆ぜるようにベリベリと削がれ、抉られていく。
信二が出現させたのは、GAU-8という名称の30mmガトリング砲。
アヴェンジャーの異名を持つ航空機搭載機関砲で、その中でも最強の攻撃力を誇るとされる。
本来なら対戦車攻撃に用いられる筈のそれが、毎分3900発の発射速度で目の前の怪獣にぶちまけられているのである。
「あがぁぁっ!! いぎあぁぁぁぁ!!!!」
一発がペットボトルほどの大きさもある弾丸の集中砲火に魔王は逃げることも出来ず、絶叫し苦しみながら死のダンスを踊り、身体をミンチに変えていく。
「うっわあ、えっぐー……」
その光景に、ゴスロリの少女は心底呆れたように目を細めた。
「でも、ガトリング砲って男のロマンだよね」
「解かります。無条件にかっこいいですよね」
「だけど、ゲームとかだとかっこいいんだけど、扱いにくいというか、性能が割に合わないんだよね」
「解かります。結果、あまり強くなくて効率求めると使わなくなるんですよね」
またもや、髑髏と甲冑の男二人による呑気なトーク。
そこにメイド服の金髪少女が口を挟む。
「ですけど、あの周りの空間からにゅきーって武器を出すの、どこかで見たことありません?」
「あ、それ僕も思いました。そんでもって絨毯爆撃とかするんですよね」
「解かります。ぶっちゃけ、俺もそう思ってました」
「実は私もー。でもアレって銃は出してなかったよーな?」
「……いや、皆さん平然と傍観してますけど、止めなくてよいのですか?」
目の前で怪獣が、いきなり現れた重火器の群によって挽肉にされていく凄惨な光景を見ても、特に驚いたりすることもなく、残った者達は思い思いに駄弁ったりしながらその様子を長閑に眺めている。
当人である魔王だけはとにかく混乱していた。
これまで、ありとあらゆる伝説の武器や強力な魔法を跳ね除けてきた強固な肉体が、堅牢な装甲が、障壁を張り巡らす間もなく粉微塵に砕かれていくのだ。
魔王も自身が受けている攻撃が、鋭利な金属の塊が高速で大量に飛んできているだけということは理解していた。
確かに未知にして、驚異的な攻撃ではある。だが、単純な物理現象としてなら、ここまでのダメージを受ける筈はないのだ。
しかし、その理由が判らない。そもそも、それどころではない。
今まで何とか持ちこたえ、思考を巡らせようと、反撃の一手をくり出そうとしたがもう無理だ。
防御も回避も再生も間に合わない。
このままでは、本当に死んでしまう。死んでしまっては、人類に逆襲することが出来ない。
生き残らなければ。生き残らなければ。
「ま、待て……! 我を、殺すな……! 我を殺すと……お前たちも、消えてしまうぞ……!!!」
「――何?」
その一言に、信二は一旦、ガトリング砲の斉射を中止した。
不意打ちの可能性もあったので、いつでも速射できるようにしてはおいたが、魔王本人はもう虫の息であり、反撃や逃走の心配はないようだった。
「どういうことだ?」
「我の、存在は……この地に、お前たちを繋ぎ止める……要石の役割を……しているのだ……!」
全身の半分以上を失った魔王は、息も絶え絶えに何とか、そう言葉を発した。
肉体の再生も何かに阻害されているのか上手く機能しておらず、本当に喋るだけで精一杯のようである。
「つまり、我が死ねば……お前たちも強制的に、元の世界へ帰――」
「嘘つけ」
信二は冷酷に言葉を打ち切ると、周囲の空間を歪ませ、更にガトリング砲を出現させた。
「くだらない、ただのブラフだ。次の斉射で一気に吹き飛ばす」
「待て! 殺すな! 本当だ!」
「うるさい。とっとと死――」
聞く耳持たぬ、とばかりに信二は手を掲げて指を鳴らそうとする。
しかし、そこで髑髏と甲冑の男二人がいつの間にか信二の隣に近づいていた。
「まあまあ、実力の違いは見せつけたのですから、何も殺すことはないでしょう」
話しかけてきた全身甲冑の騎士に、信二はムッと睨みつける。
この騎士もフルフェイスの兜のせいで髑髏男同様、表情は一切見えないが、少し低めの成人男性の声が聞こえてくる。
「邪魔するのですか? 庇うなら、貴方も攻撃しますよ」
「いやいや、あの魔王にはまだ利用価値というか、案内人としての役割がある。魔王の話の真偽は別として」
次に髑髏の男が話を続けた。
「僕たちはまだ、この世界のことを何も知らない。状況、地理、国家、勢力、文化……何より、この世界における僕たちの立ち位置というものを把握する必要がある」
「……それで、あの魔王に根堀り葉堀り聞いて利用すると?」
「そうだね。他にも使い道はあると思うけど、とりあえずはしばらく魔王の配下ごっこをしてみてもいいと思うんだよ」
なるべく刺激しないよう、穏やかに喋りかける二人の話を聞いて、信二は魔王の方を再び見ると考えを巡らせる。
(……まあ、判らないことがあった時にすぐ聞けるヤツを傍に置いておく方が都合は良いか)
そして周囲に展開していたガトリング砲を一斉に消し去ると、魔王の顔を真っ直ぐ見据えて言い放った。
「命拾いしましたね。貴方が利用できるうちは手にかけませんが、反逆が見受けられた場合は、即座に処刑しますよ」
「む、むぅ……了承した……」
こんな筈ではなかったと内心、頭を抱えながらも、殺されなかったことに魔王はとにかく安堵した。
生きてさえいれば、いずれはこの不敬な優男もどうにか出来るようにかもしれない。
しかし、即処断されなかったというだけで、今の魔王も正直かなり危ない状態ではある。
「あのさー、魔王ちゃん今は何とか生きてるけど、ほっとくと多分わりとすぐ死んじゃうよー」
するとゴスロリの少女が、まるで水槽の魚でも心配するような雑な言い方で魔王の方を差した。
「回復が得意な人とかいますかー?」
「あ、はい。僕、魔法が得意なキャラみたいなんで、回復とかできます」
元気よく髑髏の男が手を挙げると、すぐに死にかけの魔王の傍に近づいて右手を向けた。
髑髏の男が差し向けた右手が青白く光る。
すると、全身の半分以上が吹き飛ばされていた魔王の身体が、まるで映像を逆再生するかのように復元され始めた。
「お、おおおお?!」
回復されている魔王当人が驚きの声をあげる。
そして、徹底的に損壊した筈の魔王の肉体はたった数秒で何事も無かったかのようにきれいに完治してしまった。
「これで大丈夫。魔王さん、まだどこか具合の悪い場所などはありますかな?」
「う、うむ。大丈夫だ、すまない」
魔王は完全に治った腕をゆっくりと振って見せた。
「しかし、凄まじい魔法力の持ち主だな。我の能力でも治癒できないこれ程の損傷を即座に回復させるとは」
「いえいえ、お褒めに頂き光栄です」
髑髏の男はわざと仰々しく礼をしてみせた。
「――魔王」
すると、信二が冷たい声色で魔王を呼ぶ。
「その姿だと、いちいち見上げなければいけないのでとても不快です。さっきの人の姿に戻っていただきたいのですがね」
「わ、分かった……暫し待て……」
これまで怪獣の姿だった魔王はまた身体を煙のように分解すると、最初に見せた壮年の男性へと形を変えた。
彼の目の前に信二が躍り出る。
「では、説明してもらいましょうか。この世界のことについて色々とね」




