男子禁制の異世界地下迷宮の話⑥
「ふう……。これで部屋にいたのは全部ですね。他に敵の増援などはありませんか?」
戦闘後の安堵から一息ついて確認を取るレフィリアに、賢者妹は元気な声で受け答える。
「いえ、大丈夫です! 今のところは近くに他の生体反応はありません。一応確認しますけど、レフィリアさんも身体の具合は如何ですか? 何か異常や違和感なんかがあったらすぐに言ってください!」
「特に問題はないですよ。……ただ、さっきのクラゲに纏わりつかれた時についた粘液がちょっと気持ち悪いくらいで――」
「あっ、じゃあ私の浄化魔法ですぐ綺麗にしてあげますからね!」
そう言って、賢者妹は魔杖を握りながらパタパタと足早にレフィリアの元へと駆け込んでいく。
しかしその様子に、サフィアが慌てて彼女を制止しようと声をかけた。
「あ、ちょっと待って――」
ところが言い終わる前に賢者妹が部屋の中央辺りまで来たところで、彼女の足元からカチリと、何かを踏んでしまったかのような音が聞こえてくる。
「えっ……?」
賢者妹もまた自分の足裏から伝わってきた嫌な感覚に戸惑っていると、どこからか静かにジーッとかカチカチといったような、絡繰り仕掛けか何かが作動しているような動作音が鳴る。
その後、レフィリアたちの立つ足元がグラッと大きく傾いたかと思うと、なんと部屋の床全体がまるで畳返しのように回転しては捲れ上がった。
「わっ、ちょっ……?!」
「きゃああっ?!!」
突然の事態と予想していなかった大仕掛けにレフィリアらが困惑したのも束の間、部屋にいた五人全員が回転床から真下に広がる落とし穴の中へと一瞬にして放り込まれてしまう。
呑まれるように落とされた床下の空間は完全に光が遮断されていて視界が真っ暗な上、足元に地面が感じられずそのまま何もない空間を重力に任せて自由落下することとなった。
どれぐらいの高さなのか、下に何があるのかまるで判らない。とにかく強い危機感を覚えたレフィリアは反射的に落下しながら真下へと光の剣を伸ばし、急いで自身の使える特技を発動させる。
「ブロードシールド――ッ!」
レフィリアが約1秒程で瞬間発動させた光の防御壁により、先日破壊された船箱から海上へ投げ出された時と同様、床下の底穴に落ちた一行は結果的に誰一人怪我をすることなく着地を行うことが出来た。
そのままレフィリアは光の剣を照明代わりにして真っ暗な周囲を照らし、全員の無事を確認する。幸い、落ちたところに落下した者を串刺しにする鋭利なトゲ等の物騒なトラップのようなものはなく、とりあえず流血を伴う大怪我をしているものは見受けられない。
だが、元いた部屋から今いる位置までの高さは推定ではあるが、約20メートル程はあるように思える。レフィリアや鎧を装着しているサフィアは無防備に落ちたとしても平気だが、他の者たちはけしてそうもいかない。
何の準備もなく落ちたとすれば酷い骨折や内臓破裂、打ち所が悪く即死なんてことも十分あり得る。
「皆さん、大丈夫ですか?! 怪我はありませんか!」
「私は大丈夫ですよ、レフィリアさん」
「わ、私もです! 防御術式ありがとうございました!」
サフィアと賢者妹からはすぐに返事が聞こえてきて、その後に女狙撃手と女発破師からもやや不満気な様子での声が返ってきた。
「アタシもとりあえず無事でーす。にしてもビックリしたなあ、もう」
「ていうか、何やってるんですかね。あんなトラップに引っかかっちゃってさ」
「ごっ、ごめんなさい! 私の魔審眼って魔導式のトラップは把握できるんですけど、完全な絡繰り仕掛けの罠までは見抜けなくって――」
「いや、そういう話じゃなくってね。あの部屋にいた魔物、何で浮いてたり天井にへばりついてる奴らばっかりだったのか、少しは考えなかったのかな? まあ、罠に引っかからない聖騎士さまが先行してて誤解しちゃったのも分かるけど」
「すみません……」
つい謝罪の言葉を呟いてしまったレフィリアに、賢者妹が慌てて首を横に振る。
「いえ、レフィリアさんが謝る必要なんてありません! 悪いのは注意不足で軽はずみに動いた私の方です……」
「はあ、これだからお勉強が出来るだけの優等生は――」
そこで流石に言い過ぎだと感じたのか、女狙撃手が苛立たし気な女発破師の肩に手をかけて彼女を宥める。
「まあまあ、こんなところでいつまでもお説教してても仕方ないでしょ。それより早くここから脱出する手立てを考えましょう」
「……それもそうだね。って、今ウチらがいる場所、何だか水浸しだけどこれって安全なの……?!」
急に慌て出した女発破師の言う通り、一行が落ちてきた場所の床は5センチ程の水が溜まっている状態であった。
ダンジョン内のトラップには毒を含んだ水を用いたものもけして珍しくはないので、彼女が警戒するのも当然のことなのである。
「とりあえず痛みも痺れも感じないから、猛毒や強酸ではなさそうだけど、遅効性の薬液の場合もあるからねえ……」
「こういう時こそ、賢者さまの出番なんじゃあないの? 毒性解析とか、状態異常治療とか浄化魔法とか、色々できるんでしょー?」
嫌味たらしくそう述べる女発破師であったが、何故か賢者妹の方から返答が返ってこないため、ムッとした表情をしながら黙りこくっている彼女の顔を覗き込む。
「あのさあ、聞いてるー?」
「………………」
「もしもーし。……ちょっとどうしたのさ、そんな強張った顔で足元を見つめて」
「……もしかして、なんかヤバい毒だったりした?」
心配そうに尋ねてくる女狙撃手に、賢者妹は自身の足音を見つめたまま、引きつった表情で返事をした。
「ええと、ごめんなさい。気が動転しててすぐに気づけなかったんですが、もっとマズいものがあることが判ってしまって――」
「えっ、何それ?!」
「この場所には何があるというのですか?」
賢者妹が何の魔法も行使せずに認識できたということは、おそらく魔導式のトラップなのであろう。
慌てないよう冷静に努めつつも、危機感の籠った顔色で尋ねるサフィアに賢者妹が顔を上げて答える。
「ここにはですね、強制転移の魔法陣があって――」
途端、足元に大きな魔法陣が現れて光ったかと思うと、その場からレフィリア以外の全ての者たちが一瞬でいなくなってしまった。
「えっ?! ちょっ、えええっ……?!!」
突然一人だけ暗闇の中に取り残されてしまったことに、流石のレフィリアも動揺から声を上げてしまう。
いつぞやのサンブルクでの王城でゲドウィンが仕掛けていた魔法トラップと同じことが起きたのはレフィリアもすぐに理解できたのだが、今回に至っては他の仲間たちがどこに移動してしまったのか、それが一切判らない。
(嘘でしょっ?! 私だけ置いて行かれた……! みんな、何処へ行っちゃったの――ッ!!?)