遂に旅立つ異世界抵抗勢力の話②
「うおおおッ?!!」
前方の青いドラゴンから放たれた雷霆によって船内のモニターが真っ白に染まり、キング・ノーティラス号に無数の雷撃が真っ向から襲いかかる。
しかしレフィリアが展開した特大障壁によって船体にぶつかる筈だった雷霆は周りに逸れていき、船自体へダメージが及ぶのを防ぎきることに成功した。
ところが青いドラゴンはそれでも怯むことなく、何度も連続で雷電を発生させては、まるで雨のような夥しい電撃をレフィリアたちの乗る船に向けて叩きつけてくる。
その雷の威力は一発一発が上級魔法から超級魔法に匹敵する凄まじさであり、障壁によって弾かれた雷電は周辺の大地や木々を焼いては抉るように吹き飛ばしていった。
「おいおい、ふざけんなよあのドラゴン! どんだけ雷撃ってくるつもりだ?!」
「とにかく船を別の方向に動かしてください! 私のシールドも、30秒くらいしか連続で張れません!」
「キャプテン! あんなものの直撃を食らえば、流石にこの船も吹っ飛びますよ!」
「くっ、取舵一杯! 船を九時の方向に移動させて山の影に入れ!」
キャプテンの指示を受けて操縦士は急ぎ船体を左へと動かし、山を盾にするように進路を変更する。
レフィリアのブロードシールドが再使用待機時間に入り解除されたところでキング・ノーティラス号はギリギリ山の影に入り込み、何とか雷撃の射線から免れることに成功した。
「しかしこの後どうする?! 敵は空を飛んでいる。回り込まれたらまた釣瓶打ちにされるぞ!」
「トルネードで船を山の中に突入させて凌ぐという手もありますが……!」
「だがアレは起動までに時間がかかる! 間に合うか……ッ?!」
「ひとまず私が外に出て迎撃します! 皆さんはその間に退避行動を――ひゃああッ?!」
船のハッチに向けて移動しようとしたレフィリアであったが、船そのものがドンと音を立てて激しく揺れながら大きく傾いたことによって、危うく転倒仕掛けそうになる。
船内の全員が驚きつつ咄嗟に手摺や座席などにしがみついて体勢を維持しようとすると、操縦席の方から団員の叫ぶような報告が上がってきた。
「大変です! さっきのドラゴンがいつの間にか左舷に回り込んで、船の側面から直接攻撃を仕掛けてきています!」
「何いッ?! もうそんな近くまで――うおわああッ!!」
またもや船自体が大きな振動とともにぐわんと傾き、キャプテンたちは虫籠や瓶に入れられた昆虫のような有様で成す術もなく衝撃を受ける。
なんと船の外では先の青いドラゴンが雷霆を放つどころか、知らぬ間に山を越えてはすぐ傍まで隣接してきており、けたぐりを食らわせるが如く両脚で船体を思いきりどついては、巨大なキング・ノーティラス号を傾ける程のショックを与えてきていた。
「くっ、外に出て何とかしてきます……ッ!」
レフィリアはハッチを使わずスペイシャルリープによって一瞬でその場から姿を消し、急いで船の外へと向かう。
そして空間跳躍で一瞬にして船外の壁面へと飛び出たレフィリアは、再び蹴りを叩きつけようとしている大きな青いドラゴンを直接その視界に入れるのであった。
「こんのおおおッ――!」
賺さずレフィリアは光剣を出すとともに刀身を伸ばしながら剣を振り抜き、蹴りを放ってきた青いドラゴンの片脚を足首から切断する。
突然の攻撃によって足を斬られた痛みに青いドラゴンはけたたましい咆哮をあげながら驚きつつ、反射的に上空へと飛び退ってはキング・ノーティラス号からかなりの距離を取った。
(しまった! つい斬りかかっちゃったけど、あまり船から離れられても返ってマズい……ッ!)
内心反省するレフィリアであったが既にどうしようもなく、船体に張り付いているレフィリアと遥か上空を飛んでいる青いドラゴンとでは、だいぶ間合いが空いてしまった。
レフィリアの身体能力ならば無理やり跳躍して肉薄することも出来なくはないが、もし躱されてしまうとそのまま地面に向けて落下することとなり、その隙に船の方を攻撃されかねない。
そもそもがドラゴン側はわざわざもう一度近づいてこなくとも、離れた位置からまた雷霆を撃ちまくることでこちらへ一方的に集中攻撃することが出来る。
レフィリア本人はダメージを受けなくとも、今足場になっているキング・ノーティラス号が逸れた雷電によって損傷してしまうので看過することは出来ない。
かといって空間跳躍は船外への脱出に使ってしまった為、しばらくは使用不可の状態。そうなっては、今のレフィリアにとって離れた位置の相手を攻撃する手段など限られてしまう。
(必殺奥義……。本当はまだ龍都に着く前から使いたくはないんだけど、背に腹は代えられない……ッ!)
現在の間合いならまだ、魔力を込めて刀身を伸ばせば十分届く。逆に外せば一巻の終わり。ドラゴンに先手を取られる前に何としても一撃かつ一瞬で仕留める、とレフィリアは光剣を強く握り締めて構えを取ろうとする。
ところが、青いドラゴンの方はキング・ノーティラス号から一旦距離こそとったものの、空中に浮かんだまま雷霆を放つことも接近して攻撃を仕掛けてくることもなく、ただただ制止してジッと船の方を見続けていた。
(………………?)
何か妙だ、とレフィリアは違和感を感じてすぐには攻撃を行わず、青いドラゴンの様子を注意深く観察する。
するとそこで彼女は天空に留まる青いドラゴンと目が合い、ある事に気がついてしまった。
(このドラゴン、船じゃなくて私を視ている……! というか、私の“顔”を視ている……!)
レフィリアがぎょっとしたのも束の間、青いドラゴンはなんと更に上空へ飛び上がったかと思うと、なんとキング・ノーティラス号への追撃を行わずにそのまま反対方向へ飛んでは一目散に逃げ去ってしまった。
「あっ――」
流石にあれだけ離れられてしまうと、レフィリアでは打つ手がなくなってしまう。
とりあえず眼前の脅威はいなくなった訳だが、レフィリアは何とも浮かない顔で船のハッチがある場所まで速やかに移動すると、そこから船内へと戻っていった。
レフィリアが帰還を果たしたことで、船の中にいた仲間たちが安堵しながら彼女を出迎え、キャプテンがよくやったとばかりに声を掛ける。
「お疲れさん! 流石は噂に違わぬ実力の聖騎士、あんなドラゴンも軽く追っ払っちまうなんて大したもんだぜ!」
「………………」
「どうしたんですか、レフィリアさん? 何だか心配事のあるような顔をしていますが……」
レフィリアの様子の変化にいち早く気づいたサフィアがそう尋ね、彼女は何とも言い辛そうに返答を述べる。
「……ちょっとマズいことになったかもしれません。さっきのドラゴン、明らかに知性のある眼で私を見ていました。というより、私個人の顔を“確認”していました」
「……ッ! まさかそれは……」
何かに感づいたルヴィスにレフィリアが頷いてみせる。
「ええ、あのドラゴンは見るからに竜煌メルティカの新しい僕。おそらくは迎撃されて傷を負ったから逃げ帰ったんじゃなく、私がドライグ王国内に侵入したことを認識したので報告の為に撤退したんだと考えられます」
「ちょっ、それだとアタシらが今から強襲を仕掛けに行くことがバレちゃうじゃない! 早くさっきのドラゴンを追いかけないと!」
慌てて声を上げる女狙撃手に、キャプテンは寧ろ落ち着いた冷静な様子で彼女を窘める。
「落ち着け、この船の速度じゃどの道あのドラゴンに追いつけたりなんかしねえよ。……しかし参ったな、てことはこのまま俺たちが龍都ブリダインに向かっても出迎えの準備をされちまってる可能性が高くなる」
「強襲は不意打ちである事に意味がありますからねえ。おまけに相手側は広域破壊の可能な迎撃手段を保有している。今から船で突っ込んでくると身構えられた状態に襲撃を掛けるのは、いくら何でも悪手だと思いますよ」
「すみません、私がドラゴンを仕留められなかったせいで……」
「いやいや、誰もレフィリアさんを責めちゃいねえよ。アンタがいなかったら、そもそも船をバラバラにされてたかもしれねえんだからな」
「でも、どうするキャプテン? 結局ウチらがブリダインに向かってる事、敵さん側にバレちゃった事になるけど」
「ん-、まあキング・ノーティラス号で龍都に突入出来なくなった場合のことも一応考えてはある。――その為のプランBだ。それにちょうど、この辺りは例の場所に近い」