王国を守る異世界魔導兵器の話
レフィリアたちがキング・ノーティラス号によって、蒼の獣団のアジトである海底遺跡へ帰還した後、女狙撃手と女発破師はキャプテンの計らいですぐに報告会を開き、組織の団員たちへレフィリア一行の実力を認めた旨を伝えた。
キャプテンがルヴィスに話していた通りに、組織の中核戦力として活躍していた彼女らは多くの団員たちからとても強い信頼を持たれていたようで、二人の話をもってようやく蒼の獣団全体にレフィリアたちを素直に迎え入れようとする雰囲気が出来上がる。
そして今夜は新たなる頼もしい仲間を迎え入れたとして、ささやかではあるが今の彼らたちにとっては盛大な宴を開き、ドライグ王国攻略に向けた本格的な話し合いは明日から行うということになった。
それから宴の準備ということでアジト内の団員たちが慌ただしく動き出し、逆にレフィリアたちはあてがわれた客室の方でゆっくり身体を休めていたのだが、彼女らがダンジョンに行っている間に救護室に運ばれたソノレが意識を取り戻したとの報告を受けて、四人は急いで見舞いに向かったのであった。
「いやあ、すまない。私が倒れている間に、みんなには色々と迷惑をかけてしまったみたいだね」
「何を言ってるんですか! ソノレさんが無事に目を覚まして本当に良かった……!」
まだ安静にしていなければならない為、ベッドに寝ている状態ではあったが、いつものヘラヘラしたような笑顔を見せるソノレの様子をまた見ることが出来て、レフィリアはほっと安堵の息をつく。
「はは、その笑顔を見れたとあっては私も死なずに済んだ甲斐があったってもんだ。聞くところによれば対魔王軍を掲げる抵抗組織に運良く助けてもらったみたいだねえ。そして有難いことに今もこうして厄介にさせてもらってると」
「そうなんです。実はあれからまた色々とあってですね――」
レフィリアたちは天翔ける船箱が撃墜されてソノレが気を失った後に起きた出来事、知り得た情報をソノレへと詳細に説明した。
その話を一通り聞き終えたソノレは、何やら考え込むように唸りつつ腕を組む。
「うーん、光学迷彩を展開していた船箱が一撃で的確に撃ち落とされ、蒼の獣団とやらの“不可視の船”もつい最近になって急に捕捉されて攻撃を受けるようになった。――この話、今になって考えるとどうも心当たりがあるように思えるんだ」
「と、いいますと?」
「うん、実はね……。竜煌メルティカがアルバロン島から持ち去った遺物の中に、そういったことを可能に出来る魔導具が含まれているんだ。――《暴きの丸楯》と《見透かしの遠眼鏡》っていうんだけどね」
そう言ってソノレは人差し指を立てつつ、真面目な表情でレフィリアたちに説明を始める。
「まず“暴きの丸楯”というのは、一見すると丸い形状の盾だがその本質は一種の探知機だ。これは幻術などで“魔法による隠蔽”を行っているものの位置を自動的に割り出す機能がある」
「そんなものが……」
「次に“見透かしの遠眼鏡”、これは見た目も用途も望遠鏡だ。ただし、透視能力に優れていて魔法や魔力を用いたあらゆる偽装や認識阻害を見破ることが出来る。この二つを用いれば、光学迷彩や不可視の幻術で接近してくる相手も容易に発見できるだろう。――いや、むしろ敵が自分の方から見つかりに行っているようなものになる」
「まさか、魔王軍もこんなに早く接収した遺物を解析してはすぐに実用してくるだなんて……」
顎に手を当てて眉間に皺を寄せるサフィアであったが、その隣でルヴィスが何かに気づいたようにソノレを見る。
「いや、ちょっと待て。確かにその二つのアイテムがあれば隠れ潜む敵の捕捉そのものは可能だろうが、探知機の方の有効範囲はどのくらいのものなんだ?」
「そうだねえ、街の中央に置いておけば大きな都市を丸々一つ見張るくらいは余裕で出来るよ」
「なるほど……。確かにそれはすごいが、それでも島国であるこの国のどこから敵が攻めて来るなんて判ったものじゃない。首都に最寄りの地形へ設置するにしても、全てをカバーするなんてことは出来ない筈だ。それが何故こうも都合よく、何度も侵入者を防ぎきることが出来ている?」
「さあて、ねえ……。もし龍都ブリダインに暴きの丸楯があったとしたら、まだ本土が見えて間もないあの位置で船箱が攻撃されるなんてことはない筈だ。あんな手前で迎撃されたということは間違いなく海岸寄りに設置されているけど、それだと他の方角からの襲撃に対応できなくなる。だとしたら、考えられるのは――」
するとそこで、救護室の扉から突然ノックの音が鳴る。
はーい、と賢者妹が扉を開けると、そこにはキャプテンとドクターの二人が立っていた。
「おう、怪我してたあんちゃんが目ぇ覚ましたって聞いたんで挨拶しとこうと思って来たんだが……。取り込み中なようならまた後から出直すぜ?」
「ああいや、大丈夫ですよー」
キャプテンの声が聞こえたソノレがベッドの方からすぐに了承したことで、賢者妹がキャプテンたちを部屋の中へと案内する。
「すまねえな。身体の調子はどうだ? 気分が悪かったりしたら遠慮なく言ってくれ」
「お陰様でこの通り、貴方がたのご厚意で何とか命拾いすることが叶いましたよ。気分の方も今のところは大丈夫さ」
「なら良かった。――話に聞いているかもしれんが、俺はレジスタンス集団、蒼の獣団の団長を勤めている者だ。気軽にキャプテンとでも呼んでくれ。因みにこっちはドクターだ」
「どうも宜しく。あまり大した医療設備も無くて申し訳ないのですが、意識を取り戻されたようで何よりです」
「いえいえ、こちらこそ治療だけでなくベッドまで用意していただいて心よりの感謝を。――私の名はソノレ。話の方は粗方、仲間たちから聞いておりますので」
「そうか、それなら説明の手間が省けるな。じゃあこれも聞いてると思うが、俺たち蒼の獣団はレフィリアさんたちと協力してドライグ王国の魔王軍を討つことと相成った。これから宜しく頼む」
そう言ってキャプテンの差し出した手を、ソノレはまだ力のあまり入らない状態ではあったが精一杯に握り返す。
「ところでキャプテン、一つ確認したいことがあるんだが」
「おっ、どうしたルヴィス?」
「俺たちがキャプテンたちに救助された場所と、以前に蒼の獣団の船が迎撃されたという場所は同じ地点だったりするのか?」
「あん? いいや、全く違うぜ。それどころか王国本島の反対側ってくらい別の方向だ。……それがどうかしたか?」
チラリと視線を向けたルヴィスに、ソノレが話して構わないよ、というように頷いてみせる。
「実は――」
そこでルヴィスは、先ほどソノレから聞いた、不可視の物体を発見する遺物が存在することについてをキャプテンたちに説明した。
「なっ?! そんなふざけた代物を魔王軍の連中は所持してるってのか……?!」
「あくまで推測ではありますが、私から奪ったものを持っているのは確実ですので、時系列的に考えてもその可能性は高いかと」
とりあえずソノレのことは古代の遺物に精通した旧文明人の末裔――ではなく、あくまで各地の遺物を蒐集して回っているマニアの探検家ということで話を進めることにした。あながち、間違ってもいないのだが……。
「ふうむ。では我々は敵の思惑に嵌り、みすみす自分たちからやられにいったようなものだったのですね……」
「確かにそんな優れた索敵装置があるなら、あとは沿岸部の各所に設置されている魔王軍の魔導兵器で対処可能だな。そりゃあ迎撃されちまうってもんだ」
「魔導兵器、ですか……?」
「ああ、魔王軍の連中はドライグ王国本島の沿岸部に元からあった灯台や見張り台なんかを改造して、長距離狙撃が可能な外敵迎撃用魔導兵器――《魔導砲アストラ》ってのを、幾つも配置しているんだ。因みにその名称は捕らえて尋問した魔族から聞いたんだけどな」
そこでレフィリアは、シャルゴーニュ公国の城郭都市ガルガゾンヌにて、ゲドウィンが市街を覆う外壁に設置していた魔導兵器の存在を思い出す。
それらは砲台のような形状をしていたのだが、全てレフィリアが一つ残らず徹底的に破壊して回ったので実際に使われているところを見たことは無かった。
しかし街の周囲の広大な平原に幾つも空いた巨大なクレーターはとても印象的で凄まじい光景だったことを今でも覚えている。
そんなものがまた、王国本土の外周に並べられており、まさか自分たちが乗っていた船箱を撃ち落としたものの正体であったとは驚きだ。
「まだ妖かしの魔鏡が機能してた頃の俺たちにはそれ程厄介じゃなかったとはいえ、あんな物騒なもんを放置するのも気持ち悪かったからよ、魔導兵器の方も何機かは破壊して回ってたんだ。……畜生、それがまさか後々になって最大の脅威になるとは思ってもみなかった」
「何機かは壊した……? なら既にその魔導兵器を壊したところから接近を試みれば、比較的安全に王国本土へ近づけるんじゃないのか? 破壊された魔導兵器なんてそう簡単に修復できるような物ではないだろうし、少なくとも部隊を丸ごと狙撃される心配はなくなる」
「そう思うだろ? 俺もそう思っていたんだよ。だけどそんなに上手くもいかないって事実がつい昨日、判明したばかりなんだ。――しかもそれを証明してくれたのが、よりにもよってアンタ達って訳だ」
「……何だって?」
怪訝そうな顔をするルヴィスに、キャプテンがため息をつく。
「実はな、一番最後に破壊した魔導兵器のあった場所が、ルヴィスたちが撃ち落とされた地点の先だった訳よ」
「なっ……?!」
驚愕から言葉を詰まらせるルヴィスに、ドクターが更にその出来事から分析した所感を述べる。
「しかもその魔導兵器は、我々が破壊工作を仕掛けて爆破してからさほど日数は経っていません。だというのに、元通りの状態で稼働しているということは、他の破壊した魔導兵器も復活してしまっている可能性が高いです」
「ふうむ、なるほど……。今の話を聞いて納得がいったよ」
何かに思い至ったように頷いたソノレに、救護室にいる全員の視線が集まる。
「おそらくドライグ王国にいる魔王軍は既に、暴きの丸楯と見透かしの遠眼鏡のどちらも量産に成功している。そして王国本土の沿岸部全域に配置した魔導兵器全てに搭載を済ませているだろう。だからどの方角から侵入しようと、従来の手段では即座に敵から捕捉されて狙撃を受ける」
「何っ……?! まさかそこまで抵抗勢力への対策が進んでいたとは……!」
「いやいや、待ってくれ。流石にそれは考えが飛躍し過ぎではないですか? そもそも古代の遺物なんて代物、そう容易く模倣して増産する事なんて出来ないと思いますが」
「まあ、必要な素材と設備が揃っていて尚且つエステラと同等の技術を持った者がいるのなら話は別だけど、普通に考えたらまず無理だろうね。――だが、その無理をいとも簡単に可能に出来るヤツが今の魔王軍にはいるだろう?」
「……ッ!!」
ソノレの言葉に、レフィリアたち四人はある人物の姿がすぐに頭の中に浮かび上がって来る。
「……邪導のゲドウィンですか」
ぼそりと呟くレフィリアの脳裏には、不気味な髑髏の姿をしたゲドウィンの姿が明確に思い出される。
――そういえば、オプス・マグヌムといったか。確かにゲドウィンの保有するG.S.A.を持ってすれば、例え超技術の産物である古代の遺物であろうと、苦も無く再現も生産も出来てしまうのだろう。
彼は直接戦闘においてはどうあってもレフィリアに太刀打ちできないものの、彼の何にでも応用出来る万能な魔法行使能力はこういった時に極めて厄介かつ凶悪な脅威となる。
「その通り。私も実物は闇の神殿でしか見たことは無いが、六魔将で最も魔法に長けたヤツならば、暴きの丸楯や見透かしの遠眼鏡なんてすぐに解析した後、即座に複製へ移ってしまう筈だ。それに、あの規格外で出鱈目な魔導師ならば破壊された魔導兵器を元通りにすることすら造作もないだろうしね」
「ううむ、確かに邪導のゲドウィンの存在を仮定するとなれば全ての辻褄が合う。……いや待て、てことはドライグ王国には今、六魔将が二人もいることになるんじゃないのか?!」
「ええっ?! それは何でまた……」
ルヴィスの予想に驚くレフィリアに、サフィアが思いついた答えを口にする。
「それはきっと、レフィリアさんが倒したメルティカの相棒を復活させる為でしょう。あれだけの強大な魔物を蘇生させるとなれば、それこそ邪導のゲドウィン程の魔法能力が必要になります」
「……つまり、君が気にかけていたことがだいぶ最悪な形で現実になってしまった訳だな」
「そのようですね、はい……」
ルヴィスの言葉を肯定して、賢者妹が困ったように手を額に当てる。
しかしそんな彼女を勇気づけるように、レフィリアは賢者妹の肩に手を置いた。
「ですが例え六魔将が二人待っていようと、私たちのやるべきことは変わりません。確かに極めて脅威ではありますけど、困難だからと手をこまねいていても状況が改善する訳でもないのですから」
「よく言ったぜ、レフィリアさんよ!」
するとキャプテンはグッと拳を握り締めてから大きな声を上げ、その場にいる全員を元気づけようとする。
「心配しなくてもアンタらはきちっと龍都ブリダインまで送り届けてやるし、サポートも最後までしてやる! そもそも透明になる魔法を見抜く装置なんざ、このキング・ノーティラス号には関係ないからな!」
「ですが、魔導兵器そのものはどうするのですか? 件の遺物を用いずともこちらを狙い撃ってくる可能性は大いにありますし、仮に沿岸部を無事に抜けたとしても背後から撃たれる場合だってあります」
サフィアの危惧する台詞に対して、キャプテンはにかっと笑い掛けながら自信満々にサムズアップする。
「ははっ、そいつに関しては俺たちに任せな。初見の一回限りしか使えない手だが、このキング・ノーティラス号にはまだアンタたちに見せていない、すげえ機能があるんだからよ!」