舞い降りた異世界の闖入者の話②
「へー、結構動けるんだ。それじゃあ、これはどうかなッ――!」
一旦、体勢を立て直すために距離を取ろうと後ろへ飛び退くレフィリアに、エリジェーヌは間髪入れずに追撃をかける。
大人が持ち上げるだけでも苦労しそうな長さと大きさの鎌を、まるで小学生が箒でも振り回すかのように軽やかに扱い、逃がさんとばかりに食らいついてきた。
(くっ、速い……ッ!)
レフィリアはその息もつかせぬ猛攻を何とか凌ぐだけで現状、手一杯だった。
カリストロスやゲドウィンの時と違い、少しでも掠れば一気にこちらが追い込まれる。
「こっのおおお!!」
レフィリアは何とか光剣の刀身で鎌の刃を受け止めると、一度間合いを開けるために大きく突き飛ばした。
「おっと! ――やるねぇ、そうこなくちゃ!」
エリジェーヌがそう言うと鎌の刃がぐにゃりと変形し、瞬く間に十文字槍の形状になった。
そしてそれを目にも止まらぬ速さでクルクル回すと、槍の矛先を真っ直ぐ向けてロケットのように突っ込んでくる。
「ッ―――?!!」
レフィリアは間一髪で身を捻り、目にも止まらぬ突撃を回避した。
だがエリジェーヌはすぐに向き直って体勢を戻すと、今度は機関銃を思わせる恐ろしい速さの突きを連続で繰り出してくる。
「それそれそれそれッ――!!」
(ちょっ、やばッ……!!)
レフィリアは咄嗟に反応し、その突きの一つ一つを剣でガードして弾き返す。
しかし全ての攻撃を捌ききれた訳ではなかった。
「い゛っ……!」
レフィリアの二の腕から血飛沫が飛ぶ。
状況打開のため、レフィリアは一つの賭けに出て光剣の刀身を伸ばし、思いきり斬り払った。
決まれば致命傷だが隙の大きい一撃。
エリジェーヌは特に苦も無く見切って躱すと、あえて反撃せずに一旦後ろへ下がりレフィリアと距離を取った。
(やっぱり避けられた……! あんもう、意識すると結構痛い……!)
レフィリアの二の腕を伝って肘や手首から滴った血が床にポタポタと落ちる。
異世界転移による精神への影響なのか、今でこそ痛いだけでパニックにもならずに済んでいるが、本来の私がこんな怪我を負ったら絶対に取り乱していただろう。
やはり自分もまた、眼前の彼女たちほどではないにせよ、人間ではない別の何かになってしまっているのではないかと、こんな状況でレフィリアは嫌でも認識してしまう。
「あ、もしかしてレフィリアちゃんの異世界での初傷、私が奪っちゃったかな? んー、そう考えるとちょっと興奮してきたかも」
エリジェーヌは傷を負ったレフィリアの様子を眺めながら、速攻で仕留める必要はないと余裕そうに槍を構えている。
(ヤバい、このままじゃ押し切られる……。何かさっきみたいに技とか閃かないかな……)
レフィリアは無くなった荷物をあせって探すように、自分の中に意識を向ける。
自分の与えられた身体に何が出来るのか、どんな技を使えるのか。
何でもいいから何か思いついて――!
(――ッ! これなら……!)
レフィリアは何やら天啓を得たというような表情になると、腰を低くして剣を構える。
「おっ、まだやる気かな?」
まだ闘志を維持しているレフィリアに、エリジェーヌは嬉しそうな視線を向ける。
その時、彼女の視界からレフィリアが一瞬で姿を消した。
「えっ……?!」
エリジェーヌの動体視力と反応速度を以てしても動きが全く捉えられなかった。
これは縮地だとか高速移動なんてものじゃあない。むしろ、テレポートか何かだ。
すると、間髪入れず彼女のすぐ目の前にレフィリアが現れ、同時に剣を振り下ろしてきた。
「ちょっ、ヤバッ――!」
エリジェーヌは咄嗟に槍で剣閃を逸らし、直撃を回避する。
加えて敵から受けた攻撃の反動を利用して背後に飛び退き、ある程度の距離を取った。
今の急襲でエリジェーヌが直接傷を負うことはなかったが、スカートの裾など服の一部が所々破けてしまった。
「あっぶなぁ……! うっそ、何今の?! もしかしてワープ? レフィリアちゃん、ワープなんてのも出来るの?!」
(嘘って言いたいのはこっちの方! 今のも防いじゃうなんて、信じられない……!)
レフィリアはせっかく閃いた新技が上手く決まらなかったことに歯噛みする。
今のはエリジェーヌが言っていた通り、短距離間における瞬間的な空間跳躍――つまり簡易的なワープからの斬撃だ。
あくまで簡易的なものなので直進しか出来ず、相手の背後に回り込むような便利な使い方が出来る訳ではない。
しかし技の範囲内なら、途中のあらゆる障害をすり抜けて目標へ接近することが可能である。
勿論、相応の魔力は消費する上にインターバルも必要なので連続で繰り出すことは出来ないが。
「次から次に新能力が判明するねぇ。ちょっとばかしズル過ぎるんじゃない?」
「私からしたらズルイのは貴方の方です。何で今のが簡単に防げちゃうんですか」
「んー、って言っても速いのが私の身体の取り得だからなぁ。……っと、ゲド君、無事に街の外へ出られたみたいだね」
エリジェーヌは何かを受信したように視線をほんの少しだけ逸らすと、バサッと背中から悪魔の翼を生やした。
構えていた武器も下ろしており、彼女にもう戦うつもりは無いように見える。
「それじゃあ、とりあえず今回はここまでかな。機会があったらまた私と遊んでねー」
まるで友達と別れるかのような笑顔で突然そう言い残すと、彼女はレフィリアの前から一瞬でいなくなり、いつの間にか天井の隙間から見える空の向こうへと飛び去ってしまっていた。
レフィリアではとてもじゃないがエリジェーヌに追いつけないことなど判り切っていた為、他に誰もいなくなって一気に静まり返った空間に、女剣士はただ一人立ち尽くす。
程なくして通路の奥からこちらへ駆けあがって来る足音が二人分聞こえ、レフィリアがそちらを振り向くとちょうどルヴィスとサフィアが部屋の中に入って来た。