思いがけぬ異世界の助け舟の話③
「秘密兵器?」
「そう、俺が海底遺跡で発見したのは何も船だけではない。もう一つの遺物、妖かしの魔鏡ってのも見つけたんだよ」
「妖かしの魔鏡……?」
ニヤっとした笑顔を向けるキャプテンの横から、ドクターがその詳細について語り始める。
「妖かしの魔鏡とは、銅鏡のような形状の魔導装置で、装着した対象に高度で大規模な幻術をかけて不可視の状態にする機能があります。これを我々のフリゲイトに組み込むことで、船そのものを周囲の景色に溶け込ませ、視えなくしてしまうのですよ」
「そんなものが……」
(なるほど、私たちの船箱の光学迷彩機能に似たものをこの人たちも持っていたんですね……)
「おまけにその魔導装置はただ船を透明に出来るだけじゃあない。なんと音や匂いに気配、空気の流れや魔力反応に至るまで全部誤魔化すことが出来るんだ。これがあったからこそ、俺たちは敵に見つかることなく、王国内の随所に潜入することが出来たって訳さ」
「といっても航行中、帆に飛行しているワイバーンが引っかかる可能性はありましたから、船の上部には風の結界を展開していましたけどね」
「ははっ、竜騎兵の乗ってない脳無しのワイバーンどもじゃ、吹っ飛ばされてもせいぜい強風に煽られた程度にしか思ってなかっただろ」
まるで自慢の息子でも紹介するように説明してきたキャプテンであったが、そこまで話して急にどこか気落ちしたような暗い表情に顔つきが変わる。
「……まあ、そんな風に視えない船を用いた奇襲戦法も、今じゃ使えなくなっちまったんだけどよ」
「え……?」
明らかにばつの悪そうな口調の変化に、レフィリアはきょとんとしてキャプテンを見つめる。
「実はつい先日から、我々の妖かしの魔鏡を利用した透明船が急に敵から捕捉されるようになってしまったのです」
「そんでもって、ちょうどアンタらと同じように王国本土から飛んできた光の矢に船が撃ち抜かれて、ものの見事に破壊されちまったって訳さ。……死傷者も多く出た」
「我々の所有しているフリゲイトはアジトにある一隻を残して、全て壊されてしまいました。この急な事態により人命も多大に失われ、今では元の三割以下の構成員しか生き残っていません」
「俺はその時、旗艦であるこの船に乗っていたんだが、コイツがやられちまったらそれこそ一巻の終わりだから、助けに行きたくても向かうことは出来なかった……。仲間たちの死には、魔王軍どもをとっちめることでしか報いてやることが出来ねえ」
中には生き残っていたかもしれない味方を救助したくても出来なかった、させることが出来なかった、そんな苦渋の決断を団長として迫られたのであろう、キャプテンは当時のことを思い出してか、辛そうに手のひらで目元を覆う。
「当時、この船だけは狙撃を受けず、いまだにこの船が海面に浮上したとしても一切狙われないことから、おそらく敵側はキング・ノーティラス号をあくまで野生の巨大海獣として認識したままだと思われます」
「それだけが唯一の救いだな。しかしまさか突然、幻術破りをしてくるなんて思ってもみなかったが……」
(――そうか。つまり敵側は展開された幻術を無視して、何らかの透視できる手段を有していた。向こうからしてみれば、俺たちの乗っていた船箱もてんで丸見えの状態だったって訳だな……)
ルヴィスが内心、そのように分析していると、キャプテンは真っ直ぐにレフィリアたちを見据えて話の続きを語る。
「現状、ドライグ王国本土へ侵入するにはこのキング・ノーティラス号を使うしかない。だが、それはたった一度きりだ。流石にコイツで上陸しちまうと目立ちまくるし、この船が魔物ではなく人工の船であることがほぼ確実に露呈してしまう」
「故にキング・ノーティラス号で上陸する場合は、本当の意味で最終決戦の時となります。しかしこの船はフリゲイトほど、多くの人員を輸送することは出来ません」
「やるかやられるかの最後の戦いには、選ばれた精鋭しか連れていけないって訳だ。――そこでアンタらに提案なんだがよ」
するとキャプテンは、勢いよくパンと一回手のひら同士を叩き合わせた。
「ドライグ王国に巣食う魔王軍をどうにかしたいという、俺らとアンタたちの目的は同じ筈だ。だからここは一つ、互いに手を組まねえか?」
「手を組む……?」
「おう、悪い話じゃないと思うがな。人員の多くを失った俺たちにとって、実際に六魔将の支配していた国から魔王軍を撤退させた実績のあるアンタたちと巡り合えたのは、千載一遇のチャンスなんだ。勿論、全面的な支援もさせてもらう。だからどうか、戦列に加わって共に戦ってほしい」
組織の団長として深く頭を下げるキャプテンの姿に、レフィリアは戸惑った表情をしつつ、ルヴィスたちの方を向く。
「えっと、如何します……?」
「俺個人としては良いと思うけどな。何にせよ、俺たちも王国への移動手段を失ってしまっている。寧ろこちらから協力を願い出たいところだったし」
「私も同意見です。まさしく渡りに船といった状況かと」
「わ、私も賛成です。最終的な判断はレフィリアさんに任せますけど……」
「――分かりました。では……」
特に仲間達から反対意見は聞こえてこなかったので、レフィリアは再度目の前のキャプテンを向くと、意を決したような笑顔で手を差し出した。
「私たちも貴方がたとこうして出会えたのは、類稀ない幸運だと思っています。こちらこそ、どうか協力させて下さい」
「おおっ、そいつは恩に着る! 本当にありがとう。これから宜しく頼むぜ……!」
キャプテンは嬉しそうに笑いながら大きな手でレフィリアにしっかりと握手を返し、そして気合の籠った表情で勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、新しい仲間が増えたところで俺たちの拠点まで案内するぜ! 流石に今からいきなり敵の陣地に奇襲という訳にはいかない。まずはちゃんと身体を休めて、作戦準備もしないとな!」