裏切り者を異世界で処断する話②
「くッ……!!」
オデュロが土塗れになって地面を転がりながら上空を見上げると、そこにはステアーAUGやFA-MAS、H&K G11といった十数挺ものアサルトライフルが銃口を下に向けた状態で並び、空中に浮かび上がっていた。
途端、カリストロスが立っている方向から如何にも小馬鹿にしているかのような、軽薄な調子の拍手の音が聞こえてくる。
「いやあ、今のを躱すのは流石ですねえ。まさか反応して避けてみせるとは思ってもいませんでした」
オデュロは長剣を離さないまま、残った手足で何とか身を起こすと、カリストロスの方をギロリと睨みつけた。
「貴様、一体何をした……ッ?!」
「くくっ、効かないと思っていた攻撃でダメージを受けた気分はどうですかぁ? 無敵だと信じていた自慢の鎧が簡単に壊されてしまった感想はぁ?!」
オデュロの焦った様子が大層気に入ったのか、カリストロスはニヤニヤとした厭らしい笑みを浮かべてより彼を挑発する。
――あまりに不可解だ。オデュロのG.S.A.、インビンシブル・アーマーはありとあらゆる害的物理干渉を無効化する能力の筈なのである。
しかし、それが少しも機能することなくオデュロの片脚は破壊されてしまった。直接的な要因は地面を駆けて踏み抜いた時に起きた爆発――おそらく地雷によるものだが、先ほどの罠は明らかに物理攻撃の範疇であり、けして魔法でもなければ魔力による攻撃手段でもなかったのだ。
その事実にオデュロが混乱する中、カリストロスが更に言葉を畳みかける。
「脳筋が馬鹿みたいに正面から突っ込んでくるから、そんな目に会うんですよ。第一、私が“わざと”自分から居場所を教えてあげてるんですから、罠があることくらい警戒して然るべきじゃあないんですかねえ? ――あ、無敵の鎧に慣れ過ぎてそんな注意力は無くなっていましたか」
「ッ……!!」
カリストロスの発言は頭にくるが、確かに注意力が欠けていたのは事実だとオデュロは自身を戒める。
彼の攻撃が自身に通じると判明した以上、一切の余裕はなく、時間をかけずに眼前の敵を仕留めなければならない。
幸い、現状はまだ片脚を潰された程度で済んでいる。破壊された太腿辺りの空洞からはオデュロの中身である、黒い靄のような闇が立ち昇るように漏れ出ているが、今ならば何とかしばらくは理性的な思考を保っていられる。
互いの距離もそこまで離れている訳ではない。カリストロスを倒すならば、地面を駆けず一気に跳躍して彼へと飛びかかり、一撃の下に急所を斬りつけるしかない。
勿論、彼もそれを予測して射程と速射性、制圧能力に優れた銃器群による迎撃をしてくるだろうが、この際多少の損傷は覚悟の上だ。最悪、相討ちになろうとヤツだけは仕留めてみせると、オデュロは静かにカリストロスへの狙いを定める。
しかし、そんなオデュロの思考すら見越したカリストロスはチッチと指を振ると嘲笑うかのように、膝をついている手負いの鎧騎士を見下ろした。
「無駄な足掻きをしようと企んでいるのでしょうが、お見通しですよ。見苦しい抵抗は無意味です」
途端、オデュロがいる位置の地面が何の前触れもなく爆発を起こし、爆風の直撃を受けたオデュロは刎ね飛ばされるように空中を舞う。
「うおああッ……?!!!」
真下から直にくらった爆発の衝撃でオデュロの残っていた方の脚と、長剣を握っていない方の片腕が粉々に破壊され、そして兜が外れて飛び、放物線を描いてカリストロスの足元へ転がっていった。
カリストロスがいる位置から少し離れた場所まで飛ばされたオデュロは、がしゃんと大きな金属音を立てて地面に落下し、破損した身体中から濛々と激しく中身の闇を放出してしまう。
「ア……ガ……拙イ……ッ! ソンナ……ッ!」
「残念ながら、この辺り一帯は全て遠隔操作式の地雷原なんですよ。六魔将の誰かが来ると思って、せっせと殺意を込めて準備しておいたんですからね」
そう言ってカリストロスは手に握ったリモコンをチラつかせながら、愉快そうに満身創痍なオデュロを見下ろし続ける。
「教えてくださいよ。今、どんな気持ちですか? 自分が天敵だと余裕をかましていた相手が、まさか自身の天敵に取って代わられるなんて思ってもみなかったでしょう」
「キ……キサマ……ッ!!」
「それにしても無様な有様ですねえ、もはや自分でろくに動くことも出来ない。可哀想なくらい見るに堪えないので、ここで引導を渡して差し上げます」
するとカリストロスは自身の立つ位置のすぐ傍の空間に、変身後の魔王を瀕死に追い込んだ最強のガトリング砲、GAU-8を出現させると、その狙いを樹木を背にして寄りかかっている身動きの取れないオデュロにピタリと定める。
「…………ッ!!」
「では、さようなら。最初に殺せるのが貴方である意味、清々しましたよ」
そう言い放ってカリストロスは無慈悲にガトリング砲を発砲し、30mmの劣化ウラン弾の嵐が周りの地形ごと、オデュロの残っていた甲冑を全て跡形もなく粉砕してしまった。
「――――――」
時間にして、たったの数秒。それ程の連射を受けただけで、無敵と思えるくらい驚異的な防御力を誇っていた甲冑の騎士は呆気なく、そして微塵も残らず消え去ってしまった。
彼の得物であった長剣はガトリング砲を受けた時のあまりに激しい銃撃の反動に森の中へと弾き飛んでいき、茂みの中に隠れてしまって今は何処にあるのか定かですらない。
今、戦闘が行われていた広場に残っているのは、地面ごと抉られて舞った土砂に埋もれた、バラバラになった細かい金属の破片のみである。
それをしばらく眺めた後、カリストロスは実に満足そうに高笑いを上げ始めた。
「くくくっ……あはははは!! ザマァみやがれ! これこそが本来の結果だ! 銃の、兵器の本当の威力だ! 古臭い甲冑と剣で現代兵器に適う訳がないじゃないか! 常識だろ、あはははははは!!!」
一頻り愉快そうに笑うだけ笑った後、オデュロの残骸を見つめて勝利の余韻に浸っていると、背後から砦の奥に隠れていたロズェリエがカリストロスの所へ満面の笑みで近づいてくる。
「おめでとうございます! カリストロス様! あの猛将であるオデュロ様を一方的に打ちのめすだなんて、流石は世界を統べる新たな魔王に相応しきお方!」
「ふん、当然です。当たり前のことを言われても嬉しくなどありませんよ。……ふふっ」
いまだに嬉しくてしょうがないのか、気が緩むとまたもや口元をニヤつかせてしまうカリストロスであったが、ロズェリエは彼の完勝を心から喜び、更に褒めちぎってみせる。
「当たり前のことであろうと、もっと讃えさせて下さい! ああ、カリストロス様! 今の貴方様なら他の六魔将の方々が攻めてきたとしても、余裕で迎え撃つことが出来るのでございましょう……! ワタクシ、あまりに感激して絶頂のあまり色々と漏れ出てしまいそうです……!」
「相変わらず気持ち悪いですね……ん?」
するとカリストロスはふと、足元に転がっているオデュロの兜へと目が止まった。
二度目の地雷による爆発で胴体から外れ、唯一無事な状態で残ったオデュロの形見といったところか。
「――良いことを思いつきました。ロズェリエ。貴方、使い魔を召喚することは出来ますよね?」
「勿論、召喚魔法もしっかり嗜んでおりますので何なりと」
「ふふっ、楽しくなってきましたよ。異世界転移ものといえば、こうでなくてはなりません」
これ以上ないほど、邪悪な笑みで口元を歪ませながら、カリストロスはオデュロの兜を地面から拾い上げた。