男子禁制の異世界地下迷宮の話③
敵性体がいるかもしれない、ということで直角に曲がった通路の角から静かにその先を確認したレフィリアたちであったが――なんと、その先には何もいなかった。
あくまで、今まで来た道と同じような石造りの通路がそのまま続いているといった感じの光景である。
「……あれ? おかしいですね。確かにすぐそこから生体反応がするのですが……」
賢者妹は曲がり角のすぐ先の辺りを指差すが、依然としてそこに何かの姿はない。
不思議そうにしている賢者妹に、レフィリアもまた同意を向ける。
「私もその辺りに、はっきりとはしませんが何かの気配を感じます。姿が透明な魔物……。いえ、それだとまだもうちょっと判る気がしますね。……もしかして、壁の向こうにいるとかですか?」
「――いいえ、これはですね」
そう言ってサフィアは双剣を握った状態で、片手を真っ直ぐ壁に伸ばすと人差し指をピンと向ける。
「……サフィアさん?」
「虚空を駆ける紫電の閃光――スパークダート!」
そして急に指先から電撃を収束させた光弾を発射すると、それを何もいない壁を狙って思いきり直撃させた。
突然の事態にレフィリアが驚いていると、雷の魔弾を当てられた石壁がいきなり、どろりと一気に溶けるかのようにして液体状に変わっていく。
「……ッ?! これは――」
「スライムに類する魔物でしょうね。壁に擬態して、無防備に通りかかった者を襲うつもりだったようです」
サフィアの放った魔法、スパークダートはあくまで初級魔法に属するものであったが、鎧の力によって元より高い魔法攻撃力を更に底上げされたことにより、待ち伏せしていたスライムは一撃で倒されてしまうことになった。
一応、このスライムもゴールドランク冒険者までの実力なら苦労して戦うことになるだけの戦闘力を秘めている、けして弱くはない魔物であったのである。
「流石はサフィアさん! 冒険慣れしてますね!」
「それ程でも……。それはそうと、スライムがいなくなったことで新しい道が現れましたね」
レフィリアに褒められて少しだけ照れくさそうに笑いつつ、サフィアは石壁に化けていたスライムが退いたことで新たに開いた通路を指差す。
「いわゆる、隠し通路ってヤツでしょうか?」
「この先には、魔導照明がなくて暗いですね……。この奥に生体反応は感じられますか?」
「――いえ、特にはありませんね。私たちが元々進もうとしていた方の先からはちょっと感じられますけど」
「なるほど……」
少し考え込むように口元へ指をあてるサフィアの横から、レフィリアが覗き込むようにして声をかける。
「では、敵のいないこっちのルートを進みましょうか? もしかしたら、隠し通路だけあってお宝があるかもしれませんし」
「たとえ通路内が暗くても、私の照明魔法で明るく照らせますよ」
早速、新しく開いた通路へ進む気満々のレフィリアと賢者妹であったが、サフィアが静かに手を横に伸ばして二人を制止する。
「いえ、あえてこのまま元のルートを進むことにします」
「えっ、何でですか? せっかく隠し通路を見つけたのに……」
「隠し通路ってほど、隠れていないですからね。特に謎を解いて仕掛けを作動させた訳でもなく、擬態していたスライムが勝手に退いただけ……。これは私の勘ですが、如何にも隠し通路って見せかけている感じが何とも胡散臭い」
「はあ……」
「ダンジョン内に潜む魔物というのはゴーレムやオートマタ、アンデッドといったような非生物か、もしくは魔力のみで半永久的に活動できる魔法生物が大半ですが――何にせよ、それらがこの先に全くいないというのも逆に怪しい」
「何でです?」
「例外は幾らでもありますが、基本的にダンジョン内で魔物が闊歩している場所は、仕掛けによる罠が比較的少ない。では何故か――それは、ダンジョンを警備する魔物が侵入者を排除するための罠を誤作動させてしまう場合があるからです。逆をいえば、魔物が一切いない場所というのは、カラクリを用いた罠が潜んでいる恐れがあります」
「なるほど……。確かに、警備員が罠に引っかかっちゃったら本末転倒ですもんね」
ちょっと考え過ぎでは、とか、せっかく見つけたのに勿体ないなあ、とほんの少しだけ思ったレフィリアではあったが、専門の冒険者であるサフィアの言う事には素直に従うことにした。
サフィアもそれをちょっと感じ取ったのか、軽く肩を竦めながら冗談めかした感じで彼女へ笑いかける。
「ダンジョン攻略なんて、臆病過ぎるくらいがちょうど良いんですよ。むしろ魔物より罠の方が脅威度は高いんですから。――まあ、本当に何もない安全な通路でもしかしたらお宝もあるかもしれません。ですけど、今回の私たちの目的はレアアイテムの探索じゃあないですからね」
「それもそうですね。では、こっちの“敵がいるから”安全なルートを行くとしますか」
◇
――それからの道中、レフィリアたちの前には度々、ダンジョン内を警備している魔物たちが襲いかかって来ることがあった。
人型の上半身をしたヒューマノイドスライムに、ウネウネとした無数の触手を持つローパーに、空中を浮遊する痺れクラゲ等……。
しかし、そのどれもが、先頭にいるサフィアと遭遇した途端、開幕の一撃で瞬く間にぶち倒されてしまっていた。
それもその筈。ラスター族によって整えられた超古代技術の結晶である、鎧と剣を装備したアダマンランク冒険者である彼女は、今や伝説の勇者を超えて魔王とすら余裕で渡り合える戦闘力を有している。
レベリングにすらならない作業ゲーとしか思えないくらいのあまりに一方的な無双具合に、一応索敵の仕事がある女賢者はともかくとして、レフィリアに至っては全く出番が回ってこない状況が続いていた。
(なんかこれ、この世界に来たばかりの時の山道を思い出すなぁ……)
サフィアが進んで露払いをしてくれるお陰で、逆に手持ち無沙汰になってしまう感覚をレフィリアが思い出していると、後続にいる女性二人の会話をしている声が聞こえてくる。
「流石はキャプテンが絶賛してたアダマンランク冒険者。実際に戦ってるところ見てると、メチャクチャ強いねぇ。これは素直にアタシでも惚れ込んじゃうかな」
「前大戦での勇者の姪にあたるんだってね、こんなに強いのも納得。今ならキャプテンの気持ちも少しは解るかな。……全然仕事してない聖騎士様もいらっしゃいますけど」
その言葉にビクッとしつつ何も言い返せないレフィリアであったが、敵を全滅させて体勢を整えていたサフィアもまた、しまったと自身の額を軽く小突く。
(ああ、いけない。いつもの癖で……。レフィリアさんにも、きちんとした見せ場を作ってあげないと……)
そんな風に内心反省しながら、サフィアは仲間たちを連れて、ダンジョン内の通路を再び進んでいく。
するとまたもや直角な曲がり角を超えたところで、賢者妹が何かに気づいたように大きな声を上げた。
「あっ、止まってください! この先、魔導トラップがあります!」
賢者妹が叫ぶが、見たところ真っ直ぐに伸びた幅3メートル程の通路には、これといって特に何も怪しいものは見受けられない。
そのまま歩いて行けば、普通に先へと進む扉へと辿り着けてしまいそうである。
「――この通路には、どんな罠があるのですか?」
しかし賢者妹の発言を信頼しているサフィアは、冷静に彼女へ話の続きを促した。
「はい。普通では視えないと思いますが、壁中にずっと並べて設置された魔導器による動体感知式の罠があります。――視覚共有の魔法でどんな感じなのかお見せしますね」
そう言って、賢者妹はレフィリアとサフィアの身体に触れて、自身が魔審眼で視ている光景を彼女たちの視界の中に映し出した。