勇者兄妹と異世界の旅に出る話②
――国王と謁見してから一日後。
レフィリアは国王が手配してくれた、三人の精鋭と対面した。
一人は身長が高くガタイも良い、重厚な鎧を着た男性の竜騎士。背中に大きな大剣を装備している。
一人は女僧侶。とても綺麗な妙齢の女性で、長い杖を手に持っている。
一人は賢者の男。フードのついたローブを纏った若い男性で、同じく魔杖を携えている。
元帥が言うには、王国最強の戦闘力の竜騎士、王国最強の回復力の僧侶、王国最強の魔法力の賢者、ということだ。
(目立っちゃダメな潜入任務の筈なのに、キャラが濃すぎて目立ち過ぎのような……まあ、私も人のこと言えない恰好だけど……)
そんなことを内心考えていたレフィリアの前に、いつの間にかフードを被った賢者の男が近づいており、じっと顔を覗き込んでいた。
ちょっとヘラヘラした軟派そうな顔つきをしている。
「お姉さんが異世界からの使徒様? いや、メッチャ可愛いねぇ! どう?任務終わったら俺とデートに――げほっ?!」
男賢者は、背後から女僧侶に思いきり杖で殴られ、頭を押さえる。
「テメッ……いきなり何しやがる!」
「使徒様に失礼でしょうが! あ、レフィリア様でしたよね。これからどうぞ宜しくお願いします」
ぺこりと頭を下げる女僧侶に、レフィリアは戸惑いながら礼を返す。
次に鎧を鳴らして竜騎士の男が傍に寄って来た。
「私も宜しく頼む。使徒殿に力添え出来るとは、誠に光栄なことだ」
「は、はい……」
竜騎士に手を差し出されたレフィリアは、握手しながらチラチラと不思議そうに竜騎士の鎧姿を見る。
「……? 私の姿がどうかしたか?」
「あ、いえ……」
「え、お姉さんこんなのが好みかよー。こんな堅物より俺の方が――ひでぶっ?!」
またもや、男賢者は後ろから女僧侶にどつかれた。
「えっと、私の中の竜騎士ってドラゴンっぽい鎧着て槍持って高く飛び上がったり、ドラゴンに乗って戦うイメージだったのでつい……」
レフィリアはあはは、と言いながら指で頬を掻く。
「ああ、なるほど。竜騎兵の方か。生憎、私はドラゴンには乗らない。むしろ狩る方だな」
竜騎士の言葉に女僧侶が付け加える。
「この人は竜に乗る騎士じゃなくて、竜を殺す騎士だから竜騎士なの」
「な、なるほど……。確かにドラゴン殺しそうな大剣ですし、狂戦士っぽい甲冑ですよね。あとガッツもありそう」
一人で納得しているレフィリアに、今度は竜騎士が不思議そうな顔をする。
するとまた、男賢者が割り込んできた。
「因みにこっちの女、僧侶のくせに国の武闘大会で優勝するようなメスゴリラなんだぜ? おっかないったらありゃしねえ」
「あらあら、軽そうな頭のくせに天才と持て囃されている魔法学者さん。その頭にどれだけ優秀な脳みそが詰まってるか、割って見てみましょうか?」
女僧侶はニコニコ笑いながら杖を振り上げる。
「あー、すんませんっした! もう止めてください、次やられたらマジで頭割れます。……つーか、この国で一番の頭脳をぶちまけようとするんじゃねえ」
賢者と僧侶のやり取りに、レフィリアは思わずくすくすと笑ってしまった。
「皆さん、頼もしいですね。――私も頑張ります、絶対にガルガゾンヌを攻略しましょう!」
レフィリアの笑顔に、三人の精鋭たちは強く頷いた。
彼等にクリストル兄妹も加え、ゲドウィン打倒の旅がこれより始まる――。
◇
――シャルゴーニュ公国。
広大な草原地帯が広がるエーデルランドの隣国であり、肥沃な土地を活かした農業や畜産業が特に盛んな国家である。
レフィリアたち一行はわざと街道を外れて馬車で国内に侵入し、途中からは馬車を降りて森林地帯を進軍、河川を遡って情報にある地下用水路からガルガゾンヌ市内に入る、という手はずになっている。
森に入る直前、馬車から降りたレフィリアはシャルゴーニュ公国に広がる雄大な景色を見回した。
視界には見渡す限りの青々とした美しい草原が存在し、遠くにはこれから自分たちが向かう城郭都市の巨大な外壁が聳えている。
「本当におっきいですねぇ。こんなに離れててもはっきり見えるなんて……」
ガルガゾンヌの方角を眺めるレフィリアに、竜騎士が城壁を指をさす。
「城壁の周りの地面があちこち抉れているのが見えるか?」
「あ、言われてみれば……」
「あれは城壁屋上に設置された魔導兵器の攻撃によるものだ。我々の軍も何度か接近したのだが、あまりの被害ゆえに撤退せざるを得なかったのだ」
レフィリアは転移してから強化された視力で、よく確認してみる。
都市外壁の周りには、まるでクレーターのような地面が抉れた跡があちこちに出来ていた。
あんなものを作る威力の物体が上から降ってきたとしたら、数十人は一発で吹っ飛ばされるだろう。
「――ところで、馬車で移動している最中から気になっていたのですが」
レフィリアは向き直ると、今度は草原地帯の方を指差す。
「あの、ずっとあちこちで見かけた建物は何ですか? 何だか家畜小屋のような形にも見えますけど」
レフィリアが差した方向、草原地帯の遥か向こうには、住居というには大きすぎる一階建ての横に長い建築物が何十件も建っていた。
それは、レフィリアたちが馬車で移動している間の風景にも、何度か見られたものだ。
しかし、その問いにレフィリア以外の全員が困ったような顔をした。
「あー、あれはなぁ……うん」
男賢者が目を逸らしながらボリボリと頭を掻く。
「――確かに家畜小屋だ、レフィリア殿の認識は正しい」
すると、竜騎士がどこか険しい真面目な表情で言葉を発した。
「なるほど。この国は畜産が盛んという風に聞きましたので、おそらくそうなのかと――」
「ただし、人間のだが」
「――え?」
レフィリアは一瞬、意味が解らず固まってしまう。
そんな彼女に、サフィアが労るように声をかける。
「レフィリア様、あの建物の中にいるのは牛や羊などではありません。あそこには魔族によって家畜となった人間が収容されています」
「うそ……」
信じられない、といった表情になるレフィリアに竜騎士が続ける。
「私は以前の侵攻作戦に参加した際、解放に成功した集落で実際に見たことがあるが……あまりに酷い有様だった」
竜騎士は嫌なものを思い出すように、遠くを見つめる。
「労働力になる人間は他の収容所に送られて奴隷にされるようだが、それ以外の者は皆、あの家畜小屋行きだそうだ。そして強制的に繁殖させられ、適正な個体と判断されたものから食肉や革製品などに加工されるのだという」
「あんな悪趣味なもんが、今じゃこの国中に建ちまくってんだもんなぁ。……まあ、人間だって牛や馬なんかの家畜に同じことしてんだけどよ」
そんなことを淡々と言う男賢者の頭を、女僧侶が杖で軽く小突く。
「――んだよ」
「じゃあ、貴方は大人しく家畜になりたいのですか?」
「んな訳あるかよ。それに目を向けるべきことは別にある。――あの大きさの建物がこの数か月の間にポンポン、それも生えてくるように出来まくったってことだ」
男賢者は手に持った杖で家畜小屋、そして次にガルガゾンヌの城壁を差す。
「あの城壁の魔導兵器だってそうだ。この国を支配してる邪導のゲドウィンって野郎は、まるで何も無いところから物を創り出すような真似をしてやがる。いくら魔法が便利だからって、無から有を生み出すなんてことは絶対にありえねえ」
「それだけ凄い魔法の使い手なんですね……かなり手強そうです」
レフィリアの言葉にルヴィスが頷く。
「邪導のゲドウィンは六魔将の中で最も魔法の扱いに優れていると聞きます。戦い方にも相当、気を配るべきでしょう」
「そうだな。つーかアレはもう、凄いとかヤバいとかそういう次元じゃなくて、もはやズルの部類だ。……だが何か裏で仕掛けがある筈だ、それを絶対に暴いてやる」
男賢者は杖を脇に抱えながら腕を組み、ガルガゾンヌの方角を睨みつける。
「とにかく、まずは市内に侵入するための抜け道へ急ごう。今はそれが最優先事項だ」
竜騎士の言葉に全員が頷く。
レフィリアたちを乗せてきた馬車はエーデルランドの方向へと戻り、それを確認した六人は生い茂る森の中へと歩きだしていった。