男子禁制の異世界地下迷宮の話④
「うわっ! 何ですか、これ……ッ?!」
賢者妹の視覚共有魔法によって通路の先の状況を視認したレフィリアは、驚きからつい大きな声を上げてしまった。
なんと通路一帯には所狭しと、まるで赤外線センサーのような光の線が多重に張り巡らされていたのである。
(これってスパイ映画とかでよく見るヤツだ……!)
レフィリアが心の中でそんなふうに思い返していると、賢者妹が通路の奥にある扉の方を指差す。
「あの扉の上の方を見てください。魔法迷彩によって隠蔽されていますが、あそこにはこの罠を制御している動力源でもある、魔導器が設置してあります」
「あっ、確かに六角形の金属板みたいなものがくっついてる……」
レフィリアが賢者妹の差した方に視線を向けると、ちょうど扉のすぐ上に掛け時計ほどの大きさをした、何やら読めない文字や紋様の刻まれた六角形の平たい物体が取り付けられていた。
「アレを壊せば、この装置は止まるんですか?」
「はい。ですけど、今いる地点から魔法や射撃で破壊するのは止めた方がいいかもです。あの魔導装置、表面に偏向障壁が張ってあるので、攻撃が変な風に逸れてトラップそのものを作動させてしまう場合があります」
「因みに、トラップが作動するとどのような事態になるかまでは判りますか?」
冷静な口調で尋ねるサフィアに、賢者妹はこくりと頷く。
「この感知装置に引っかかると、通路中の空気が一瞬で瘴気に置換されます。状態異常の効かない今の私たちには一応無害ではあるのですが、今回は他に同行者がいますので……」
「なるほど。真っ当に解除するならば、この光の線に触れないよう通路の奥まで辿り着いて魔導器を直接破壊するか、光の線と魔法障壁を上手く凌いでピンポイントで狙撃するかの二択になるのですね」
サフィアが落ち着いてそのように分析していると、隣でレフィリアが何か言いたげな面持ちをしながらジッと通路全体を見通している様子に気づき、賢者妹が声をかける。
「……レフィリアさん? どうかしましたか?」
「あー、なんかこれ直感なので上手く口で説明は出来ないんですけど……。多分この罠、何もしなくても私大丈夫だと思うんですよね」
頬を人差し指で掻きながら、何てことは無いようにそう答えるレフィリアに、賢者妹はきょとんとした表情になる。
「ええと、どういうことです……?」
「まあ、言葉通りの意味といいますか……」
「ああ、なるほど。そういうことですか」
そこでサフィアは何かに感づいたように、手を軽くポンと叩いて、賢者妹の方を向く。
「レフィリアさんが何を考えているかは分かりました、私も別にそれで構わないかと思います。――ですが、念のために魔法障壁や浄化魔法をいつでもすぐ使用できる準備だけはしておいた方がいいかと」
「それはいいですけど……。あっ、もしかして――」
賢者妹が何かに気づいたようにまさか、といった表情を向けていると、サフィアの了承も得たことでレフィリアはなんと感知装置が大量に張り巡らされている通路の先へと歩き出していった。
「ちょっ?! 罠あるって言ってんのにこの聖騎士様、何してんの?!」
「話、聞いてた?! ていうか、理解してる?!」
後ろの方から、聞こえるか聞こえないかくらいの小声で呆れたような声を上げつつ、蒼の獣団の女二人は自前の瘴気対策用のマスクやマフラーをサッと取り出しては自身の口元を覆う。
それでも当のレフィリアは気にせずにそのまま通路の真ん中を堂々と突き進んでいき、賢者妹の魔審眼を通した視界の中では、思いきり彼女の身体は感知装置の光の線に接触してしまっている。
しかし、どれだけレフィリアが光の線に触れても、魔導トラップは一向に作動することはなく、何も起こらないまま速やかにレフィリアは通路奥の扉の位置まで辿り着いてしまった。
「この扉の上辺りに魔導器があるんですよね? 今の私には視えないですけれど」
「はい、そうです!」
賢者妹に再度確認を取ったレフィリアは光の剣でスッと扉の上の位置を突くと、突然何も無かった場所に火花をあげながら破損した状態の魔導器が姿を現し、そのまま床へと落下して転がっていった。
それと共に、賢者妹の視界に映っていた感知装置の光の線が全て、一斉に消えて無くなる。
「魔導式感知装置、無事に解除されました。これで安全に通れますよ!」
「やはりレフィリアさんは魔法だけでなく、罠の類も効きませんでしたね」
賢者妹とサフィアは以前、サンブルクの王城でゲドウィンが仕掛けていた強制転移の魔法陣にレフィリアだけが引っかからなかったことを思い返していたので、二人にとって今のレフィリアの行動は特に疑問も抱かない納得のいく結果となっていた。
しかし後方から見ていた女狙撃手と女発破師には、いまいち訳の判らない、部外者故に置いて行かれているような状態になってしまっている。
「……ええと、ゴメン。今、何が起きてたの? というか、何かしたの?」
「不可視の魔導装置が仕掛けられてたのまでは解るけど、何であの人全然引っかからなかった訳?」
意味不明と眉を顰めてる二人の疑問に、賢者妹が我がことのように誇らしげに受け答える。
「実はですね、レフィリアさんは害的な魔法とか罠を全く食らわない便利な加護というか、特性を持っているんですよ! スゴイでしょう!」
「ええっ、それは確かにスゴ――っていうか、ズルい! ズルくない?!」
「しかもそれって装備品の効果とかじゃなくて、体質で効かないってこと?! たとえ素っ裸でも大丈夫なの? それはズル過ぎるよ、ぶーぶー!」
「そんな……。そこは素直にスゴイって認めてあげて下さいよ……」
「まあまあ。別に気にしてませんよ、私は」
(――この世界の現地民からしてみたら異世界転移者なんて、インチキ持ち込んで調子乗ってる迷惑な余所者でしかないでしょうからね……)
そう述べて困ったように苦笑しながら、レフィリアはパーティ全員が自分の傍まで無事に辿り着いたことを確認すると、次のフロアに向けて目の前の扉を開ける。
するとその先には、今さっき自分たちが通って来たものと全く同じ幅と長さの真っ直ぐな通路がそのまま広がっており、その奥にはこれまた同じような扉が設置されていた。
「えっ、何この通路……?! まんま一緒っていうか、また同じような罠があったりするんですか?!」
「いえ、これは――」
途端、扉がある通路奥の辺りにパッと何かが光ったかと思うと、規則正しい格子状をした光の線が通路の床から壁、そして天井まで空間そのものを封鎖するような感じでいきなり出現した。
しかもその光の線は先ほどと違い、賢者妹の魔審眼を用いなくともその場にいる全員がきちんと視認することが出来ている。
「……? 今度のはそのままハッキリ視えますね」
「何なんですか、アレ……?」
「あっ、アレは収束された熱線です! 触れたりなんてしたら即、焼き切られてしまいますよ!」
「「えええっ?!!」」
賢者妹が慌てた様子で述べると、なんと通路全体を塞ぐ光の網はレフィリアたちのいる方向に向けて、そのままスライドしながら近づき出してきた。
とてもじゃないが、交差している光の線同士の隙間が小さすぎる為、物理的に掻い潜って躱すようなことは不可能である。
「ちょっ?! あの物騒なの、こっちに向かってきてるんですけど……!」
「どうにかしてよ、聖騎士様! 魔法とか罠、効かないんでしょ?!」
(うっわあ、これ有名な映画で観たことあるレーザートラップだ……! 触れたら一瞬でサイコロステーキにされるヤツ……! 多分効かないって解ってても、怖くて触りたくない……ッ!!)
昔観た映画の情景が脳裏に浮かんでつい息を呑んでしまうレフィリアであったが、すぐに覚悟を決めると光の剣を再度握りなおす。
(ええい、儘よ! 女も度胸、何でも試してみるものよ――ッ!)
そして今度は歩いて行くのではなく、一気に駆けだすと、迫りくる殺人レーザーの網に自ら突撃し、その光の線の中を勢いよく通過していった。
「……ッ!」
これまでカリストロスの銃撃やらゲドウィンの大魔法やら、異世界の住人からしてみればもっと恐ろしく映るような凄まじい猛攻撃を悉くノーガードで無効化してきた様を見せつけられてきたサフィアと賢者妹であったが、そんな二人にとってもレフィリアの罠を通り抜ける瞬間だけは少しヒヤッとした感覚を覚えてしまう。
しかしそんな心配も結果的に杞憂で終わり、難なくレーザートラップを潜り抜けたレフィリアは通路奥まで辿り着くと同時に、扉上の魔導装置を光の剣先で賺さず貫き、破壊した。
先ほどと同様、壊されて視えるようになった魔導器は火花を上げて床に落ちるとともに、サフィアたちの方へそのまま接近していた光の網がすぐに消えて無くなる。
「あっ、罠が消えた……。レフィリアさんのことは信じてましたけど、流石にすぐ目の前まで迫って来られると正直怖いですね……」
安堵してほっと息をつく賢者妹であったが、その後ろから女狙撃手のやや疲れたような声が聞こえてくる。
「まさか、この次もこんな感じの罠が待ってるんじゃないでしょうね……?」
残念なことにその予想は当たってしまい、次の扉を抜けた先にも、またもや似たような通路がレフィリアたちを待っていた。
今度の通路には、道中の空間に無数の光の球がウヨウヨと浮遊している他、賢者妹の魔審眼によると視えない魔導地雷まで幾つも床に設置してあるという。
「この光球と地雷の罠、どちらも接触すると高圧電流が発生するので、ダメージだけでなく感電して動けなくなってしまいますよ!」
「……もう、罠も魔法も全然効かない聖騎士様なら、何がどれだけ仕掛けてあろうと関係ないんじゃない? このダンジョンを一生懸命作った職人が草葉の陰で泣いてるよ」
「いや、安全に罠を突破できるならそれに越したことはないのではないですか」
どこか投げやりな感じでそう呟く女発破師を窘めるサフィアの声を聞きつつ、レフィリアはその場から動かないままスッと光の剣の切っ先を扉の方へと向ける。
「うーん、今更ですがちょっと思いついたことを試してみます……」
そう言って、光剣の刀身を真っ直ぐ伸ばすと、数十メートル先にある扉上の魔導器を刺し貫いてしまい、通路を通ることすらなく仕掛けられていたトラップを解除してしまった。
「えっ、その剣ってそんなに伸びるの?! 近接武器にしては有り得ないくらい、リーチ長すぎじゃない?!」
「これにはダンジョン職人さんもメソメソどころかワンワン大号泣。――っていうか、ごり押しで罠突破し過ぎで見ててなんだかなぁって感じ」
「分かるー、もはや茶番でつまらないっていうか、なんか納得いかないよねー」
「いや、別に見世物でやってる訳ではないのですが」
「なんか、すみませんね……」
後ろから好き勝手言ってのける二人にサフィアがまたもや苦言を呈するが、レフィリアとしては確かになあ、と彼女らに少しの理解というか同情は覚えていた。
暗算で解く前提で計算問題を出したというのに、電卓を取り出されて答えられようものなら、そりゃ正答はするだろうが興覚めした気持ちにもなるだろう。
しかしサフィアが言った通り、けして余興でやっていることでもないので気にしないようにしつつ、レフィリアは更に先へ進むことにした。