魔王令嬢と異世界で語り合う話
――魔王城カリオストロ。
誰もいない謁見の間にてカリストロスは玉座に座り、一人静かに思案に耽っていた。
カリストロスは何だかんだ言って自分一人の力で手に入れたこの玉座を結構気に入っており、何も用事や予定もないのに玉座に座って何やら考え事をしている事が割とある。
本来ならこの椅子は名目上でも魔王軍の統率者である魔王のものであるべきなのだが、これに関しては完全にカリストロスの所有物であり、それに対して意見するものもいなかった。
彼は目を瞑って色々と考えを巡らせていたのだが、急に傍らから気配を感じて瞼を開ける。
するとカリストロスのすぐ傍には、いつの間にか一人の少女が佇んでいた。
その少女は艶やかな長い黒髪をしているが、頭からは髪を掻き分けて二本の角が生えている。瞳はアメジストをはめ込んだかのような紫色。
そして海軍を彷彿とさせるような、金の縁取りをした白い軍服のような衣装を着ていた。因みに何故か下はミニスカートである。
「――カリストロス様、ご休憩中のところ失礼します。お怪我をなされたと聞きましたが、具合の方は如何でしょうか?」
少女は恭しく礼をして跪きながらも、本当に彼が心配で気遣うような声色で話しかける。
しかしカリストロスは至極面倒くさそうに返答した。
「貴方には関係ないでしょう」
「いいえ、あります。ワタクシがこの世で一番愛しているお方が怪我をされたのです。心配でない訳がないでしょう……!」
切なげな眼差しでカリストロスを見つめる少女は、なんと魔王の実娘――つまり魔界の王女であった。
名前をロズェリエという。
彼女は魔王が人類に敗れて人間側の世界に孤立してしまった後、魔界で残った魔族たちを纏め上げていた人物である。
新たな地獄門が出来て魔王と合流した後、カリストロスと出会った彼女は何故か一目見ただけで彼を好きになってしまったのである。
「そこがまず、おかしい。――貴方、自分の父親である魔王のことは好きですか?」
「ええ、好きですし家族としても魔界の長としても尊敬しています」
カリストロスの問いにロズェリエは自信を持って答える。
「でも、私の事も好きなんですよね?」
「はい、勿論! カリストロス様の為でしたらワタクシ、何だってして差し上げられます。この命、惜しくもありません!」
そんな事を大声で宣うロズェリエに、カリストロスは心底胡散臭そうな眼差しを向けた。
「そう、それが矛盾しています。私は貴方の父である魔王にまだ利用価値があるから生かしているだけで、用済みになればいつ始末しても良いと考えています。魔王の方も内心は私の存在が邪魔で仕方ないでしょう。――そして貴方はそのどちらについても、認識していますよね?」
「はい……確かに父のことは大事ですが、それ以上にワタクシはカリストロス様のことが大好きなのです。……人間でいうところの一目惚れというヤツなのでしょうか、こんなに胸の中が熱くなるのは初めてで」
ロズェリエは顔を赤らめて頬に両手をあてると、くねくねと身体を捩らせる。
「……理解に苦しみます。何かの病気ではないのですか?」
「はあ……そんな蔑んだ目で罵られると、高ぶってしまいます……!」
今にも達してしまいそうに身体を震わせるロズェリエに、カリストロスは極めて気持ち悪いようなものを見る目を向けた。
「頭の中に蟲でも湧いてるんでしょうね」
カリストロスはロズェリエの一目惚れしたというだけの理由も突拍子もない愛情を一切信用してはいなかったが、とりあえず形だけでも自分を全肯定してくれている彼女には使い道があると考えていた。
事実、彼女のカリストロスに対する執着は相当なもので、元々は雪を思わせるような美しい銀髪も彼と同じにするため黒に染めてしまった。
服装も彼に会うまでは真っ黒なドレスを着ていたのだが、家来にわざわざ仕立てさせてカリストロスの着ている軍服のようなデザインの服を纏っている。
本来は色も同じにしたかったようだが、それは止めろとカリストロスに注意されたので止む無く断念したのだとか。
因みに元の姿が六魔将の一人であるメルティカと似通っていたからという説もある。
「――そうですね。貴方、私のためなら何でも出来ると自分で言いましたよね」
「はい、何なりと」
「じゃあ、舐めてもらいましょうか。私のイチモツを」
その言葉にロズェリエは顔を耳まで真っ赤にする。
「そ、そんなご褒美……ワタクシなんかが宜しいのでしょうか……?」
「ええ、心を込めて奉仕しなさい」
カリストロスは股間の辺りから黒光りして長く太い、棒状のものを立てて片手で握り締めている。
「……………………」
それは6インチのスミス&ウェッソン M19というリボルバー式の拳銃であった。
因みに有名な某怪盗が主役の作品に登場する帽子のガンマンが愛用する拳銃もこれと同じモデルである。
「――どうしました? 何でもするんじゃなかったんですか?」
「……はい、それでは失礼いたします」
そう言うと、ロズェリエはカリストロスの両脚の間に入ってその黒く固い銃身を舌で舐め始めた。
彼女の舌に鉄臭さと油臭さが広がる。
勿論だが、カリストロスが気まぐれで引き金を引けば彼女の顔面に銃弾が直撃するだろう。
しかしロズェリエは臆することもなく、愛おしそうに煽情的な仕草でカリストロスの銃身を舐めまわし続けた。
「ちゅぱ……んちゅ……くちゅ……」
「本ッ当に気持ち悪いですねぇ。私がこれで貴方を撃ち殺すとは思わないのですか?」
「んっ……カリストロス様に殺されるのなら、それはそれで本望です……ちゅぱ……」
「イカレてますね……」
最大限の好意を向けられてる筈なのだが、理解不能過ぎて返って不快だ。
カリストロスはこれまでの人生で女性から好かれたことは一度も無かったが、だとしても理由も道筋もなくいきなり好感度がマックスの状態で愛情を向けられるのは逆に困りものだと認識する。
これがそういった趣旨のゲームや小説なら話は別なのだが。
「んちゅ……はあ……んっ……」
「――もういいです。貴方の汚い唾液で私の銃が汚れます」
ロズェリエの観察に飽きたカリストロスは、一方的にそう言い放つと拳銃を引っ込めた。
自分から舐めろと言っておいてあまりに酷い言い草である。
「ああ、もう宜しいのですか? ……もう少し味わっていたかった……ワタクシ、頭の中ではカリストロス様のものを想像しながら――」
「今すぐ口閉じないと、その気持ち悪い想像をする頭をぶち抜きますよ。――貴方に一つ、仕事を頼もうかと思います」
その言葉に、ロズェリエは目を輝かせて顔を上げた。
「はい、一体何でしょうか?」
「貴方はレフィリアという女剣士を知っていますか?」
それを聞いてロズェリエは途端に怪訝そうな表情を浮かべる。
「いえ、存じ上げませんが……」
「なるほど、まだ連絡がいってないのですね」
「まさか! その者がカリストロス様に手傷を――」
「余計な詮索は不要です。貴方は今言った、レフィリアという名の女剣士について動向を探り、どんな些細な情報でもすぐに私へ報告しなさい」
ロズェリエはカリストロスに自分の知らない他の女の名前を出されたこと、そしてそれが自分の最愛の人物を傷つけた相手であろうということに顔を暗く険しくさせる。
「いいですか? くれぐれも調べるだけで接触したり、戦おうなどと思わないように」
「はい……承知いたしました」
何か複雑そうな表情をしながらも頭を下げるロズェリエに、カリストロスはしっしと手を振る。
「では、もう下がりなさい。私は一人になりたいので邪魔をしないで下さい」
カリストロスに半ば追い出される形で、ロズェリエは謁見の間を後にする。
ロズェリエの心に暗い炎が灯る。
どんな顔をしているのか、まずは拝んでやらねばならない。自分の最も愛する者を傷つけた女剣士とやらを――。