大魔導師と異世界で対峙する話③
「サフィア、行くぞ! ――“あの技”をやる!」
「はい、兄さん!」
二人の兄妹は互いに目配せした後、呼吸を整えて同時に剣を構える。
するとルヴィスが両手で握る長剣の刀身から紅蓮の炎が吹き上がり、サフィアの持つ双剣からは蒼い冷気の奔流が巻き起こった。
二人の剣からは元の三倍近い長さをした魔力の刀身が出来上がり、兄妹はそれを振りかざして一気に駆けだす。
「はあああッ!!」
ゴーレムを二人で両サイドから挟み込むように接近し、息を合わせて全く同時に飛び掛かり、剣を振り回した。
「鳴動浪波斬――ッ!!」
ルヴィスはほぼ横一文字に、サフィアはバツ印を描くように交差させた、魔力の刃による斬撃を繰り出す。
完全に同じタイミングで向かい合わせに放たれた、炎熱と冷気の刀身による剣筋はきれいに重なり合い、ゴーレムの両脚に直撃する。
その時、ほんの一瞬だけ二人の刃が交わった空間に黒い亀裂のようなものが生じた。
そして、それによりなんと男賢者の魔法でも竜騎士の斬撃でも傷つかなかったゴーレムの両脚は、すっぱりと切断されてしまった。
設置していた足を失ったゴーレムは、バランスを崩して鎖により宙吊りの状態となる。
「よくやったわ、二人とも! 流石は勇者兄妹!」
女僧侶は感嘆して叫んだが、男賢者は興味深げに訝しむ。
「だが、今のはどうやったんだ? 温度差による脆性破壊なんかじゃねえ……そうか、相反した魔力による対消滅か!」
――鳴動浪波斬。
クリストル兄妹が修める秘奥義の一つ。
炎熱と冷気という相反する属性の魔力を一点に対して、全く同じパワーとタイミングで接触させることで対消滅現象を起こし、物体の物理的な強度を無視して破壊するという妙技である。
しかし言葉で言うほど簡単に再現できる技ではなく、まるで針と針の先を勢いよく一発で合わせるかのような繊細な動きと絶妙な力加減が要求される。
ルヴィスとサフィアの尋常でないほど呼吸の合ったコンビネーションでなければ決めることのできない、神業じみた必殺技に竜騎士は舌を巻く。
「実に見事な連携技だ。よし、これでヤツの動きを大半は抑えられ――」
途端、ゴーレムは鎖から逃れようと暴れるのを一時的に止めると、男賢者の方をじっと見た。
というより、目のような水晶体を激しく光らせて照準を合わせている。
「――危ない!」
女僧侶が叫んだのとほぼ同時に、男賢者めがけてゴーレムから熱光弾が放たれる。
咄嗟に女僧侶は手に持っていた杖を男賢者の前に投げ、杖をわざと魔力暴走させることで爆発を引き起こした。
その爆風が壁となって熱光弾を散らすように逸らし、男賢者はなんとか直撃を避けることができた。
「うおおっ?! ――すまんッ、助かった!」
「何、ぼさっとしてんのよ! ――あっ!」
すると集中が途切れた一瞬の隙をついて、ゴーレムは勢いよく身を捩り自身を拘束していた鎖を引き千切った。
しかし両脚のないゴーレムは体勢を整えることができず、そのまま転ぶように地面へと倒れこむ。
「あっぶねえ……! だけどこっちのゴーレムはもう、ピョンピョン動き回ったりはできねえ!」
大剣を構えなおし、ゴーレムの前に再び躍り出た竜騎士が叫ぶ。
「今のうちに仕留めるぞ! ヤツの弱点はどこだ。頭か?!」
「いや、ゴーレムっつーのは基本的に人間を模倣して再現しようと作られた傀儡だ。人間でいう心臓の位置に核がある!」
男賢者が倒れているゴーレムに向かって杖を向ける。
「さっきの兄妹の技をもう一度ぶつければ、あのゴーレムだって――ああん?」
その時、破壊された筈のゴーレムの両脚がまるで生えてくるかのように切断面から再生を遂げた。
同時に、レフィリアが対峙している方のゴーレムの斬られた腕も、即座に復元される。
それどころか治った腕には今まで無かったもう一本の斧剣が握られており、レフィリアを前にしたゴーレムはなんと二刀流の状態になった。
「おいおい、冗談じゃねえぞ! このゴーレム、再生まですんのか?!」
二刀流と化したゴーレムは剣を振り上げてから突然走り出すと、レフィリアに向かって飛び掛かって来た。
(ちょっ、斬った傍から腕だけじゃなく武器まで生えるなんてそんなのアリ……?!)
レフィリアは咄嗟に攻撃をかわして、そのままゴーレムの側面に回る。
(――ゴーレムの弱点は心臓の位置って聞こえた。でもあの大きさじゃかなり懐まで潜り込まないといけない。……いや)
レフィリアの脳裏に一瞬、ある戦法が閃いた。今の自分の能力と技術で出来るであろう手段を急に思いついて認識する。
(あえて逃げ回らず、あえて避けない。これなら――)
レフィリアは剣を強く握り締めると、その場から動かず静かに呼吸を整えながら構えを取ってゴーレムを見上げた。
ゴーレムはレフィリアの方を向き直すと、再び彼女めがけて急接近し斧剣を振り下ろす。
「はあッ――!!!」
ゴーレムの振り下ろした刃が触れる直前、レフィリアは居合切りのように光の剣を素早く振り抜き一閃する。
すると光の剣が振り抜いている間、刀身が二十メートル近く伸びて斧剣ごとゴーレムを袈裟から両断した。
光の刀身はちょうど、ゴーレムの胸部内にあった真っ赤な宝石のような核をきれいに破壊している。
斬り裂かれて床に崩れ落ちたゴーレムの残骸は先のように再生することもなく、そのまま自壊するように罅が割れて粉々に砕け散った。
「ちょっ、あっちは一人で向こうのゴーレム倒しちゃったわよ?!」
女僧侶は驚きから思わずレフィリアの方を向く。
「私も今からそっちに加勢します! 皆さん、距離をとって――」
レフィリアがもう一体のゴーレムの方へと駆け寄ろうとする。
しかしその時、ゴーレムは攻撃動作を止めたかと思うと、突然ぶくっと風船のように膨らみ始めた。
「ッ――?!」
予想外のゴーレムの行動に全員が足を止める。
明らかに頑丈だったゴーレムのボディが今では水泡のようにぼこぼこと膨れていき――そして破裂した。
「ひゃっ――?!」
爆竹のような耳をつんざく音と共に破裂したゴーレムからは部屋中に、何か霧状の液体か粉末のようなものが勢いよく放射された。
部屋の中全体が銀色をした砂煙のようなもので覆われて視界が利かなくなる。
「げほげほっ……一体、何なんですか……!」
レフィリアは咳き込みながらも、周囲を警戒して見回す。
そして周りが視えるようになると、部屋中全体がゴーレムのようにメッキを施されたかのような銀色の景色となっていた。
ゴーレムの姿は既に無く、代わりに先ほど破裂したゴーレムだったと思われる赤い宝石のような核だけがゴーレムのいた位置に浮いている。
また、その周囲にいたレフィリア以外の仲間たちはなんと全員が、銀色の像となって動かなくなっていた。
「ちょっ、皆さん! 大丈夫ですか?!」
レフィリアは慌てて声をかけるが、返事はない。
白銀の像と化した仲間たちはぴくりとも動かず、室内がしんと静まり返る。
(ど、どうしよう。追い詰めると自爆して相手を石化みたくしちゃうヤツだったなんて……でも私は回復魔法なんて使えないし、どうしたら――)
「――ふむ、やはり貴方にだけは効果がなかったか」
突然、視界の外から知らない男の声が聞こえてくる。
レフィリアが声のした方を向くと、突破しようとしていた部屋の奥にある大扉の前に、いつの間にか一人の人影が立っていた。




