割と順調な異世界侵攻作戦の話②
――時は更に遡って、魔王城カリオストロ。
魔王がカリストロスの離反などについて話した緊急招集の後、アーガイア侵攻作戦についての会議を明日に控えたゲドウィンは、エリジェーヌを自身が管理する秘密の地下工房へと案内していた。
「うっわあ、何これ?! すっごーーい!! 船のプラモデルか何か?! ゲド君ってこんなの造る趣味もあったんだ!」
工房内にある広い台座の上には、1メートルより少し大きいくらいのサイズの船のような造形物が三隻、まるで模型を飾るかのように置かれており、それを目にしたエリジェーヌは興味深そうに色んな方向から見て回った。
「はは、実はそれってどれも本物の船できちんと乗れるし、ついでに空も飛んじゃうんだよ。僕の魔法で今は縮小している状態だけど、この飛行船なんて実際は全長が300メートル近くあるんだ」
「へええー、マジで?! じゃあもしかして、アーガイア侵攻作戦にはこの船に乗って向かうつもりなのかな?!」
「その通り! この黒い飛行船は《魔導装甲飛行船ネフィリム》といって、今回の作戦における編成部隊の旗艦になるんだ。これには勿論、指揮官として僕が乗り込むんだけど……」
そこでゲドウィンは、黒い飛行船の両脇に並ぶ赤い艦船を指差す。
「こっちの赤い方、《魔導機空艇バルディッシュ》はエリーに担当してもらおうかなと思っているよ」
「えっ、これ私が貰っていいの?!」
「勿論、好きに使ってもらって構わないよ。でも大事に扱ってねぇ」
「やったあー! わあー、有名な何とかファンタジーなんかに出てきそうな見た目ー。でもこの悪魔っぽい翼のとこ、一頭身の仮面騎士が乗ってる船みたいー」
「まあ、それはちょっと意識したんだけどね。ええ」
「それに全体が真っ赤ってのがすごく中二なセンスで、オデュロ君なんかが超喜びそう。何とかの彗星専用とか言ったりしてさー」
「確かに彼なら素直に絶賛してくれたかもしれないねぇ。……しかし残念ながら、彼は今回僕たちと一緒にアーガイアへは行けなくなってしまったのだけど」
「あ、そういえばそうだったね……」
「実はもう一隻の方、指揮をオデュロ君に任せるつもりでいたんだよ。でも彼が参加できなくなった以上、代わりの者を宛がわなければいけない」
困ったとばかりに片手を額にあてながら首を振るゲドウィンに、エリジェーヌが何かを思いついたかのような表情で人差し指を立てる。
「あっ、それなら私お気に入りの双子なんかどうかな? あの子たちすごく有能だからよくやってくれると思うんだけど」
「ああ、エリーの部下の死霊魔導師と死霊騎士の二人か。分かったよ。エリーが良いというのであればお願いしようかと思うけど、構わないかな?」
「オッケー、そしたら二人には私から話しておくよ。……それにしてもさ」
「ん?」
「ああ、いや。大した話じゃなくて、ちょっと疑問に思っただけなんだけど」
そう言って、エリジェーヌは三隻の中央にある黒い飛行船を指差す。
「何でこの船だけ“飛行船”なのかなって? ゲド君の趣味?」
「……まあ、そんなところかな。創作物で他の国へ強襲をかけるといったら、僕の中だと飛行船のイメージがあってね」
「そうなの? 元ネタとかあったりする?」
「それは勿論。巨人を利用する国しかり、大英帝国しかり、突然国の市街地に攻め込んでは、しっちゃかめっちゃかに大量殺戮して、そこの住民たちを恐怖のどん底に突き落として震え上がらせるならば、やはり飛行船かなあって」
ゲドウィンはややテンションの上がった調子で声を弾ませながら話を続ける。
「いやあ、実行には流石に相応の資源と時間がいるんで今まではしてこなかったけど、せめて一度くらいはやりたかったんだよねー。こっそり手塩にかけて作って来た甲斐があったというものさ」
「あーっ、そういえばこんな凄そうなの作る資材、どっから用意したの?! そんな簡単に出来る代物じゃあないと思うけど!」
「実はねえ、アーガイアへの魔王城移転計画に必要な資材という名目でかーなりくすねちゃったんだ。そのせいで城下町のカジクルベリーはおろか、グランジルバニア王国全体の資源はもはやすっからかん。この国にこれ以上居座り続ける理由は一切ありません!」
「うっわあー、そういうの横領になるんじゃないのー。っても、魔王軍の為になるからいいかもだけどさー。知らないけどー」
「あっははははは。流石に裏で隠れてこんなもの作ってましたと知れば、明日の会議で魔王さんも驚くだろうけど、別にお咎めはないでしょ。……それにねえ」
そこでゲドウィンは、意味深な雰囲気を醸しながら人差し指を立てる。
「明日の会議でも話すけれど、此度のアーガイア侵攻作戦。アーガイア攻めよりも寧ろ、その後の方が重要なんだよね」
「ふーん、というと?」
「ある“大仕掛け”を実行する準備をしているからねえ。そちらにはこの飛行船以上に多大な資源を継ぎ込んでいるんだ。――エリーには特別にちょっとだけ見せちゃおうかな」
そう言ってゲドウィンは工房内の一見何もない空間を指差すと、そこに魔法による迷彩で隠していた“あるもの”を出現させる。
「ちょっ?! ええっ、まさかコレもしかして……ッ?!!」
「うん、こっちも同様に魔法でサイズを縮小しているんだけど……。ふふ、楽しみにしていてよねぇ」
ゲドウィンに“あるもの”を見せられたエリジェーヌは、なるほどと納得して口元をニヤリと歪ませる。
「ははーん、オッケー。これは確かに楽しくなってきたなぁー。それじゃあ可哀想だけど、アーガイアの国民の皆様には“コレ”の尊い生贄になってもらうとしようかなぁ」